俺達の行方【続編】

穂津見 乱

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2人の軌跡〈3〉

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『剛!お前、卑怯だろ!男なら正々堂々とやれよ!』

『何だよ?相手の弱点を突く。これは頭脳戦だ。少ない力で如何にして相手を倒すかも戦略の一つだ』

『お前のは戦略でも何でもねぇ!ただの意地悪だろ?!面白がってんじゃねぇよ!』

『ハハハ、悔しかったら弘人もやってみろよ。頭を使え。いつも言ってるだろ?相手を良く見ろ。お前の動きには無駄が多い』

『フン!うるせぇな!俺はがむしゃらにやってんだよ!力では勝てねぇんだから全力でやるしかねぇだろ!』

『ハハハ、真っ直ぐなのは弘人の良い所だ。俺は、お前のそういうとこ好きだぜ』

『ヘヘ、ありがとさん!』

『でもな、人間は自分の弱点を知る事も重要なんだぜ。それと、力で勝てないと思っても、お前には素早さがあるだろ。俺より小回りが利くのは弘人の特権だ。自分の可能性を伸ばすのは大事だぜ』

『確かにそうだな。よし!次は負けねぇからな!』

『ハハハ、俺も全然負ける気がしねぇ~!なにしろ、弘人は攻めがいがあるからな~』

『剛~!お前、ホント性格悪いぞ!?その性格を川で洗い直して来い!』

『何それ?禊ってやつ?今度、それ一緒にやろうぜ!大橋からダイブして先に海まで泳ぎ切った方が勝ち~!』

『バカ、あそこは遊泳禁止だろ?お巡りさんに捕まるぞ!?』

『弘人、ビビるな!危ねぇ橋を渡ってこそ男だ!スリル満点だろ~!』

『お前、ムチャクチャなこと言うなよ?!』

『何だよ?面白くねぇな~。弘人は真面目すぎるぜ。まぁ、それもお前の良い所だ』

『褒めてんのか貶してんのか分かんねぇな?泳ぐなら他の場所だろ。でも、お前の方が泳ぎも得意そうだからな~』

『ハハ、俺の泳ぎはそうでもない。デカイ分だけ長さで得してるようなもんだ。速い奴なんていっぱい居る』

『ウソだろ~?!お前、何でも出来そうじゃねぇかよ?』

『人間は万能じゃないって事だ。俺は走るのが一番好きだからな。それで満足してるぜ』

『うん、俺も!足なら剛に負けねぇ自信あるぞ。毎日、特訓してるからな~』

『よし!次の大会で勝負だ!』

『おう!』

『その前に…、お前、もっと鍛えておけよ?』

『え?何…?』

『脇が甘い~!顎を引け~!ゴメンナサイと言え~!』

『うひゃひゃ?!剛、やめろ!もう勝負はついただろ~!?』

『ハハハ~、冗談だ。弘人はマジで面白れぇな~。隙だらけだ』

『剛のバカ!卑怯者~!もう疲れて力も出ねぇぞ~』

『よし、この勝負は俺の勝ちだな!弘人は体力もつけろよ。持久力も大事だぜ?お前の瞬発力はすげぇけどな』

『アハハ、確かにな。今回も俺の負けだ。お前に勝てるの50m走だけだもんな~。ホント、剛には敵わねぇよ』

そうやって2人で笑う。俺にとっては取っ組み合いの後の愚痴や文句も勝負の一つだった。思った事を遠慮なく言い合う。戦い疲れた頭の中は空っぽで余計なものが何も無い。剛の言葉はストンと心に入って来る。俺が素直になれるのはそういうやり取りがあってこそだ。

常に全力で挑む俺に、剛も全力で応えて来る。一方的に力で押さえ込む事もなく、単純に手加減するだけでもない。次々と趣向を変えながら様々な手段で応戦して来る。何をしでかすか分からない剛との取っ組み合いは、俺の運動神経を鍛えるだけでなく脳も活性化させる。一点集中型で全力タイプの俺とは違い、バリエーション豊かな剛は万能で有能だった。

中学時代はヤンチャな所が多かった。言う事もやる事もふざけていて本音が分かりにくい部分も多いが、さり気なくアドバイスもしてくれる。俺を乗せるのも上手かった。良い所は良い、悪い所は悪い、言うべき事は言う。それでも相手が傷付く言葉は使わない。俺なら「手加減してやってる」と言いそうな場面でも、そういう部分は一切見せない。力が弱いとか身体が小さい等という男が気にするような部分を突く事もしない。核心を突きつつフォローもする。話題の方向転換も巧みで話している内にどんどん引き込まれて行く。

あの頃から、俺はもう剛の虜だった。一緒に居るのが楽しくて、何をやっても濃厚で、全てにおいて最高で、共に過ごす時間は満足度100%だった。男として負けたくない気持ちもあれば、憧れも期待も、興奮も感動も、努力も意地も根性も、俺の中にある向上心も何もかもが剛と共にあった。

そして、剛と俺の距離は更に縮まって行く。

『うわっ!?何する!舐めるな!』

『ハハハ~、不意打ち!』

『お前、卑怯だぞ!』

『嫌なら放せよ』

『嫌だ!絶対、放さねぇ!死んでも放すもんか!』

『じゃあ、もっと舐めてやる~!そして、こうだ~!』

『わわわっ?!それ、やめっ…!バカ、舐めんな~!うおっ?!指、挿れんな~!』

『ガハハハ!面白れぇ~!痛くしてねぇんだからいいだろ?弘人の弱点攻撃~!』

『うわっ!おわっ!バカ!それダメだって~!耳はやめろ~!』

『じゃあ、これはどうだ~!』

『ウヒャヒャヒャ~!脇、やめっ…、ダメ…苦しっ…!も、お願い…マジ、やめて~!』

『ほらほら、早く降参しろ~!参ったと言え~!』

『いっ…、い、嫌だ!誰が降参するかよ!喰らえ、キンケリ!』

『うわわ!?やめろ、バカ!それは禁止だ!』

『うるせぇ~!男の勝負に情けは無用だ~!喰らえ!俺の必殺技!電気アンマ~!』

『わ、分かった!参った!俺の負けだ!』

その頃、剛は俺の身体の敏感な部分を瞬時に狙うようになっていた。攻撃力と防御力を削ぎ落とす戦意喪失作戦だと言っていたが、本当は俺の身体を傷めつけない為だった。以前は、耳や鼻や頬を摘んでグニグニ引っ張る意地悪攻撃だったのだが、顔が赤く腫れるのを見て可哀想に思っての事らしい。それなら摘んで引っ張るなと言いたい所だが、男の勝負に情けは無用だ。卑怯な技には卑怯で返す。当然、俺も股間を狙う。そうすると、今度は引っ張る代わりに指を突っ込んでくるようになった。剛曰く「引いても駄目なら押してみろ作戦」らしい。その時の俺の反応が面白かったようで、剛の悪戯心に火が点いたのは言うまでもない。あの当時から、S要素が見え隠れしていたのだろう。

痛みに勝るこそばゆい反撃は堪え難いものがあった。これは根性で我慢出来るものではない。耳が弱いと分かると息を吹きかけるようにもなり、やがてはペロッと舐めて来るようにもなった。大胆かつ巧妙で卑怯な手口だ。俺の金的攻撃がエスカレートするのも当然だろう。俺が股間を集中攻撃するようになると、剛の悪戯心も更に増して行った。要は、どっちもどっちだったという事だ。

基本的に、剛は俺の攻撃に反撃する構えが多い。元々、本気で戦う訳ではないだけにムキになる俺を相手に面白がってふざける事が殆どだ。最初は力と力のぶつかり合いだったが、体格と力の差は明らかだった。それ以降、小手先の技に変わった。関節技なら俺の方が詳しい。そうなると、次は意地悪攻撃に変わった。関節技にもならない子供じみた反撃に、思わず怯んだ瞬間に身体を引き離される。そうやって、次々に戦法を変える剛の反応速度は俺の反射神経を上回る。結局、取っ組み合いと言うよりは激しい戯れ合いとなり、延々と長引く勝負でお互いに力を使い果たす。最終的には体力温存型の剛に押さえ込まれて終わる。総合的に見ても、その内容がどうであれ剛の戦略勝ちとなる。

そうやって、俺は年々と鍛え上げられて行った。様々な面で剛の影響力は大きかった。

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