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第二話 白の呪縛
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結婚して数週間が過ぎても、私は「白」に囲まれた生活に馴染めなかった。もともと私の両親は芸術を愛していて、私自身も色とりどりの美術品や装飾品を見るのが大好きなのだ。
けれど、今は寝室のベッド、食卓の皿、日々の衣服――全てが白一色。持参した色とりどりのドレスや絵画は、初日に全て「保管庫」に押し込められてしまった。
「あまりに白すぎるわ!」
流石に我慢の限界を迎えた私は、ヴィクターの執務室に乗り込んだ。真っ白いデスクに腰かけて書類に目を通していたヴィクターは、怪訝そうな顔で私を見る。
「何か問題でも?」
「問題だらけよ! 色がない! 生活に彩りがない! もう白には飽きたの!!」
息を切らしながら訴えても、ヴィクターはわずかに眉をひそめるだけだ。
「エレノア。色彩は混乱を生む。白は純粋で、平穏で、完璧だ。それがこの館の誇りであり、私の信念だ」
その言葉に絶句する。彼にとって白はただの好みではなく、心に深く根付いた「呪い」のようなものなのだ。その呪いを解かない限り、きっとこの白い地獄は終わらない。
「……ヴィクター。少しだけでもいいの。この館に少しだけ彩りを加えてみない?」
「なぜだ?」
「なぜって、色がないと生活が枯れてしまうわ!」
私は手元に持ってきた小さな白い花瓶を掲げ、赤と黄色の薔薇を挿して見せた。
「ほら見て。赤と黄色のコントラストが白い花瓶に映えて、とっても素敵じゃない?」
だが、その花瓶を見た瞬間、ヴィクターの表情が急に険しくなる。その表情には冷たさを超えた、激しい拒絶がそこにあった。
「私の前から、それをよけろ」
「え?」
「その色は、ここに必要ない」
ヴィクターの迫力に私は思わず後ずさる。けれど、私は気が付いてしまった。彼の声がわずかに震えていることに――。
(ヴィクター。貴方はもしかして、色彩を恐れているの?)
* * *
結婚してから数ヶ月が経ったけれど、私はいまだにヴィクターの心に触れることができていない。彼の領地の問題や、異様なまでの「白」へのこだわり。それらの背後に、何か深い理由があることは感じ取っている。でも、彼は決して話そうとしない。
(どこかに、彼の本心を知るヒントがあるはず)
私はそう考え、侯爵家の広い屋敷を散策していた。何気なく入ったのは、屋敷の奥にある倉庫のような部屋だった。どうやら使用人たちも普段は立ち入らないらしく、古い家具や箱が山積みになり、埃が舞っている。
「うっ……埃っぽい……」
軽く咳払いをしながら、無造作に積まれた箱のひとつを開けてみる。すると、中には色褪せた白いドレスが入っていた。驚くほど繊細な刺繍が施されていて、かつてはさぞ見事なドレスだったのだろうと想像できる。でも、どうしてこんなに大事そうなものが、こんな場所に放置されているのだろう?
私は慎重にドレスを取り出してみた。そしてその下に、一冊の日記が隠れているのを見つける。
「ロザリー……」
表紙に記されたその名前を見た瞬間、私はハッとした。ヴィクターのお母様の名前だ。私はその日記を見るかしばらく迷った。けれど、ヴィクターの過去を知りたいという気持ちに負け、ついに日記を開くことにした。
日記の一ページ目には美しい庭園のスケッチが広がっていた。この城に、こんな色彩豊かな庭があったなんて……!
『愛する息子のために、今日も庭の薔薇を整えました。ヴィクターが「白が一番好き」と言ってくれるたびに、私もこの色がますます好きになるのです』
最初の数ページは、愛する息子ヴィクターに対する愛情が溢れる言葉で満ちていた。読んでいるだけで、どれほど深く彼を愛していたのかが伝わってくる。だけど、ページをめくるにつれて、だんだんと筆跡は乱れ、記された内容の雰囲気も変わっていった。
『最近、夫がまた外で女性と会っていると噂を耳にしました。彼の派手な趣味に付き合うのも、もう限界です。けれどヴィクターには、心配をかけたくない』
その文章に、私は息を飲んだ。そしてさらに読み進めると、夫の愛人たちのこと、そして愛人たちから自分への嫌がらせが増えてきたことが詳細に記されていた。
『夫の愛人は私がよほど邪魔なようです。それなのに夫は、私を守ろうとしてくれない。ヴィクターにだけは危険が及ばないようにしなければ……』
そして最後のページに書かれていたのは、震えるような筆跡の一文だった。
『もし、私がいなくなっても、この家に残る庭園が、美しい白薔薇が、ヴィクターの未来を照らしますように』
私は日記を閉じ、息を詰めたまましばらく動けなかった。お母様は……ご自分の命が危険にさらされていることを悟っていたのだ。そして……その予感は当たってしまい、若くして命を落としたのだろう。
日記と共にあった白いドレスは、きっとロザリー様が身に纏っていたものなのだろう。ヴィクターが「白」に執着する理由が、やっと理解できた気がした。彼は、亡くなった母親が愛した「白」を守ろうとしている。けれど、それが彼自身を縛りつけている。
その夜、私は日記を膝の上に置きながら、ずっと考えていた。ヴィクターにこのことを話すべきか。それとも、知らないふりをするべきか。彼の心をこれ以上傷つけたくない。でも、何もせずに放っておくこともできない。
「ヴィクター……あなたが背負ってきたもの、少しだけでも軽くできるといいんだけど……」
私は日記をそっと抱きしめながら、私なりに彼に向き合おうと心に決めた。
けれど、今は寝室のベッド、食卓の皿、日々の衣服――全てが白一色。持参した色とりどりのドレスや絵画は、初日に全て「保管庫」に押し込められてしまった。
「あまりに白すぎるわ!」
流石に我慢の限界を迎えた私は、ヴィクターの執務室に乗り込んだ。真っ白いデスクに腰かけて書類に目を通していたヴィクターは、怪訝そうな顔で私を見る。
「何か問題でも?」
「問題だらけよ! 色がない! 生活に彩りがない! もう白には飽きたの!!」
息を切らしながら訴えても、ヴィクターはわずかに眉をひそめるだけだ。
「エレノア。色彩は混乱を生む。白は純粋で、平穏で、完璧だ。それがこの館の誇りであり、私の信念だ」
その言葉に絶句する。彼にとって白はただの好みではなく、心に深く根付いた「呪い」のようなものなのだ。その呪いを解かない限り、きっとこの白い地獄は終わらない。
「……ヴィクター。少しだけでもいいの。この館に少しだけ彩りを加えてみない?」
「なぜだ?」
「なぜって、色がないと生活が枯れてしまうわ!」
私は手元に持ってきた小さな白い花瓶を掲げ、赤と黄色の薔薇を挿して見せた。
「ほら見て。赤と黄色のコントラストが白い花瓶に映えて、とっても素敵じゃない?」
だが、その花瓶を見た瞬間、ヴィクターの表情が急に険しくなる。その表情には冷たさを超えた、激しい拒絶がそこにあった。
「私の前から、それをよけろ」
「え?」
「その色は、ここに必要ない」
ヴィクターの迫力に私は思わず後ずさる。けれど、私は気が付いてしまった。彼の声がわずかに震えていることに――。
(ヴィクター。貴方はもしかして、色彩を恐れているの?)
* * *
結婚してから数ヶ月が経ったけれど、私はいまだにヴィクターの心に触れることができていない。彼の領地の問題や、異様なまでの「白」へのこだわり。それらの背後に、何か深い理由があることは感じ取っている。でも、彼は決して話そうとしない。
(どこかに、彼の本心を知るヒントがあるはず)
私はそう考え、侯爵家の広い屋敷を散策していた。何気なく入ったのは、屋敷の奥にある倉庫のような部屋だった。どうやら使用人たちも普段は立ち入らないらしく、古い家具や箱が山積みになり、埃が舞っている。
「うっ……埃っぽい……」
軽く咳払いをしながら、無造作に積まれた箱のひとつを開けてみる。すると、中には色褪せた白いドレスが入っていた。驚くほど繊細な刺繍が施されていて、かつてはさぞ見事なドレスだったのだろうと想像できる。でも、どうしてこんなに大事そうなものが、こんな場所に放置されているのだろう?
私は慎重にドレスを取り出してみた。そしてその下に、一冊の日記が隠れているのを見つける。
「ロザリー……」
表紙に記されたその名前を見た瞬間、私はハッとした。ヴィクターのお母様の名前だ。私はその日記を見るかしばらく迷った。けれど、ヴィクターの過去を知りたいという気持ちに負け、ついに日記を開くことにした。
日記の一ページ目には美しい庭園のスケッチが広がっていた。この城に、こんな色彩豊かな庭があったなんて……!
『愛する息子のために、今日も庭の薔薇を整えました。ヴィクターが「白が一番好き」と言ってくれるたびに、私もこの色がますます好きになるのです』
最初の数ページは、愛する息子ヴィクターに対する愛情が溢れる言葉で満ちていた。読んでいるだけで、どれほど深く彼を愛していたのかが伝わってくる。だけど、ページをめくるにつれて、だんだんと筆跡は乱れ、記された内容の雰囲気も変わっていった。
『最近、夫がまた外で女性と会っていると噂を耳にしました。彼の派手な趣味に付き合うのも、もう限界です。けれどヴィクターには、心配をかけたくない』
その文章に、私は息を飲んだ。そしてさらに読み進めると、夫の愛人たちのこと、そして愛人たちから自分への嫌がらせが増えてきたことが詳細に記されていた。
『夫の愛人は私がよほど邪魔なようです。それなのに夫は、私を守ろうとしてくれない。ヴィクターにだけは危険が及ばないようにしなければ……』
そして最後のページに書かれていたのは、震えるような筆跡の一文だった。
『もし、私がいなくなっても、この家に残る庭園が、美しい白薔薇が、ヴィクターの未来を照らしますように』
私は日記を閉じ、息を詰めたまましばらく動けなかった。お母様は……ご自分の命が危険にさらされていることを悟っていたのだ。そして……その予感は当たってしまい、若くして命を落としたのだろう。
日記と共にあった白いドレスは、きっとロザリー様が身に纏っていたものなのだろう。ヴィクターが「白」に執着する理由が、やっと理解できた気がした。彼は、亡くなった母親が愛した「白」を守ろうとしている。けれど、それが彼自身を縛りつけている。
その夜、私は日記を膝の上に置きながら、ずっと考えていた。ヴィクターにこのことを話すべきか。それとも、知らないふりをするべきか。彼の心をこれ以上傷つけたくない。でも、何もせずに放っておくこともできない。
「ヴィクター……あなたが背負ってきたもの、少しだけでも軽くできるといいんだけど……」
私は日記をそっと抱きしめながら、私なりに彼に向き合おうと心に決めた。
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