音楽なんかで世界は救えない

春永チセ

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[-00:16:08]劣等犯

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 高校の始業式は1時間ほどで終わった。
 いつまでも夏休み気分ではなくとか、気持ちを切り替えてとか、耳にタコが出来るほど聞かされた校長の口上から解放され、教室に戻り夏休み中の課題やらを回収し終えるころには半日が過ぎていた。

 帰りのHRを終え、クラスメイト達が各々教室を後にしていく中、透花は自席でスマホを取り出し時間を確認する。15時から、某ファミレスで『mel』との初顔合わせの予定である。現在時刻、12時。一度家に帰るのも面倒だし、学食でお昼を食べるとして随分と余裕が出来てしまった。
 いっそ、図書館にでも行ってMV用の参考資料でも探そうかと立ち上がった透花を呼び止める声があった。振り返ると、柔和な笑みを浮かべる妙齢の女性がいた。音楽の教員で、透花の担任の先生である。
「笹原さん、これから少し時間ある?」
「あと3時間くらい暇ですよ」
「ああ、よかった。少し頼まれてほしくて。初回の授業でギター使うんだけど、今日の朝確認したら1本壊れてて弾けなかったのよ。予備が第二音楽準備室にあるの。これ、その鍵なんだけど」
 透花は自分の手のひらにのせられた、古びた鍵を見る。先生の言葉の意味を悟り、先に透花は問いかけた。
「ギターは第一音楽室まで運べばいいですか?」
「ええ。申し訳ないけどお願いできる? 先生この後すぐに職員会議と吹部の全体練があって、手が離せないの」
「全然いいですよ」
 その鍵を握り、透花は軽く頷いた。

 第二音楽室は、本棟から渡り廊下を通り第三棟にある。しかも最上階の一番奥。
 数年前の改築工事の後、第三棟は生徒の中では旧校舎と呼ばれ、用事がなければ滅多に立ち寄ることは無い。渡り廊下を渡り切るころには、学生の賑わう声も遮断され静まり返っていた。おまけに日当たりも悪くて、薄暗い。まだ蒸し暑さの残る9月初旬だというのに、半そでの制服では涼しすぎるくらいだ。透花は自分の両腕を擦り、足早に目的地に向かう。
 三階へ向かう階段を上っていると、透花はふと気づいた。
 自分の足音以外に、何か別の音が聴こえる。よく耳を澄ませ無ければ、聴き落としてしまいそうなほど、とてもか細い───歌?
 すべて階段を上り切り、音の行方を辿る様に視線を巡らせる。
 第二音楽室だ。歌の出どころは、透花の目指していた第二音楽室から聴こえてくるのだ。
 音楽室に近づくほどにその歌ははっきりと輪郭を帯び、より鮮明に聴こえてくる。
 この世の理不尽も、不条理さも、すべてがどうでもよくなるような不安定な透明さだけがやけに残響していた。誰に向けられたわけでもない、ただ自分のためだけに奏でられる音楽だった。
 無意識のうちに透花は音楽室のドアに手を掛けていた。錆びついた金属音を立てながら、ドアを捻る。
「……あれ?」
 開けられない。ドアに鍵が掛かっている。当然ドアの一枚隔てた向こう側に誰かいるのだと思っていた。けれど、先ほどの歌声は無かったように辺りは静まり返っている。
「……ううん?」
 透花は首を傾げた。あの歌声を透花はどこかで耳にしたことがあった。けれど、妙な違和感が靄のように正解を隠してしまったようだった。

「まじかーこれでも駄目?」
「みんなで散々話し合ったのにぃ。これ以上思い浮かばないって」
 ギターを肩に背負った透花は、目的の第一音楽室にたどり着く前に足を止めた。話し声からして曲がり角の向こうにいるのは、透花の担任と数名の生徒。先生に対して、気軽な口調で話しているから、上級生だろう。
「うーん。でもね、これだと手段が目的になってない? 限られた練習時間の中で落とし込むには、この練習メニューは上手くいかないかもしれないよ?」
「もー、先生の言うこと難しいよ。だって、先輩たちもこのメニューでやってきてたんだよ?」
「同じ事をやるだけじゃ成長がないでしょう?」
「そうだけどさぁ」
「ほら、あとちょっと頑張って考えてみて。何をやるか、じゃなくて何故やるのか、だよ」
「……はーい」
 分かりやすく肩を落とした生徒たちは、嵐のように去っていった。
 残された透花はタイミングを見計らい、物陰から顔を出した。透花に気づいた担任は、申し訳なさそうに眉を落として笑った。
「笹原さん。ごめんね待たせてた? わざわざありがとう」
「いえ。……さっきの人たちは2年の先輩ですよね?」
 ギターを手渡しながらそう問いかけると、担任は生徒たちが去っていった方角に視線を向けた。
「夏の大会終わって、3年生が引退してね。世代交代で2年は今、色々と試行錯誤中なの」
「……あの、手段が目的、って」
 透花が一番気になったフレーズだった。その問いに担任は苦笑する。
「……ああ、もしかして聞こえてた? うーん、往々にしてよくある失敗よ。私も仕事でよくそうなって失敗するもの」
「何をやるのか、ではなく何故やるのか、ですか」
「そう。人ってそういう、一番大事なことほどよく見落とすし、目を逸らしちゃうから」
 ひくっと、喉の奥からこみ上げる感情が透花の身体を支配した。見たくないもない、聞きたくもない知りたくもない純然たる事実を眼前に押し付けられるような気分だった。
「……でも、理由とか、目的とか、使命とか、目標とか……そんなものが無くたって、ただ、そうしたいっていうだけじゃ、ダメなんですか? 理由がなくちゃいけないんですか。……楽しいからとか、ただやりたいってだけじゃ、理由にはならないんですか」
 声を零すたびに、心の何処かで自分の言葉が偽善でしかないことを証明しているようにすら思えた。それでも透花は子どもが駄々を捏ねるように、感情のままに吐露した。
「きっかけはそれでいいと思うよ」
 透花は表を上げる。優しい手のひらが透花の頭を撫でた。
「けれど、ずっと続けていたいとか、何か成し遂げたいとか、それを叶えたいと思うなら───曖昧な理由だけじゃ、いつか現実を前にして砕け散ることになる」
 ああ、そうだ。
 確固たる目的が無ければ、いや、それがあったにも関わらず、目の前で物語が無残に砕け散って失われた瞬間を、透花は知っている。
 透花は未だ、『描く』理由を見つけられずにいた。
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