《急募》ヴィランから身を守る方法!!

亡羊ちろり

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転生した

嘘、だろ…?!

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しんしんと降り積もる雪も気にかけず、主人公は暗い森の中足を進めていた。
ふいに光が差し込み木々が開ける。その先にはいくつかの墓石がぽつぽつと寂しく並んでいた。
主人公はその中のひとつに歩み寄り、墓に刻まれた文字を指先でするりと撫でた。途端、がくりと膝をつき崩れるように墓石にもたれかかる。仰々しい礼服がドレスのように広がるのが視界の端に見えた。
ポタポタと両目からこぼれ落ちた涙が降り積もった雪に染み込んでは消えてゆく。
食いしばった歯の間から絞り出すような声が漏れた。
「俺は、俺はなんてことをしてしまったんだ…」
どれだけ嘆いても死者は蘇らない。分かっているのに、主人公はやめられなかった。
「みんな、すまない…」
白い世界にひとり取り残されたまま、主人公はここにはいない誰かにひたすら謝り続けていた。


「勇者の哀しき凱旋」。それはとあるウェブ小説を原作とし、アニメ化まで成し遂げた大人気のライトノベルである。通称「かながい」と略されるその作品がなぜそこまで人気になったかというと、とある界隈で盛り上がりを見せたからだ。そう、所謂「腐った」コミュニティである。原作には特にBLなどの描写はないが、メインヒロインがいないこと、主人公の恋愛がまったくと言っていいほど描かれなかったことなどに加え、「かながい」は数々の美麗なキャラクター達が次々と死んでいく「鬱小説」でもあったことが原因と言えるだろう。そこからオタクたちは各々創作意欲やインスピレーションを得て、多くのファンアートや二次創作が世に出た。主人公以外のほぼ全ての主要人物が死ぬという鬼畜なストーリーは推しの死を受け入れられずに亡霊と化す読者を量産し、「◯◯生存if」などのタグは何度見たかもわからない。
なんで俺がそんなに詳しいかって?それはもちろん腐女子である俺の妹、桜が布教してきたからだ。「楓が好きそうな可愛い女の子もいっぱい出てくるから!」と言いくるめられてアニメを見始めたのが運の尽きで、独特な世界観と魅力的なキャラクター達に惹かれて俺はアニメを一気見した後原作小説まで読み返し、更には公式以外の供給を漁りまくるゾンビとなってしまったのである。ちなみに俺の推しはクールビューティーなお姉様で、最後まで生き残りはするが何となく影が薄い。「かながい」の女性キャラクターの特徴でもあるそれは最早二次創作でも直せないものらしく生存率は比較的高いもののあまり人気はない。けっこう活躍はしてたと思うのだけど、確かに描写が少なく印象には残りづらいかもしれない。くそ、俺に画力と文章力が備わっていればいくらでも自家発電できたのに!
対して主人公をはじめとした男性キャラクターは熱狂的なファンがついていて、特に「関係性」オタクやカプ推ししている人が多いイメージだ。「かながい」はやけに男同士の友愛などを掘り下げる傾向があるし、壮絶な人生を辿る闇深いキャラには皆沼に落ちてしまうのも仕方がない。仕方がないけども、推しの検索かけてヒット数が微妙なのはなんとも口惜しいところではある。
「やっばーい、遅刻する!」
考えごとをしているうちに桜が起きていたらしい。俺は制服のブレザーを羽織りながらリビングに駆け込んできた妹に温めたご飯をよそって出してやる。うちは母子家庭で母親は夜勤が多いから、小さい頃から家事を手伝うことが多かった。桜は高校2年生、俺も大学2年になったことだしなにか家計の足しにでもなればとバイトをしようとしたことがあったが、母に「それより学生生活を満喫することが最大の恩返しよ」と返されてからは表立ってはバイトもしていない。
「何で起こしてくれなかったの?」
目の前でむくれている桜は時間はなくても最低限のメイクとヘアセットは欠かせないみたいだ。
「俺は声かけたぞ。お前が起きなかっただけだろ」
そもそも今日1限入ってない俺が朝ご飯用意している時点で感謝してほしいんだけどな。そうため息を吐きかけて、なおも不服そうな桜に若干声のボリュームを下げて問う。
「で、今日も送っていった方がいいか?」
桜は一瞬視線を彷徨わせると弱々しくうん、お願い…と頷いた。
そう、俺が大学の授業を朝と夜空けているのは最寄り駅まで桜を送り迎えするためだ。1年ほど前から桜はストーカー被害に悩んでいて、友達との待ち合わせ場所までは俺が同行することが日課になった。
確かに桜は可愛い。兄である俺からするとその何倍も生意気なのだが。俺も桜も母親似で見た目だけはか弱そうに見えるからか、舐めてかかってくる奴らは後を絶たない。それにしても普段強気という言葉が可愛らしく思えるほど横暴な桜がこんなに弱っているのは俺としてでも本意ではない。絶対捕まえて警察に突き出してやる、と拳を握りしめたところでピンポーンとインターフォンが鳴った。
「あ、お母さんじゃない?」
また鍵忘れたのかなと呟いきながらたたた、と桜は確認もせずに走り出す。
「ちょっと待て」
色々と物騒な世の中だから、一応確認はしておかないと。そう言ってインターフォンの画面を確認すると、帽子を目深に被りマスクで顔の大部分が隠れた見るからに怪しげな男が映っている。どうにも見覚えがあるなと思い返したら、中肉中背で俺よりも身長が高く見えるコイツといつも俺たちの後を尾けてきているシルエットが重なった。
「ーー桜!!」
急いで玄関に向かうも既に時は遅し。開いたドアから侵入してきた男に桜が悲鳴を上げるところだった。
「桜ちゃん、俺とひとつになろう…?」
鼻息荒く言いながら男が包丁を握りしめた両手を突き出す瞬間。中、高、と運動部だった俺の健脚がなんとか追いつき恐怖で固まって動かない桜を引き剥がす。脇腹に焼けるような痛みが襲って、碌に受け身も取れないまま倒れ込んだ。
「おにぃ!!」
桜の悲鳴を聞きつけたのか近所の人が開きっぱなしのドアから家を覗き込み、急いで通報しているのが見えた。男は徐々に増える見物人に焦りを感じたのかくそっ!と吐き捨てるとなりふり構わず逃走した。包丁が思いの外俺の体に深く刺さって上手く抜けなかったことが好転したようだ。奴は素手で柄を掴んでいたから指紋が残っているはず。心中するつもりだったのか知らないけどざまぁみろ、これでお前を捕まえられる。徐々にぼやけてくる視界の中案外冷静に思考する俺を、桜が強く揺さぶる。
「おにぃ、おにぃ!!」
思春期過ぎてからは俺を名前でしか呼ばなかった桜が、昔の呼び方に戻っている。お前、そんなに泣くなよ。最近の医療じゃこのくらいすぐ治るさ。そう言いたかったけれど、若干唇の端が上がっただけだった。
ごほっと血を噴き出す俺の周りに通報を終えた近所人が駆けつけてくる。それを見とめて少し安心したら必死で繋ぎ止めていた意識が飛びそうになっているのを感じた。
それにしてもめちゃくちゃ痛いな。あんにゃろ、次会ったら覚えておけよーー。
妹の泣き声をBGMに俺の意識はそこで途絶えた。
きっと次目を覚ましたら病院のベッドで、これまた泣き腫らした顔の桜が俺の顔を覗き込んでいるんだろうな、と思いながら。


「ーーぉい。おい。オマエ、聞いてんの?!」
鈴が鳴るような可愛らしい、しかしとてつもなく不機嫌そうな声に眠っていた意識が呼び起こされる。
誰だよ、俺の安眠を邪魔しやがって。俺は今怪我人なんだぞ。不快感に顔を顰めて呼びかけを無視しようとするが、ふと記憶の端に何かが引っかかった。ん?ちょっと待て、今の声なんか聞き覚えがあるぞ。
ぼんやりと目を開くと目の前には案の定腕を組んで不機嫌なオーラを隠しもしない美少年がいた。間違えるはずもない、「かながい」の登場人物の中で割と序盤に退場する割にすごい人気を誇るーー
「え、アシュリー?!」
「なんだよ、オレのこと知ってんのか」
美少年はふん、と鼻を鳴らすとなら話は早いなと腰に手を当てた。
「時間がないから手短に言うぞ。もうチャンスはない。これ以上はやり直せないから、オマエに託した」
「え?え?なんのこと?てかなんでアシュリーが?」
「オレのこと知ってんじゃないのかよ」
アシュリーは呆れたように言うと真剣な顔をして俺の両肩を掴んだ。というかよく見ると俺の体もアシュリーの身体も僅かに発光しているし感覚がいつもと違う。これは意識の世界なのか?と目を回す俺をアシュリーが揺さぶる。ちょ、桜といい、お前といいなんでこうも俺の扱いが雑なんだよ。
「アイツは星杯を砕いて時間を大幅に巻き戻した。でもオレは魂が粉々に砕けちゃったから、元の身体に戻ることはできない。困っていたところにどこからかオマエの魂が降ってきて、主を失くしたオレの身体に入り込んだんだ」
「お、俺なに言ってるのかわからなーー」
視線を逸らそうとする俺を、鋭い視線が射抜く。
「聞け」
「はい」
ただならぬ雰囲気に反射で答えてしまったが、どうせこれも夢か何かだろう。きっと魘されている俺の傍らで桜が「かながい」を読み聞かせているからに違いない。
「これからオマエにはオレの代わりにアイツを救ってもらう」
「うん、わかったわかった。アイツを助けるのね」
適当にやり過ごそうとする俺を知ってか知らずかアシュリーは少し寂しそうな表情を見せた。
「ホントは、オレがやりたかったけど。アイツが無事なら、それでいいんだ」
時間がないというのは本当だったようで、アシュリーの身体は徐々に消えかかっていた。
「もう限界みたいだ」
ぽつりと呟くとアシュリーはニカッとやんちゃな少年のように笑った。
「オマエが誰だか知らないけど、頼んだぞ」
その笑顔があまりにも切なくて。それじゃ、と背を向けるアシュリーの手を気づけば俺は掴んでいた。軽く目を見開きながら振り向く彼をどうにかこの場に繋ぎ止めたい一心で、俺は神様でもない何かに強く願っていた。その瞬間、何かが解放されたような感覚と共に俺の胸の辺りから強い光が広がった。そうして、視界はホワイトアウトしてーー。


「ーーーえ?」
ふと意識が浮かび上がる。目を開くと、知らない天井が広がっていた。そっと起き上がってみると傍らには桜もいなくて、脇腹に痛みも感じない。
俺が天井だと思ったものはベッドの天蓋だったようで、周りのカーテンを乱暴に開け足元にあったスリッパも無視して、ホテルのスイートルームみたいな無駄に広い部屋の中を歩き周りあるものを探す。
さっきまでのやり取りは鮮明に覚えている。まさかとは思うけど、いや、そんな、有り得ない。
綺麗に磨かれたそれはすぐに見つかった。本当は全身鏡が欲しいところだけど、仕方がない。ドレッサーらしきものに肘をついて覗き込むと、上目遣いに見上げる美少年と目が合った。
月の光を集めたような、輝くような銀髪。サファイアのようにどこまでも深い青色とミステリアスな紫紺の瞳のオッドアイ。絶世の美少年という言葉が似合いそうなその人物はーー。
「アシュリー…」
嘘、だろ…?!俺、もしかしてアシュリーに転生しちゃったのおぉー?!
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