予知するモノ

ただのA

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予知するモノ

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1日目

会社に着くと、自分のデスクの上にメモが置かれていた。

『今日の午後三時、部長がお前のミスを指摘する。書類の内容を再確認せよ』

見覚えのない筆跡だった。

悪戯か? それとも親切心?

半信半疑のまま、机の上の書類に目を通してみる。

「あ……」

報告書の数値が間違っている。危なかった。急いで修正し、何事もなかったかのように提出する。

そして午後三時、部長は報告書を確認し、「問題ないな」とだけ言って、別の話題に移った。

……助かった。

でも、いったい誰がこんなことを?

もしかして、誰かが先にミスを見つけて、匿名で教えてくれたのか? だとしたら、直接言ってくれればいいのに。

腑に落ちない気持ちを抱えたまま、一日が終わった。 

2日目

『昼休み、書類の提出期限を忘れる。気をつけろ』

昨日と同じメモが机の上にあった。

またか……。

昨日はたまたまだったのかもしれない。でも、もしこれも当たるとしたら?

半信半疑のまま、昼休み前にスケジュールを確認する。

「……やばい」

確かに、午後一時が提出期限だった。完全に忘れていた。急いで対応し、ギリギリで間に合った。

「なあ、お前、この書類もう提出したのか?」

同僚の佐藤が驚いたように聞いてきた。

「ああ、今朝チェックしてたら、期限が今日だったのを思い出してさ」

「へえ、珍しいな。いつもギリギリまで忘れてるのに」

……そう、まさにそれだった。

昨日もそうだった。ミスを指摘される前に気づいたことで、何事もなかったかのように過ごせた。

でも、なぜ誰もいないオフィスで、毎朝メモが机に置かれているんだ?

誰がやっている? 

3日目

『昼休み、コーヒーをこぼす。気をつけろ』

今度は、未来の出来事を予測する内容だった。

「まさか……」

報告書のミスや提出期限なら、誰かが先に気づいて忠告してくれることもある。でも、コーヒーをこぼすことなんて、誰にもわかるはずがない。

半信半疑のまま昼休みを迎えた。

コーヒーを慎重に置き、絶対にこぼさないよう注意していた。

しかし、隣の同僚がつまずいた拍子に、カップが揺れ――

「あっ……!」

反射的に手を伸ばし、倒れる前にカップを押さえた。

……助かった。

偶然? いや、これはもう偶然では済まされない。

未来が、予知されている。 

4日目

『帰宅途中、駅の階段で足を踏み外す。手すりを持て』

警戒しながら階段を降りる。

すると、本当に足元がぐらついた。

「っ……!」

でも、手すりを持っていたおかげで、転ばずに済んだ。

完全に信じた。このメモは未来を予知している。

だが、一体誰が……? 

5日目

『今日の会議で、部長に意見を求められる。事前に準備しておけ』

会議の直前、俺はいつも以上に念入りに資料を読み込んだ。

そして会議が始まってしばらくすると――

「君はどう思う?」

部長が俺に意見を求めた。

普段なら指名されることのない場面だったが、準備していたおかげで、スムーズに意見を述べることができた。

部長は満足げに頷き、会議は進んでいった。

もはや疑う余地はなかった。

このメモは、確実に未来を予知している。 

1ヶ月後

最初は誰かが警告をくれていると思っていた。だが、毎日同じ筆跡、同じメモ用紙。

そして何より、メモが置かれているのは必ずだった。

……いや、正確には使だった。

——「ラプラスの悪魔計画」

かつて俺が携わっていた、極秘の未来予測プロジェクト。

ラプラスの悪魔とは、宇宙のすべての物質の状態を完全に把握できれば、未来も計算できるという理論だ。

例えば、ビリヤードの球の位置と速度を完璧に知ることができれば、どこへ転がるかも正確に予測できる。
この考えを宇宙全体に適用すれば、未来を完全に計算することも可能になる——という理論だ。

俺たちは、この理論を応用し、人間の行動を解析し、未来を予測するAIを作ろうとした。
その実験の一環として開発されたのが、予測機能を備えたAI搭載のデスク——「ラプラス・デスク」だった。

だが、プロジェクトは失敗に終わった。

予測精度が低すぎて実用には耐えず、開発は中止。
実験機材は解体され、データも消去された。

ただし、俺が使っていた机だけは例外だった。

「お前が最後まで面倒を見てたんだし、好きに処分していいぞ」

そう言われた俺は、この机を捨てず、自分のデスクとして使い続けた。

そして、気がつけば——机は俺に未来を教え始めていた。

3ヶ月後

ある朝、机の上にメモが置かれていた。

『ラプラスの悪魔は完成した。だが、今日の予言が最後になる』

最後? どういうことだ?

俺はその日、一日中気が気ではなかった。

しかし、何も起こらなかった。

そして翌朝——

ラプラス・デスクは消え、代わりに新しい机に変わっていた。周りの同僚に聞いても誰が机を変えたのか知らないらしい。そればかりか机が
変わったことにすら気づいていない様子だった。
まるで最初から存在しなかったかのように。

会社の倉庫を探しても、記録を調べても、この机に関する情報は一切残っていなかった。

俺はデスクのあった場所に手を置き、呟いた。

「……ありがとう」

誰に向けて言ったのかは分からない。

ただ、確かに俺は助けられた。

もしかすると、ラプラス・デスクはついに「完璧な未来予測」を達成し、その役目を終えた瞬間、自らを消したのではないか。

それがプログラムの意図だったのか、AIの意思だったのかは分からない。

ただ一つ確かなのは——

俺は、二度と「ラプラスの悪魔」に出会うことはないということだ。

数年後

俺はあの出来事を忘れられず、再び未来予知の技術開発に取り組んでいる。

あの机のように、人の未来を導いてくれる存在を作れるのなら——

今度こそ、失敗しない方法を見つけたい。

いや、きっと見つけてみせる。

その時、俺のデスクの上に、一枚のメモが置かれていることに気がついた。

『ラプラスの悪魔はまだ見ている』

俺は思わず笑った。

「……そうか、お前はまだここにいるのか」

静かに、メモをポケットにしまう。

そして、俺は新たな研究を始めることにした。
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