上 下
24 / 64
[-00:16:08]劣等犯

3

しおりを挟む

melメル』は、日本の動画生配信やカバーした歌動画投稿などを主軸に活動する歌い手。
 本名、年齢、性別はすべて非公開。顔出しは一切行わず、現在『mel』に素顔に関する情報はインターネット上には回っていない。10代の中高生からの支持が高く、今後の活動が期待されている歌い手の一人である。
 それが、纏の口から伝えられた『mel』に関する情報の全容である。

「きっかけは、数日前に『mel』の歌の生配信で『青以上、春未満』をカバーしたこと。基本的に配信した動画はログとして残されてて、視聴者がSNSとかに切り抜いて上げてもいいことになってんの。で、『mel』の視聴者がその部分をSNSに上げた。それが徐々に反響を呼んで───」
「連鎖的に『青以上、春未満』がバズった……ってことか」
「そういうこと」
 テーブルに置かれた纏のスマホから、女性か男性かも判断がつかない中性的でいて、力強く、芯のある歌声が聞こえてくる。歌い手に関して全く知識の乏しい透花ですら、一度聴いただけで惹かれるものがある、忘れられない歌声だった。

 あの夜から一夜明け、次の日。『アリスの家』で緊急会議が開かれた。
 議題はもちろん、SNSで『ITSUKA』の曲が大々的に盛り上がりを見せていることである。一夜明け、SNSのトレンドに『青以上、春未満』が入り、さらにその熱は加速していた。
 現在動画の再生回数は、200万回再生。この勢いがあれば300万回再生も一日あれば達成してしまいそうだ。驚異的な数字を前に透花たちは喜びを通り越して、恐怖すら感じていた。もちろん、ただ一人を除いて。
「今日お前らを呼んだのは、実はその報告だけじゃない」
 その言葉に一様にスマホから顔を上げ、纏を見た。すでに一晩に起こった事柄でお腹がいっぱいになっていた佐都子が透花たちの気持ちを代表し発言する。
「これ以上に重大なニュースある?」
「あるよ。お前らが吃驚するような超ド級のニュースがね」
 纏は、にやりと狡猾な笑みを浮かべて爆弾を投下した。
「───『mel』と『ITSUKA』でコラボする」
 沈黙、3秒後。
「「「はあぁああああああ!!!???」」」
 纏を除く3人が思わず立ち上がり大絶叫した声は、隣近所まで響いたとかなんとか。

 暗転。
「昨日の夜に『mel』の方から、今度参加するライブイベントで『ITSUKA』の曲を歌わせてほしいって、SNSのDMで連絡きたんだ」
 何度かスマホをタップした纏が再びテーブルの上にスマホを置く。
 透花たちが一斉にスマホを覗き込むと、そこに表示されたDM画面には、確かに『mel』からメッセージが送られていた。なんとも手回しのいい奴である。律は半ば呆気に取られつつ、纏の言葉が気になり聞き返した。 
「ライブイベントって?」
「毎年10月末に開催されてる大型野外フェス。来場者数2万強! ここ最近はネットで知名度上げてきた歌い手も出場してる。『mel』はそこで初顔だし、初生歌披露するって前々からファンの間で噂になってた」
「……まさか、そこで『青以上、春未満』を歌うってこと?」
 確かに、話題になった曲を披露すればライブ会場は盛り上がることだろう。それで『mel』から直接連絡が入ったのかと透花は納得した。
 しかし、透花の発想を笑い飛ばすが如く、纏は手のひらを返した。
「透花は僕がそれだけで満足すると思う? 言ったでしょ、コラボするって」
「どういうこと?」
「条件出したの。ライブでの楽曲を使用許可する代わりに───『ITSUKA』の新曲にボーカルとして参加してほしいってね」
 情報量の多さで、言葉を失う3人など気にも留めずなお、纏は続ける。
「もちろん、ライブで新曲の宣伝も大々的にやってもらう。観客2万人の前で初披露予定! バックモニターにMVも映してもらうよ。撮影オッケーだから、観客には存分に『ITSUKA』の歌をSNSでアップしてもらえばこれ以上の宣伝は無いでしょ!」
 完全に魂の抜けきった透花の肩をぽん、と叩き、纏は舌をぺろりと出しながら親指を突き立てた。
「ちなみに全部決定事項だから、そこんとこよろしく」
「……」
「一週間後に『mel』と打ち合わせもある」
「……」
 ───地獄再来、である。
しおりを挟む

処理中です...