他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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トガリネズミの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

 
トガリネズミの刺青


―破損―


黒いローブの男は、白雪妃を奴隷城に監禁し、仮面夫の逃亡を


「王の左足・王の筆先」に密告した。


そして、仮面夫を裏切り者として、カラクリ兵たちに射殺させた。


これで、だるま王の両手が地に落ちた。


残るは、だるま王の両足だけ。


黒いローブの男は、次の標的、


王の右足のページを開いていた。


そこには「トガリネズミの刺青」と黒文字で書かれていた。


―王の右足・王の頭脳―


次の標的は「死神老人」と呼ばれていた。


だるま王たちの頭脳にあたる人物だった。


頭脳というだけあって、表に姿を現すことはなかったが、世間の裏側、


「地下墓地」を住み処としていた。


その地下墓地では、限られた行動しか出来なかったが、王の頭脳らしく「脳」を使い、眼や耳から入ってきた情報を頭脳に流し込み、浮かび上がった「悪知恵」を だるま王たちに「特殊な方法」で与えて生きていた。


つまり、次の標的は「頭脳」を武器に隠れていた。


先ずは、そこから引っ張り出す必要があった。


黒いローブの男は、死神老人の倒し方を考えた上で、


二つの小瓶、


仕込みナイフ、


ライターを用意して出掛けた。


―地下墓地へと通じる扉―


分厚い本によると、死神老人が住み処としている墓地は特別だった。


カカシ女と接触した墓地を 更に奥へと進んだ、屋敷内にあった。


その屋敷内には「地下墓地へと通じる扉」があり、死神老人はその先にいた。  


黒いローブの男は、半開きにされた屋敷の扉から侵入し、地下墓地へと通じる扉の前で立ち止まった。


やはり、その扉は、厳重に鍵が掛けられていて侵入は不可能だったが、扉の下の方に「既に開かれた小窓」が作られていた。


小窓は開閉可能で、片手くらいならば通せそうな大きさだった。


何かを受け渡す時に使うのだろうか、


黒いローブの男は、何か仕掛けがあるのではないかと考え、その扉から離れて、様子をうかがう事にした。

 
暫くすると、小窓からネズミが顔を出して、出てきた。


それは、尻尾に白髪を巻き付けたネズミだった。


その身体には、紙切れが蔓の糸で巻き付けられていた。


―ミミズの蠢く小瓶―


黒いローブの男は、それを確認すると、ミミズの蠢く小瓶の蓋を開け、小瓶を逆さまにして、床にミミズを散らした。


やけに人馴れしたネズミは、黒いローブの男の罠に直ぐにかかり、散らばったミミズを喰らい始めた。


だから、簡単に蔓の糸を解かせてくれた。


黒いローブの男は、そこで手に入れた紙切れを手に取って開いた。


だが、意味不明な暗号が並んでいるだけで解読は不可能だった。


黒いローブの男は、その紙切れを再びネズミの身体に蔓の糸で巻き付けると、屋敷の外に放してやった。


暫くして、ネズミが屋敷に戻ってきた。


尻尾に白髪を巻き付けたネズミだった。


だが、その身体に紙切れは巻き付けられていなかった。


つまり、誰かが黒いローブの男と同じ方法を行い、紙切れを受け取ったということだった。


もしも、このネズミが「伝書鳩」の代わりならば、紙切れの受取人が、屋敷にやってくるかもしれない。


全ては時間との戦いだった。


黒いローブの男は、ネズミが小窓に入ったのを確認すると、二つめの小瓶を取り出して、蓋を開けた。


―毒霧の茎―


小瓶の中には「毒花の茎」が束にされて入れられていた。


その茎は特殊な茎で、火をつけることで毒霧を発生させる事ができた。


その効果は、本数が多ければ多いほど危険だった。


黒いローブの男は、四本の茎にライターで火をつけると、それを小窓の中に放り込み、小窓を閉じた。


そして、死神老人が出てくるのを待った。


―出てこない―


だが、いくら待っても、誰も出てこなかった。


ただ、いつの間にか、扉の鍵は開けられていた。


黒いローブの男は、毒霧に犯されないように、黒い布で鼻と口をぐるぐる巻きにすると、扉を開いて、毒霧が充満する中へと侵入した。


そこには、長い階段が地下へと続いてた。


黒いローブの男は、毒霧が充満する階段を地下へと降りて行った。


そして、長い階段の先で、二つ目の扉を見つけた。


毒霧は、 そこで途絶えていた。


毒霧での引っ張り出しは、二つ目の扉に防がれて、無意味だった。


黒いローブの男は、歯を噛み締めると、右手に仕込みナイフを握り締めて、扉を開いた。


―地下墓地の主・死神老人―


扉を開くと、灰色のローブを纏った、長い髭の老人が、地下墓地で待っていた。


老人は、黒いローブの男を顔を見るなり逃げ出すと、 更に奥へと向かい、そこで観念したのか、ゆっくりと振り返り、何かをじっと見つめていた。


死神老人の視線の先に見えたのは、天井から垂れた鎖に器具で固定された「砂時計」だった。


砂時計の落ちる砂が残り僅かになると、死神老人は、黒いローブの男に言った。


この戦いは、お前が、王の左手の裏切りを密告した時から始まっている、


王の筆先は、お前の罪を世間に晒す、と。


黒いローブの男は、その言葉に怯まなかったが、地下墓地のどこかで開かれた扉の音には敏感に反応した。


その音は、やがて、数人の足音に変わると、黒いローブの男の後方でぴたりと止まった。


振り返ると、数体のカラクリ兵が、ボウガンの矢を構え、誰かの指示を待っていた。


あの時と全く同じだった。


カラクリ兵の隙間から出てきたのは、あの男の子だった。


「死神老人の言った通りだったね」


男の子が小馬鹿にしたように言った。


黒いローブの男は、その言葉に、歯を噛み締めた。


全てが、罠だったことに気付いたのだ。


死神老人が、伝書ネズミで伝えたのは警戒、そして、射殺の指示だった。


王の両足は、謎の密告者が現れた時から 作戦を考えて、踊らされたふりをしていた。


その犠牲となったのが、王の左手・王の武具だった。


世間の流れを操る、王の両足らしい、汚い殺り方だった。


だが、黒いローブの男は怯まなかった。


男の子が、カラクリ兵たちに射殺の指示を出す前に、死神老人の背後に回り込むと、仕込みナイフを死神老人の首に当て、カラクリ兵の撤退を命じた。


汚ない殺り方には、汚ない殺り方で勝負というわけだった。


黒いローブの男と、男の子は対峙した。 


どちらも決して退かなかった。


その時、死神老人の耳には聞こえ始めていた。


【世間の流れを狂わせる愚か者よ、自身が狂い始めていた事には、優れた頭脳でも気付かなかったようだな、頭脳さえあれば生きられると思い込んだ自身を悔やむがよい、最期の悪知恵で、その殺意を消してみせよ、だが、気を付けろ、殺意は二つ存在する、正しい方の殺意を先に消さなければ、殺意は連鎖し、やがて、その身を亡ぼす】


死神老人は、仲間からの裏切りを恐れていた。


だから、黒いローブの男の方が危険だと判断して、得意の悪知恵を黒いローブの男に囁いた。


だが、それが間違いだった。


黒いローブの男は、不敵な笑みを浮かべると、死神老人を盾の代わりにして、そのまま逃亡しようとした。


それを見た男の子は焦り、カラクリ兵に射殺の指示を出した。


カラクリ兵は、ボウガンを黒いローブの男の方へ発射させた。


もちろん、ボウガンの矢は、盾にされてしまった死神老人の身体に次々と突き刺さり、血を吐かせた。


黒いローブの男は、カラクリ兵のボウガンの矢が途切れたのを確認すると、死神老人を置き去りにして、地下墓地の更に奥から脱出した。


―落ちた右足―


地下墓地の通路には、身体中に矢が突き刺さった死神老人が、真っ青になり転がっていた。


男の子は、カラクリ兵を撤退させると、死神老人に駆け寄って、言った。


愚かな死神老人、お前が伝書ネズミで伝えた通り、あの男の罪は、世間に晒しておいた、だから、安心して地獄へ堕ちるがよい、だるま王の国を支配するのは、老いぼれでも、汚れた大人たちでもない、この私だ、と。


男の子は、だるま王の最期の部下として、黒いローブの殺害を胸に誓うと地下墓地から去っていった。

 
男の子が去って、暫くすると、何かが闇の中で動き、顔を出した。


それは、死神老人の伝書ネズミだった。


ネズミは、死神老人の側に駆け寄ると、目覚めない死神老人の臭いを嗅いで、そのまま動かなくなってしまった。


世間の裏側で、悪知恵を与え続けた死神老人、


その異臭放つ全身には、不気味な素性を隠し持つ「トガリネズミの刺青」が刻まれていたという…。
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