俺達の行方【続編】

穂津見 乱

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2日目

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軽くシャワーで身体を洗い流した後、温め直してくれた剛の手料理をご馳走になる。市販のダシに味噌を溶いた味噌汁だが、剛の愛情がこもっていて数段に美味しく感じられる。

「味はどう?」

「剛の愛情のダシが良く出てるぞ!美味い!おかわり~!」

「俺の愛情は市販ダシかよ~?!」

「ヘヘッ…、剛が作ってくれたんだ。すげぇ嬉しい!朝飯も俺が作ってやるつもりだったんだけどな…。昨夜はごめん。心配かけて悪かった。」

「気にするな。お前の寝顔見てムラムラしてたなんて事は…口が裂けても言わねぇ~からよ。」

「も~う、剛~!」

「ハハハ、冗談だ。弘人が傍に居てくれるだけで嬉しいからな。」

剛が楽しそうに笑う。そして、幸せそうに俺を見つめる。東京に出てから間も無いが、それでも一段と落ち着きを増して大人びた雰囲気を漂わせている。

《剛って、また一段と大人っぽくなった気がする。なんかドキドキするよな》

俺は見つめられるだけで照れくさくて恥ずかしくなる。ガツガツと白飯を掻き込んでおかわりをする。

その後、腹ごなしに近所を歩いて見て回る事になった。剛が間借りしている独身寮は会社の敷地内にあるらしい。周囲は倉庫や資材置き場等があり、夜になると人気が無くなるのも頷ける。目印は会社の大きな看板だろうか。
最寄り駅から少し離れてはいるものの、歩いて行けない距離ではない。駅方面に向かって行けば賑やかさが増す。

「昨日は暗くて分からなかったけど、こんな場所だったのか~。それで、会社の独身寮の間借りって…どうやって見付けたんだ?」

「俺の個別指導をしてくれてた人が紹介してくれたんだ。この会社の社長さんとは親戚だって言ってた。場所的にはちょっと不便だけどな。でも、すげぇラッキーだったぜ~。東京で住む場所を探すってだけでも大変だからな。これも人の縁ってやつかな?」

「ふ~ん、剛って、やっぱりすげぇな!俺には未だに右も左もサッパリだ。空港の中でさえビックリしたもんな~!その上、こんな場所に単身で乗り込んで来るなんてな~!ホント、すげぇぞ!」

「ハハハ、弘人は方向オンチだからな。運動神経が良くて方向オンチってのはなかなか居ないぜ?」

「うるせぇ~!俺は何事にもまっしぐらで周りを見てないだけだ。」

「弘人、それ自慢にならねぇ~!」

剛がお腹を抱えて笑う。こうして2人で歩いているだけでも楽しくて幸せな気分になれる。

《剛と一緒なら何処で何をしても楽しくて幸せだな!も~う、最高~!》

「剛、晩飯は何が食べたい?俺達の誕生祝いだからな!俺が腕を奮ってやる!」

「おおっ!最高だな!やっぱ肉かな!ケーキも買おうぜ!それと、シャンパンでも飲むか?」

「俺、お酒は飲んだ事ねぇけど…?剛はあるのか?」

「ああ。交流会みたいな飲み会とか歓迎会とかあったからな。何度か飲まされたけど、俺は結構イケるぜ。」

「大学では未成年に酒飲ますのか?!」

「俺は未成年に見えないから大丈夫らしいぜ?」

「何だよ?じゃあ、俺は?」

「弘人も良い面構えになってるぜ。合コンとかあるんじゃねぇか?浮気するなよ?」

「バ、バカ!するかよ!?」

「フフッ…。」

「な…、何だよ?俺はモテねぇから心配すんな!それより、お前は大丈夫なんだろうな?」

「何?俺が心配?」

「してねぇよ!する訳ないだろ!」

「フフッ…。弘人、ありがとな。」

「俺の方こそな!」

何だか顔が熱くなってしまう。剛が俺の浮気を心配しているとは思いもしなかったからだ。

《男前の顔して何言ってんだ?!俺の浮気を心配する顔かよ?!超嬉しいじゃねぇかよ!》

ニヤける顔を見られまいと少し速足になる。数歩後ろを歩く剛がボソリと言う。

「実はな…、弘人に内緒にしてた事があるんだ。」

「え…?何だよ?」

「高校の時…。お前の事を好きだって言ってきた子が居てな。何で俺に?って思ったんだけど…。」

「え?え?!な、何?!」 

「弘人に好きな人がいるかどうか訊かれたんだ…。」

「えぇ~?!何だよそれ?!それで、何て答えたんだ?!」

「………いる。……そう答えた。」

「そうか。」

「………。……それだけ?」

「え?何が?」

「気にならねぇのか?相手が誰か?とか…。何で勝手に答えた…とか…?」

「ならねぇ。」

「………。」

「何だよ?もしかして、それ気にしてたのか?」

「………。まぁ…そうだな。勝手に断ったみたいになってたからな…。」

「剛、お前…その時、何て思った?」

「そりゃ勿論、弘人を渡す気なんかねぇし、お前の恋人は俺だって思ってたし。……でも、ちょっと…ヤ、ヤキモチはあったかな…。」

「フフフッ…。剛が俺にヤキモチ?」

「な、何だよ?」

「ヘヘッ、それ、すげぇ嬉しい!」

「バーカ!俺だってヤキモチぐらい普通に妬くぜ?」

「良かった!」

「何だよ、それ?でも、嬉しいぜ。弘人が俺だけを見ててくれて…。」

剛が安心したように柔らかく微笑む。次いで、クスリと笑って照れくさそうに頬を染めて視線を逸らす。更に、緩む口元を隠すように手で覆う仕草までもが愛おしい。剛のさり気ない何もかもに心踊る気分だ。

《俺を好きだって言う子が居たとはな~?!男としては嬉しいけど、剛がヤキモチ妬いてくれる方がもっと嬉しい!》

俺の気分は上々でスキップしたくなるほどだった。既に、俺の関心は剛だけに向けられている。剛の想いを知る前ならば、女子に想いを寄せられた事を喜んでいたであろう。だが、剛を悲しませるような事だけはしたくないと思っていた。それに、俺の頭の中は今夜の事で一杯だった。

剛が住む街並みを眺めながら、剛が立ち寄るお店や食事処などを一通り歩いて見て回る。帰りに立ち寄ったスーパーで食材を買い足し、ショートケーキとシャンパンも購入。のんびりと散策している内に早くも日が落ちてきた。

「時間が経つのは早いな。」

「うん、あっと言う間だな。」

「弘人?せっかく東京まで来たのに、これで良かったのか?」

「ああ、勿論!剛の生活振りを見れて良かった。」

「お前…、ホントお袋みたいだな?」

「お袋じゃねぇだろ。俺は、お前の…恋人だからな…。」

自分で言った言葉に照れてしまう。剛の住む街を剛と一緒に歩いているだけで幸せを感じられる。普通の日常がそこにある。それだけで満たされる。

「フフッ…、そうだな。俺の可愛い恋人だ。」

「か、可愛いは余計だろ?!」

「弘人、可愛い!」

「バカ!やめろ!」

「やだ!やめねぇ~!可愛い~!最高~!」

「も~う、うるせぇ~!」

「ハハハ、久し振りに家まで競争しようぜ!」

「おい!ちょっと待て!俺、ケーキ持ってんだぞ~!?ズルイぞ~!」

「早く来いよ~、弘人。」

振り返って笑う剛の笑顔が夕日の中でキラキラと輝いて見える。眩しいほどのその笑顔を俺はしっかりと目に焼き付ける。

《剛と過ごせる時間は全部…俺の大切な記念日だな!》
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