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[-00:21:11]青以上、春未満
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「あーあ。いきなり再生数伸びたりとかさ、現実問題、そんな上手くはいかないよね」
雨宮律がトレーに乗ったコーラを手に持って、ずずず、と音を立てながら飲む。向かいに座った透花もまた出来立てのポテトを口に運び、ですね、と返した。
夕方18時過ぎ、某ハンバーガーチェーン店は部活動を終えた学生や、参考書やノートを広げた学生たちで賑わっている。
透花たちの目の前に置かれたのは、次に動画サイトへアップするため、構想中の曲たちである。
『ITSUKA』───あの日、雨宮律と笹原透花によって結成された音楽ユニット。
律が初めて投稿した際のアカウント名『イツカ』をローマ字に変換して、ユニットとしての名前に改め、2曲目である『消せない春で染めてくれ』をアップしたのは5月末のことである。
それから1週間ほど経った。
結果から言えば、初投稿曲よりは大幅に再生数は伸びた。1週間にして再生数は6,000回を超え、コメント欄にも感想を残してくれる視聴者がちらほらといる。が、それでも動画サイトに投稿される数多くの曲たちに埋もれていることは否めない。
「笹原さんの絵と俺の曲合わせて見たときは、めちゃくちゃ興奮したんだけどなー。これは絶対いける! って」
律は頬杖を突きながら、がっくり肩を落とした。
「動画のクオリティかー、やっぱ」
「それは否めないです……。フリーの動画編集ソフトじゃ、やっぱり限界ありますし。センスもいるから」
透花たちが一番苦戦したのは、編曲でも、イラスト作成でもなく、動画編集だった。透花はもちろん、律もまたそちら方面はずぶの素人。曲の流れるタイミング、イラストとのマッチ具合、歌詞をどう魅せるのか。人を惹きつける動画というのは、その『魅せる』がうまく噛み合っていることで生まれる。
インターネットからダウンロードした無料の動画ソフトだけでは一定のクオリティしか生み出せないところが難点だった。次の曲に取り掛かる前に解決しなければならない大きな問題を前に、透花たちは足踏みしていた。
「俺、動画編集とか詳しい知り合いとかいないんだよね。笹原さんはどう?」
「わたしも……、……あ」
いないです、と言い切る前に透花の頭の中にひとりだけ思い浮かんだ。
「誰か心当たりが?」
「えーと、んー……」
身を乗り出して期待に目を輝かせる律を前に、透花は口ごもる。彼に協力を仰ぐなら、今透花たちが抱えている問題も一瞬で解決してくれるだろう。それは長い付き合いの透花の折り紙付きだ。
しかし、生半可な気持ちで頼るには返り討ちにされること間違いなしの、大きな賭けではある。
「思い当たる人は、います」
「まじ?」
「が」
「が?」
「……相応の覚悟が必要です」
怪訝な顔で律が片眉あげた。生唾をごくりと飲み込んで、透花は言葉の通り相応の覚悟の元、彼の名前を口にする。
「纏くんに協力を仰いでみます」
有栖川纏。透花のアルバイト先兼生徒としても通う『アリスの家』を営む有栖川優一の息子であり、透花とは幼馴染にあたる。
纏の趣味は、動画編集だった。
*
『纏くんにしか頼めないことがあるんだけど、相談乗ってくれる?』
『別にいいよ』
纏からの返信は拍子抜けするほど簡易的なものだった。一番重要な頼る内容がなんなのか、纏から一切追及がなかったのが尚怖い。透花は一抹の不安を抱えたまま、律との打ち合わせがあった次ぐ日、纏を透花と律の打ち合わせに呼び出すこととなった。
「ごめん遅れた! 透花……と、誰お前」
待ち合わせに指定していたターミナル駅の時計台の前にやってきた、纏の第一声がそれだった。こちらに駆け寄る途中までは、いつも通りだった纏の表情が急に無表情に切り替わったのである。そして視線の先は、もちろん律である。
妙に重い空気が流れていた。纏に至っては毛を逆立てた猫のように威嚇している。その雰囲気を破るべく、透花は纏と律の間に割って入った。
「あ、えっとね、纏くん。この人は、」
「どうも、俺は雨宮律。よろしく」
いつの間にか透花の背に隠れていたはずの律が顔を出す。好意的な笑みで纏に差し伸べた律の手を、ぱしんと纏は振り払った。
「よろしくしない」
律は居を突かれたように目を丸くしながら、落とされた手を擦った。そして、何か思い至ることでもあったのか、ふーん? と語尾を上げて機嫌よく喉を鳴らす。
「はは、初手から横暴じゃん」
「……何なのコイツ。説明して、透花」
「纏くん落ち着いて、」
「まさか、僕に相談したいこととコイツが関係してるとか言わないよね?」
「お、察しいいね。その通り」
「お前に聞いてないから。黙れ。てか、透花から離れろ」
「笹原さんの近くにいて何か問題でもある?」
「とりあえず、わたしの間で喧嘩するのやめてください……」
出会ってものの3分程度で、既に纏と律の関係に修復しようのない亀裂が発生している現状へ透花は大きく肩を落とさずにはいられなかった。
嫌がる纏を説得し、近くのファミリーレストランに押し込むだけで透花の体力は半分ほど消耗していた。これからが本番だというのに、だ。
とりあえずで頼んだドリンクバーのジュースを前に、重苦しい雰囲気がその卓を包み込んでいた。ずず、と透花の隣でグレープジュースを飲む律の音だけがやけに響いている。
透花は腹を括り、ずっと伏せていた顔を上げ、正面を見据える。纏の殺人的に冷たい目線が透花を突き刺した。
「で、何? 僕に頼み事があるんでしょ」
「それは」
空気の重さに押しつぶされ、言葉を詰まらせる透花を見かねてか、隣から助太刀が入った。
「動画を作ってほしい」
「……誰が? 何の?」
「俺の曲と、笹原さんのイラストで動画を作ってほしいんだ。MVってやつ」
「は、冗談?」
「本気。笹原さんと1曲作って、もう既に動画サイトに投稿してる。『ITSUKA』って名前で」
「……透花が?」
纏の瞳の奥が激しく揺れ動いた。纏にとって想像の及びもつかない頼み事であると、透花は自覚していた。少なくとも数か月前の透花なら、全くもって信じ難い行動だったからである。
今だ信じられないのだろう、纏はさらに真偽を透花に求める。
「それ、本当?」
「……うん、本当だよ」
透花が素直に頷く。纏は猫のような真ん丸の瞳を見開いて、やがてすべての理解が追いつくと震える唇を噛み締め、透花から視線を逸らした。
「そういう、ことか」
「え?」
「ここ最近の透花の様子。ようやく合点がいった。……コイツのせいだったんだ」
「せい、って人聞き悪いな」
纏の棘のついた言葉尻に肩をすくめた律から横やりが入る。
「で、どう? やってくれる?」
纏は律からの問いにしばらく思案するように眉を寄せ、それから諦めに似たため息をついた。
「まず、その投稿した曲聞かせて。考えるのはそれからでも遅くないでしょ」
お、話が早いね、と律は機嫌よくグレープジュースを最後まで飲み切った。そして、ブレザーのポケットから取り出したスマホを纏の前に置く。そして、スマホに挿したイヤホンを差し出すと、纏はイヤホンをひったくって耳に嵌める。
そこからが、地獄の始まりである。
動画の再生ボタンを止めた纏はイヤホンを外し、緩慢な動きで目を開くと軽い口調で言った。
「まあ、いいんじゃない」
纏にしては柔らかい物言いに透花は肩透かしを食らった。
透花から心の準備をしておくようにと念押しされていた律もまた、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で纏を見る。この反応ならとんとん拍子に話が進むに違いない、と律は期待に胸を膨らませ前のめりになった。
しかし、纏は一瞥したのち、冷めた口調で言い放った。
「───ド素人が自己満でやる分にはちょうど良くて」
ぴしり、と氷がひび割れる音が聞こえた。
「……は?」
「だから自己満でやる分にはいいんじゃないって言ったんだよ」
律と纏、両者から火花が散っているさまが見えた。透花は思わず額に手を当てて、項垂れる。やはり、透花の予想通りになった。
「まず、第一に動画のクオリティが低すぎる。よくこれをサイトにアップしようと思ったね。視聴者に再生してもらおうって気概ある? こんなサムネで? 笑える」
「……」
「歌詞フォントクソダサすぎ。透花のイラストの邪魔しかしてない。曲の冒頭と若干ずれてるし、サビの盛り上がりに全然マッチしてない。ねえ、ちゃんと編曲したの? なんかすごいバランス悪くない? やりたいこと詰め込み過ぎて破断してるように聞こえる。二郎系ラーメントッピング全部乗せニンニクマシマシじゃん胸焼けさせたいの?」
「……」
「透花ここの部分描くの絶対3週間以上かかってるでしょ。一枚絵で何秒持たせる気だよ? 動画の意味無いじゃん。相変わらず細部までこだわり過ぎて動画アップするまでの納期伸ばしまくったのバレバレ。そういうとこほんとに悪癖だよ」
「……」
撃沈。その一言に尽きた。
既に透花たちの戦意は完全に喪失している。だというのに、「一番の問題は」と纏は続けて言葉を重ねた。もはや死体蹴りだった。
「なんの宣伝もなしにこれをアップしたことが最大の過失」
「せんでん……?」
初めてその言葉を口にしました、とでもいうように透花はその言葉を繰り返した。
動画をアップすることが最終目標だった透花たちにとって、その二文字は全くの頭の中にはなかったのだ。まさか動画以外のことを指摘されるとは思いもよらなかった。
純粋すぎる瞳が4つほど向けられて、今度は纏が項垂れる番だった。
「これだから芸術肌のやつらは……」
纏は確信した。透花は言うまでもないが、隣に座る律もまた一点集中型の諸突猛進バカであることを。
「この動画サイトで一時間に何本の動画がアップされると思ってんの? 50,000はくだらないわけ。完全なレッドオーシャンなの。ユーザーに見てもらうに一番必要なのは宣伝。次に宣伝。MVの完成度は二の次三の次。まして無名な音楽ユニットがなんの宣伝もなしにここまで視聴されてるのが逆に奇跡だから。自分たちの運と才能に土下座して感謝した方がいいよほんとに」
「ナルホドー」
透花の頭はすでにキャパシティーオーバーであった。
すべてを言い切ったであろう纏は目の前にあったオレンジジュースをストローも使わずに、ごくごくと勢いよく飲み干した後、かん、と机に叩きつけた。
「総評。サイトにアップすることが最終目標なら、お前らのお遊びに付き合う暇はない」
透花の隣で喉を締め付けるような息が漏れる音が聞こえた。
纏の言う通りだった。ぐうの音も出ない。透花たちにとって、曲を作ってイラストを描いてそれを動画にして、サイトにアップする。それだけだった。それだけで完結していた。続きがなかった。纏に自己満と吐き捨てられても否定できなかった。
「───けど」
カラン、と解けた氷がコップの底に落ちる。
「本気でやりたいって言うなら、お前らに付き合ってやってもいい」
「本当か!?」
「それ相応の覚悟があれば、の話だけど」
纏の視線が透花に向けられた。纏は透花を試しているのだ、と透花はすぐに理解した。お前に逃げ出さずに最後までやり遂げる覚悟があるのか、と。重ねて透花に言質を取ろうとするところが纏らしい。纏なりの不器用な優しさだった。
透花は膝の上に乗せた手を強く握る。覚悟ならあの日、律から紙を受け取ったときにとっくに決めている。この先何があったとしても、描き続ける。描くことしか透花にはできないから。
「覚悟はあるよ。協力してほしい」
まっすぐ、纏を見つめて透花は言う。纏はうら寂しそうに柔く笑う。
「……透花、変わったね」
「わたしが?」
「うん」
変えたのがコイツっていうのが、死ぬほど気に食わないけど、と纏は心の中だけで毒を吐く。けれど今回ばかりは許そう、と納得することにした。好きな子が幸せそうに笑ってくれるだけでいいと思えるのは、惚れた男の弱みってやつだ。
「いいよ。協力する」
契約成立の握手で締め括ろうと纏は律に向かって手を差し伸べた。今度は振り払われず、確かに握られた手と手。
律はその手から目線を上げると、唇を尖らせた。まだ少しだけ不貞腐れていた。
「話を受けてくれるのは有難いけどさ、あんな酷評しといて協力するのはなんで?」
「は。そんなの、決まってんじゃん」
纏はにっと年相応に悪戯っぽく口元を上げて、笑う。
「このまま埋もれさせておくには、惜しい才能だと思ったから。なんか文句ある?」
斯くしてその日、音楽ユニット『ITSUKA』に動画編集兼プロデューサーが一名加わったのである。
雨宮律がトレーに乗ったコーラを手に持って、ずずず、と音を立てながら飲む。向かいに座った透花もまた出来立てのポテトを口に運び、ですね、と返した。
夕方18時過ぎ、某ハンバーガーチェーン店は部活動を終えた学生や、参考書やノートを広げた学生たちで賑わっている。
透花たちの目の前に置かれたのは、次に動画サイトへアップするため、構想中の曲たちである。
『ITSUKA』───あの日、雨宮律と笹原透花によって結成された音楽ユニット。
律が初めて投稿した際のアカウント名『イツカ』をローマ字に変換して、ユニットとしての名前に改め、2曲目である『消せない春で染めてくれ』をアップしたのは5月末のことである。
それから1週間ほど経った。
結果から言えば、初投稿曲よりは大幅に再生数は伸びた。1週間にして再生数は6,000回を超え、コメント欄にも感想を残してくれる視聴者がちらほらといる。が、それでも動画サイトに投稿される数多くの曲たちに埋もれていることは否めない。
「笹原さんの絵と俺の曲合わせて見たときは、めちゃくちゃ興奮したんだけどなー。これは絶対いける! って」
律は頬杖を突きながら、がっくり肩を落とした。
「動画のクオリティかー、やっぱ」
「それは否めないです……。フリーの動画編集ソフトじゃ、やっぱり限界ありますし。センスもいるから」
透花たちが一番苦戦したのは、編曲でも、イラスト作成でもなく、動画編集だった。透花はもちろん、律もまたそちら方面はずぶの素人。曲の流れるタイミング、イラストとのマッチ具合、歌詞をどう魅せるのか。人を惹きつける動画というのは、その『魅せる』がうまく噛み合っていることで生まれる。
インターネットからダウンロードした無料の動画ソフトだけでは一定のクオリティしか生み出せないところが難点だった。次の曲に取り掛かる前に解決しなければならない大きな問題を前に、透花たちは足踏みしていた。
「俺、動画編集とか詳しい知り合いとかいないんだよね。笹原さんはどう?」
「わたしも……、……あ」
いないです、と言い切る前に透花の頭の中にひとりだけ思い浮かんだ。
「誰か心当たりが?」
「えーと、んー……」
身を乗り出して期待に目を輝かせる律を前に、透花は口ごもる。彼に協力を仰ぐなら、今透花たちが抱えている問題も一瞬で解決してくれるだろう。それは長い付き合いの透花の折り紙付きだ。
しかし、生半可な気持ちで頼るには返り討ちにされること間違いなしの、大きな賭けではある。
「思い当たる人は、います」
「まじ?」
「が」
「が?」
「……相応の覚悟が必要です」
怪訝な顔で律が片眉あげた。生唾をごくりと飲み込んで、透花は言葉の通り相応の覚悟の元、彼の名前を口にする。
「纏くんに協力を仰いでみます」
有栖川纏。透花のアルバイト先兼生徒としても通う『アリスの家』を営む有栖川優一の息子であり、透花とは幼馴染にあたる。
纏の趣味は、動画編集だった。
*
『纏くんにしか頼めないことがあるんだけど、相談乗ってくれる?』
『別にいいよ』
纏からの返信は拍子抜けするほど簡易的なものだった。一番重要な頼る内容がなんなのか、纏から一切追及がなかったのが尚怖い。透花は一抹の不安を抱えたまま、律との打ち合わせがあった次ぐ日、纏を透花と律の打ち合わせに呼び出すこととなった。
「ごめん遅れた! 透花……と、誰お前」
待ち合わせに指定していたターミナル駅の時計台の前にやってきた、纏の第一声がそれだった。こちらに駆け寄る途中までは、いつも通りだった纏の表情が急に無表情に切り替わったのである。そして視線の先は、もちろん律である。
妙に重い空気が流れていた。纏に至っては毛を逆立てた猫のように威嚇している。その雰囲気を破るべく、透花は纏と律の間に割って入った。
「あ、えっとね、纏くん。この人は、」
「どうも、俺は雨宮律。よろしく」
いつの間にか透花の背に隠れていたはずの律が顔を出す。好意的な笑みで纏に差し伸べた律の手を、ぱしんと纏は振り払った。
「よろしくしない」
律は居を突かれたように目を丸くしながら、落とされた手を擦った。そして、何か思い至ることでもあったのか、ふーん? と語尾を上げて機嫌よく喉を鳴らす。
「はは、初手から横暴じゃん」
「……何なのコイツ。説明して、透花」
「纏くん落ち着いて、」
「まさか、僕に相談したいこととコイツが関係してるとか言わないよね?」
「お、察しいいね。その通り」
「お前に聞いてないから。黙れ。てか、透花から離れろ」
「笹原さんの近くにいて何か問題でもある?」
「とりあえず、わたしの間で喧嘩するのやめてください……」
出会ってものの3分程度で、既に纏と律の関係に修復しようのない亀裂が発生している現状へ透花は大きく肩を落とさずにはいられなかった。
嫌がる纏を説得し、近くのファミリーレストランに押し込むだけで透花の体力は半分ほど消耗していた。これからが本番だというのに、だ。
とりあえずで頼んだドリンクバーのジュースを前に、重苦しい雰囲気がその卓を包み込んでいた。ずず、と透花の隣でグレープジュースを飲む律の音だけがやけに響いている。
透花は腹を括り、ずっと伏せていた顔を上げ、正面を見据える。纏の殺人的に冷たい目線が透花を突き刺した。
「で、何? 僕に頼み事があるんでしょ」
「それは」
空気の重さに押しつぶされ、言葉を詰まらせる透花を見かねてか、隣から助太刀が入った。
「動画を作ってほしい」
「……誰が? 何の?」
「俺の曲と、笹原さんのイラストで動画を作ってほしいんだ。MVってやつ」
「は、冗談?」
「本気。笹原さんと1曲作って、もう既に動画サイトに投稿してる。『ITSUKA』って名前で」
「……透花が?」
纏の瞳の奥が激しく揺れ動いた。纏にとって想像の及びもつかない頼み事であると、透花は自覚していた。少なくとも数か月前の透花なら、全くもって信じ難い行動だったからである。
今だ信じられないのだろう、纏はさらに真偽を透花に求める。
「それ、本当?」
「……うん、本当だよ」
透花が素直に頷く。纏は猫のような真ん丸の瞳を見開いて、やがてすべての理解が追いつくと震える唇を噛み締め、透花から視線を逸らした。
「そういう、ことか」
「え?」
「ここ最近の透花の様子。ようやく合点がいった。……コイツのせいだったんだ」
「せい、って人聞き悪いな」
纏の棘のついた言葉尻に肩をすくめた律から横やりが入る。
「で、どう? やってくれる?」
纏は律からの問いにしばらく思案するように眉を寄せ、それから諦めに似たため息をついた。
「まず、その投稿した曲聞かせて。考えるのはそれからでも遅くないでしょ」
お、話が早いね、と律は機嫌よくグレープジュースを最後まで飲み切った。そして、ブレザーのポケットから取り出したスマホを纏の前に置く。そして、スマホに挿したイヤホンを差し出すと、纏はイヤホンをひったくって耳に嵌める。
そこからが、地獄の始まりである。
動画の再生ボタンを止めた纏はイヤホンを外し、緩慢な動きで目を開くと軽い口調で言った。
「まあ、いいんじゃない」
纏にしては柔らかい物言いに透花は肩透かしを食らった。
透花から心の準備をしておくようにと念押しされていた律もまた、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で纏を見る。この反応ならとんとん拍子に話が進むに違いない、と律は期待に胸を膨らませ前のめりになった。
しかし、纏は一瞥したのち、冷めた口調で言い放った。
「───ド素人が自己満でやる分にはちょうど良くて」
ぴしり、と氷がひび割れる音が聞こえた。
「……は?」
「だから自己満でやる分にはいいんじゃないって言ったんだよ」
律と纏、両者から火花が散っているさまが見えた。透花は思わず額に手を当てて、項垂れる。やはり、透花の予想通りになった。
「まず、第一に動画のクオリティが低すぎる。よくこれをサイトにアップしようと思ったね。視聴者に再生してもらおうって気概ある? こんなサムネで? 笑える」
「……」
「歌詞フォントクソダサすぎ。透花のイラストの邪魔しかしてない。曲の冒頭と若干ずれてるし、サビの盛り上がりに全然マッチしてない。ねえ、ちゃんと編曲したの? なんかすごいバランス悪くない? やりたいこと詰め込み過ぎて破断してるように聞こえる。二郎系ラーメントッピング全部乗せニンニクマシマシじゃん胸焼けさせたいの?」
「……」
「透花ここの部分描くの絶対3週間以上かかってるでしょ。一枚絵で何秒持たせる気だよ? 動画の意味無いじゃん。相変わらず細部までこだわり過ぎて動画アップするまでの納期伸ばしまくったのバレバレ。そういうとこほんとに悪癖だよ」
「……」
撃沈。その一言に尽きた。
既に透花たちの戦意は完全に喪失している。だというのに、「一番の問題は」と纏は続けて言葉を重ねた。もはや死体蹴りだった。
「なんの宣伝もなしにこれをアップしたことが最大の過失」
「せんでん……?」
初めてその言葉を口にしました、とでもいうように透花はその言葉を繰り返した。
動画をアップすることが最終目標だった透花たちにとって、その二文字は全くの頭の中にはなかったのだ。まさか動画以外のことを指摘されるとは思いもよらなかった。
純粋すぎる瞳が4つほど向けられて、今度は纏が項垂れる番だった。
「これだから芸術肌のやつらは……」
纏は確信した。透花は言うまでもないが、隣に座る律もまた一点集中型の諸突猛進バカであることを。
「この動画サイトで一時間に何本の動画がアップされると思ってんの? 50,000はくだらないわけ。完全なレッドオーシャンなの。ユーザーに見てもらうに一番必要なのは宣伝。次に宣伝。MVの完成度は二の次三の次。まして無名な音楽ユニットがなんの宣伝もなしにここまで視聴されてるのが逆に奇跡だから。自分たちの運と才能に土下座して感謝した方がいいよほんとに」
「ナルホドー」
透花の頭はすでにキャパシティーオーバーであった。
すべてを言い切ったであろう纏は目の前にあったオレンジジュースをストローも使わずに、ごくごくと勢いよく飲み干した後、かん、と机に叩きつけた。
「総評。サイトにアップすることが最終目標なら、お前らのお遊びに付き合う暇はない」
透花の隣で喉を締め付けるような息が漏れる音が聞こえた。
纏の言う通りだった。ぐうの音も出ない。透花たちにとって、曲を作ってイラストを描いてそれを動画にして、サイトにアップする。それだけだった。それだけで完結していた。続きがなかった。纏に自己満と吐き捨てられても否定できなかった。
「───けど」
カラン、と解けた氷がコップの底に落ちる。
「本気でやりたいって言うなら、お前らに付き合ってやってもいい」
「本当か!?」
「それ相応の覚悟があれば、の話だけど」
纏の視線が透花に向けられた。纏は透花を試しているのだ、と透花はすぐに理解した。お前に逃げ出さずに最後までやり遂げる覚悟があるのか、と。重ねて透花に言質を取ろうとするところが纏らしい。纏なりの不器用な優しさだった。
透花は膝の上に乗せた手を強く握る。覚悟ならあの日、律から紙を受け取ったときにとっくに決めている。この先何があったとしても、描き続ける。描くことしか透花にはできないから。
「覚悟はあるよ。協力してほしい」
まっすぐ、纏を見つめて透花は言う。纏はうら寂しそうに柔く笑う。
「……透花、変わったね」
「わたしが?」
「うん」
変えたのがコイツっていうのが、死ぬほど気に食わないけど、と纏は心の中だけで毒を吐く。けれど今回ばかりは許そう、と納得することにした。好きな子が幸せそうに笑ってくれるだけでいいと思えるのは、惚れた男の弱みってやつだ。
「いいよ。協力する」
契約成立の握手で締め括ろうと纏は律に向かって手を差し伸べた。今度は振り払われず、確かに握られた手と手。
律はその手から目線を上げると、唇を尖らせた。まだ少しだけ不貞腐れていた。
「話を受けてくれるのは有難いけどさ、あんな酷評しといて協力するのはなんで?」
「は。そんなの、決まってんじゃん」
纏はにっと年相応に悪戯っぽく口元を上げて、笑う。
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