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第三話 色彩の庭
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倉庫で日記を見つけてから、私はヴィクターの心に触れる方法を考えた。しかしすぐにはいい案が思い浮かばなかった。ひとまず日記に記されていた庭がいまどうなっているかを確かめようと、使用人に場所を訊ねてそこへ足を運んだ。
屋敷の片隅にひっそり取り残されていたかつての庭園は、私の想像以上に荒れ果てていた。かつて色とりどりの花々が咲き誇ったであろうこの場所には、枯れた茎と雑草が無造作に広がっているだけだった。息を飲むほどの荒廃ぶりに、私は思わず立ち尽くしてしまう。
(この庭をもう一度、色彩の満ちた場所にしたい)
私は、この庭に彩りを取り戻すことに決めた。ヴィクターに許可を得る必要はない。彼に相談したらきっと、すぐに止められてしまうだろうから。彼の目が届かないうちに庭を復活させるて、彼に色彩の美しさを思い出して欲しい――そんな思いが、私の胸に確かに灯った。
* * *
それから数週間、私は庭での作業を続けた。最初は一人で、数人の使用人たち協力を申し出てくれてからはその手を借りながら。日の出前や、夜の帳が降りた頃に少しずつ、少しずつ。
いつしか、荒れた庭園には私は赤や黄色、紫、ピンク……そして、白。様々な色の花々が咲き乱れるようになった。真っ白な屋敷の中で少しずつ広がっていく色彩が、私の心も明るくしてくれるようだった。
「ロザリー様……あなたとヴィクターが愛した庭に、ここは近づいているでしょうか?」
庭の作業がひと段落したある日、私は庭園の中心に咲き誇る白薔薇にそっと囁きかけた。色とりどりの花々に囲まれ、風に揺れる白薔薇は、まるで私の努力を静かに受け入れてくれているようだった。
* * *
ある夕暮れ、作業を終えて立ち上がった私の背後で、誰かの気配がした。
振り返ると、そこにはヴィクターが立っていた。揺れる彼の瞳からは驚きと困惑、そして……怒りの感情が伺えた。
「これは……何をしている?」
その声の硬さに、私は思わず息をのむ。けれど、意を決してこの庭に色彩を取り戻そうとした理由を伝えた。
「この庭を、もう一度美しい場所に戻したかったの。ロザリー様が愛した庭を」
けれど、ヴィクターの表情は険しくなるばかりだった。
「母の日記を読んだのか?」
「ごめんなさい……貴方が変わった理由が知りたくて、読んでしまったわ」
彼の目が鋭く細められる。その奥にある感情――それが怒りだけでないことに気づいた私は、話しを続けた。
「でも、それで分かったの。あなたがどうして「白」を重んじるようになったのか……」
その一言で、ヴィクターの顔がわずかに歪んだ。まるで、長い間触れられたくなかった記憶を引きずり出されたかのように。
「……君は何も、分かっていない」
ヴィクターの声はかすかに震えていた。普段の凛とした彼とはまるで別人のようなその姿に、彼が抱える心の傷の深さを想う。しばらく私を見つめていた彼は、途切れがちな声で静かに続けた。
「母が殺された時、私はその場にいた。父の愛人の一人が……母を襲った。白いドレスを着た母が……真っ赤に染まっていくのを見たんだ……」
途切れ途切れに語るヴィクターの姿を見て、胸が締め付けられるように感じた。まさか、ロザリー様が亡くなる姿をその目で見ていたなんて。
「それ以来、私は……色を見るたびに、あの光景が蘇る。父の愛人たちが着ていた派手なドレスの色も、母を染めた血の赤も……全て汚らわしいものとしか感じない」
彼の告白を聞いて、私は動揺した。思っていたよりずっと凄惨な体験をしていたヴィクター。私は、そんな彼の記憶の蓋をいたずらに開いてしまったのだろうか。
そんな私が彼に触れていいのか迷ったけれど、苦しそうな彼をそのままに出来ず、そっとその手を取る。
「半端に事情を知ったつもりで、こんなことをしてごめんなさい……。でも、かつてのこの庭のスケッチを見て、貴方にもう一度色の美しさを思い出して欲しいと思ってしまったの」
ヴィクターは黙ったまま私を見つめている。私は続けた。
「白は綺麗。でも、それだけに囚われてなくてもいいんじゃないかしら。昔、私が差し出した花束を美しいと言ってくれた貴方の顔、とっても輝いていた」
ヴィクターははっと目を開き、何も言わずにゆっくりと庭を見渡す。その横顔は相変わらず彫刻のように無表情に見えたけど……その瞳には少しだけ、穏やかな光が宿っているように見えた。
しばらく庭を眺めた後、ヴィクターは急に庭に背を向けて言った。
「……やはり私は、白が好きだ。けれどこの庭は……君の好きにするといい。その方が白薔薇も喜ぶだろうから」
「ありがとう、ヴィクター。……もし、今よりこの庭がずっと美しくなったら。その時は一緒にこの庭を訪れてくれる?」
ヴィクターは私に背を向けたまま小さく頷いた、ように見えた。
* * *
その日を境に、屋敷には少しずつ変化が生まれた。ある日、食卓に一輪の花が飾られているのを見つけた時、私は思わず目を疑った。それも、白以外の! 相変らず食事は白まみれ、屋敷は白尽くしだけど……。
それにヴィクターは私の整える庭に、意外なことによく顔を出してくれる。ついこの間なんて、オレンジ色のデイジーが咲いたのを報告したら、珍しく笑顔を見せてくれたりもした。
この庭で過ごすひと時間が、いつか薔薇色の結婚生活を運んでくれるかも?
そんなことを思いながら、私は今日も色彩に満ちたこの庭でヴィクターとかけがえない時間を過ごすのだ。
屋敷の片隅にひっそり取り残されていたかつての庭園は、私の想像以上に荒れ果てていた。かつて色とりどりの花々が咲き誇ったであろうこの場所には、枯れた茎と雑草が無造作に広がっているだけだった。息を飲むほどの荒廃ぶりに、私は思わず立ち尽くしてしまう。
(この庭をもう一度、色彩の満ちた場所にしたい)
私は、この庭に彩りを取り戻すことに決めた。ヴィクターに許可を得る必要はない。彼に相談したらきっと、すぐに止められてしまうだろうから。彼の目が届かないうちに庭を復活させるて、彼に色彩の美しさを思い出して欲しい――そんな思いが、私の胸に確かに灯った。
* * *
それから数週間、私は庭での作業を続けた。最初は一人で、数人の使用人たち協力を申し出てくれてからはその手を借りながら。日の出前や、夜の帳が降りた頃に少しずつ、少しずつ。
いつしか、荒れた庭園には私は赤や黄色、紫、ピンク……そして、白。様々な色の花々が咲き乱れるようになった。真っ白な屋敷の中で少しずつ広がっていく色彩が、私の心も明るくしてくれるようだった。
「ロザリー様……あなたとヴィクターが愛した庭に、ここは近づいているでしょうか?」
庭の作業がひと段落したある日、私は庭園の中心に咲き誇る白薔薇にそっと囁きかけた。色とりどりの花々に囲まれ、風に揺れる白薔薇は、まるで私の努力を静かに受け入れてくれているようだった。
* * *
ある夕暮れ、作業を終えて立ち上がった私の背後で、誰かの気配がした。
振り返ると、そこにはヴィクターが立っていた。揺れる彼の瞳からは驚きと困惑、そして……怒りの感情が伺えた。
「これは……何をしている?」
その声の硬さに、私は思わず息をのむ。けれど、意を決してこの庭に色彩を取り戻そうとした理由を伝えた。
「この庭を、もう一度美しい場所に戻したかったの。ロザリー様が愛した庭を」
けれど、ヴィクターの表情は険しくなるばかりだった。
「母の日記を読んだのか?」
「ごめんなさい……貴方が変わった理由が知りたくて、読んでしまったわ」
彼の目が鋭く細められる。その奥にある感情――それが怒りだけでないことに気づいた私は、話しを続けた。
「でも、それで分かったの。あなたがどうして「白」を重んじるようになったのか……」
その一言で、ヴィクターの顔がわずかに歪んだ。まるで、長い間触れられたくなかった記憶を引きずり出されたかのように。
「……君は何も、分かっていない」
ヴィクターの声はかすかに震えていた。普段の凛とした彼とはまるで別人のようなその姿に、彼が抱える心の傷の深さを想う。しばらく私を見つめていた彼は、途切れがちな声で静かに続けた。
「母が殺された時、私はその場にいた。父の愛人の一人が……母を襲った。白いドレスを着た母が……真っ赤に染まっていくのを見たんだ……」
途切れ途切れに語るヴィクターの姿を見て、胸が締め付けられるように感じた。まさか、ロザリー様が亡くなる姿をその目で見ていたなんて。
「それ以来、私は……色を見るたびに、あの光景が蘇る。父の愛人たちが着ていた派手なドレスの色も、母を染めた血の赤も……全て汚らわしいものとしか感じない」
彼の告白を聞いて、私は動揺した。思っていたよりずっと凄惨な体験をしていたヴィクター。私は、そんな彼の記憶の蓋をいたずらに開いてしまったのだろうか。
そんな私が彼に触れていいのか迷ったけれど、苦しそうな彼をそのままに出来ず、そっとその手を取る。
「半端に事情を知ったつもりで、こんなことをしてごめんなさい……。でも、かつてのこの庭のスケッチを見て、貴方にもう一度色の美しさを思い出して欲しいと思ってしまったの」
ヴィクターは黙ったまま私を見つめている。私は続けた。
「白は綺麗。でも、それだけに囚われてなくてもいいんじゃないかしら。昔、私が差し出した花束を美しいと言ってくれた貴方の顔、とっても輝いていた」
ヴィクターははっと目を開き、何も言わずにゆっくりと庭を見渡す。その横顔は相変わらず彫刻のように無表情に見えたけど……その瞳には少しだけ、穏やかな光が宿っているように見えた。
しばらく庭を眺めた後、ヴィクターは急に庭に背を向けて言った。
「……やはり私は、白が好きだ。けれどこの庭は……君の好きにするといい。その方が白薔薇も喜ぶだろうから」
「ありがとう、ヴィクター。……もし、今よりこの庭がずっと美しくなったら。その時は一緒にこの庭を訪れてくれる?」
ヴィクターは私に背を向けたまま小さく頷いた、ように見えた。
* * *
その日を境に、屋敷には少しずつ変化が生まれた。ある日、食卓に一輪の花が飾られているのを見つけた時、私は思わず目を疑った。それも、白以外の! 相変らず食事は白まみれ、屋敷は白尽くしだけど……。
それにヴィクターは私の整える庭に、意外なことによく顔を出してくれる。ついこの間なんて、オレンジ色のデイジーが咲いたのを報告したら、珍しく笑顔を見せてくれたりもした。
この庭で過ごすひと時間が、いつか薔薇色の結婚生活を運んでくれるかも?
そんなことを思いながら、私は今日も色彩に満ちたこの庭でヴィクターとかけがえない時間を過ごすのだ。
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