音楽なんかで世界は救えない

春永チセ

文字の大きさ
21 / 64
[-00:21:11]青以上、春未満

10

しおりを挟む
「はあっ、はあっ、しっ、締め切りは!?」
 勢いあまって開けたドアの先で、PCの前を取り囲んでいた三人が一斉に透花の方を振り返る。透花の足はすでに限界を超えているのか、膝が笑って足に力が入らずドアにしがみ付いた。
 イスに座ったまま視線だけ寄こした纏が、はっと鼻で笑う。
「僕を誰だと思ってんの? こんぐらいの修羅場なんて余裕だわ。舐めんな。あと30分もあれば完成するよ」
「内心ちょー焦ってるくせによく言う~。透花の前だからって、カッコつけちゃってさ!」
「うっさい! 余計な事言うな!」
 佐都子と纏とのやり取りに押さえて笑いを堪えていた律は、ふと透花の反応が何もないことに気が付いてもう一度振り返る。
 透花は目を真ん丸に開け、呆然と立ち竦んでいた。徐々にその瞳の奥に鮮やかさが戻っていく。安堵が足先まで回りきるころには、辛うじて支えていた膝の力がふっと抜けて、透花の身体はそのままぺたんと、床に尻もちをついた。
「……よ、よか、よかった……」
 どうにか間に合ったのだ。透花の手の先は未だに震えていた。全部をやり切った、という実感がまだ湧かない。達成感が追いつくにはまだ時間が掛かりそうだった。
「透花」
 優しく透花を呼ぶ声が降ってくる。透花の目の前に差し出された手のひらから目線を巡らせた。律と視線が絡み合う。先に口を開いたのは透花の方だった。
「あれがわたしの答えだよ」
 律はその言葉に弾かれるように目を瞠り、やがて小さく頷いた。あの夜、律が問いかけた質問に対する返答は、あの青がすべて教えてくれた。透花たちだけが知っていた。
 差し出した手のひらに、透花の柔い手が重なる。透花の手を掴んで、律は自分の方へ引き寄せるように、透花の身体ごと引き上げる。そして透花の耳元だけで聞こえるように、囁いた。
「……俺の我儘、聞いてくれてありがとう」
 触れた吐息に透花は少しくすぐったそうに目を細め、小さく頷く。そして、桜色の唇が緩やかにカーブを描きながら、薄く開く。
「ラーメン」
「……ラーメン?」
「お礼はラーメンでいいよ」
 何でラーメンなのか、いまいち容量の掴めない律は小首を傾げる。すると、透花はよりいっそう花が咲くように「だって、」と、満面の笑みを浮かべた。
「最後までやりきった後に食べるラーメン、美味しいんでしょう?」
「……うん、奢るよ。とびきり美味いのを」
 ラーメンのスープを一滴残らず飲み干して、丼の中をすべて空にしたときみたいな幸福感を感じながら、律は頷いた。

 ✳︎

 カチカチ、とダブルクリック音が響く。
 LOADINGの文字を囲うように円形がぐるぐると回る。そして、新たなページが開く。
『応募が完了いたしました。』───素っ気ないその12文字が表示された瞬間、透花たちは全員、天井を突き破る勢いで大きく拳を振り上げた。
「「「「終わったぁあああああああああ!!!!」」」」

 3曲目のタイトルは、『青以上、春未満』。
 そして、その日から約1週間で、18万回再生を達成した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話

そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん! 好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。 ほのぼのラブコメというか日常系小説 オチなどはなく、ただひたすらにまったりします 挿絵や文章にもAIを使用しております。 苦手な方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

地味男はイケメン元総長

緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。 GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。 お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが! 「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」 「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」 ヒミツの関係はじめよう? *野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。 野いちご様 ベリーズカフェ様 エブリスタ様 カクヨム様 にも掲載しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...