ただ星を見に行っただけなのに、裏山で奇妙な男を見つけ

ただのA

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星を見るのにちょうどいい夜だった。
月は細く、空気は澄み、雲ひとつない。
裏山の途中にある少し開けた場所なら、きっと綺麗に星が見えるだろうと思い、懐中電灯を手に家を出た。

目的地が近づいた頃、前方に小さな光が揺れているのが見えた。
こんな時間に人がいるとは思わず、私は足を緩めた。

誰かいるのだろうか?

懐中電灯の光は地面に向けられていた。
星を見に来ている様子ではない。
興味を引かれ、私は木の陰からそっと覗き込んだ。

男が一人、スコップで黙々と土を掘っていた。
掘る動きには迷いがなく、掘る場所も最初から決まっているようだった。

何を掘っている?
金銀財宝でも埋まっている話なんて聞いたことがない。
タイムカプセルだろうか?
……まさか、死体?

思考が勝手に走り、胸の高鳴りが増した。

しばらく掘り続けた男は手を止め、穴を見下ろし、ぼそりと言った。

「今日はここまでだな」

満足したように二度うなずき、男はそのまま掘りかけの穴を残して山を下りていった。

静寂が戻ったが、私は穴に近づこうとは思わなかった。
思いがけず胸が躍る経験ができたことで、それだけで満ち足りていた。

そもそも星を見に来たのも、雲ひとつない夜だったから、という程度の気まぐれだった。
その目的は、もうどうでも良くなっていた。

翌日、私は自分に言い訳をした。
「散歩だ」「気分転換だ」「涼しい夜風に当たりたいだけだ」と。

それでも、心のどこかでは思っていた。
さすがに今日は来ていないだろう。
そう自分に言い聞かせながらも足は自然と裏山へ向かった。

昨日と同じ時間に裏山に着き、同じ木陰に身を潜めた。

懐中電灯の光が揺れている。
まさか、本当にいるとは…

男は前日と同じ場所で、同じ姿勢のまま穴を掘っていた。

動きに迷いはなく、掘る深さを確かめたり、ためらう様子もない。
掘る量が最初から決まっているかのように、淡々と土を掻き出していく。

しばらく掘り続けたあと、男は手を止め、穴を見下ろし、ぼそりと呟いた。

「まだだな」

そしてスコップを担ぎ、穴を埋め戻さずに山を下りていった。
私は昨日と同じように、穴には近づかず帰った。

その後も、同じような夜が続いた。
三日目、四日目、五日目……男は毎晩同じ時間に現れ、同じ場所を掘り進め、ひとこと「まだだな」と言って帰る。

私はそのすべてを一定の距離から見届けた。
5日目の帰る頃には、穴は男の腰ほどの深さになっていた。

六日目の夜、私は裏山へ向かった。
そろそろ何かが出てくるはずだという期待が、胸の奥で膨らんでいた。
五日間同じ光景を見続けてきたのだ。今日こそ「答え」が見られるに違いない。

男はいつもの場所で穴を掘っていた。
腰ほどの深さまで掘られた穴。その底で、スコップが固いものに当たった音が響いた。

待っていた瞬間だった。
私は思わず身を乗り出した。

金銀財宝かもしれない。
死体かもしれない。
あるいは――大昔に封印された妖怪の壺かもしれない。

何にしろきっと、とんでもないものに違いない。

男は泥を払い、懐中電灯を近づけた。
白い陶器の表面が現れた。

便器だった。

私は一瞬理解できなかった。
よくあるただの便器に見えるが、まだ断定はできない。
この男が何日も掘り続けていたのだ。理由があるに違いない、と自分に言い聞かせた。

男は便器を丁寧に掘り出し、穴の底に据え置いた。
そしてベルトを外し、ズボンと下着を下ろし、便器に腰を下ろした。

ひんやりとしているはずなのに、男は平然と座っている。

短い静寂。
かすかな排泄の音。

私は呆然としたまま、ただ見ていた。

当然水が流れるはずもなく汚物は便器の底にそのまま残った。

男は立ち上がり、衣服を整え、便器を満足そうに一度だけ見下ろして頷いた。
六日間で最も晴れやかな達成感のある表情だった。

そして埋め戻しもせず、スコップすら持ち帰らないまま、軽い足取りで山を下りていった。

私はその場に取り残された。

期待していた自分が馬鹿らしくなるほどの結末だった。
五日間積み上げてきた期待が、一瞬で音を立てて崩れ落ちた。

何が目的だったのか。
なぜ埋まっていたのか。
なぜ掘り起こし、なぜ用を足して、それで満足したのか。

どの問いにも答えはなかった。

私はその場に取り残された。
期待していた「何か」は、便器で、しかもそれを使うという意味不明な光景。
落胆と困惑だけが残った。
笑うことも、怒ることもできず、ただ“理解できない”という感情だけが重く沈んだ。

何がなんだか、わからないまま。

私はその場からそっと離れ、家に帰った。

今夜は雲ひとつなく、満点の星空が広がっていたが2人はそれに気づかない。
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