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第1章 元死刑囚とトラブルメーカー

007 差別と軽蔑と傷の舐めあい

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 初対面のふりができているだろうか。

「セレスティア・フィオナ・ウィザーソン、出頭いたしましたわ」
「訓練中なのに申し訳ない。ご苦労……と言いたいところだが」

 メケイラはコミュニカの画面を少しいじってから、ティアに画面を見せつけた。

「訓練場の利用履歴にお前の名前がないのだが?」

 あ。バレてる。

「そ、それは……その……かざし忘れていただけですわ」

 ティアの声が明らかに震えている。

「苦しい言い訳をするんじゃない。コミュニカをかざさなければ、訓練を始めることはシステム上できないはずだぞ」

 場の空気が凍りついている。私が怒られているわけでもないのに、動悸どうきが止まらない。
 強面のメケイラが低い声で怒ると、こんなにも迫力があるのかと、私は唇をキュッと結んだ。

 ため息をつくメケイラ。

「……まぁ月城つきしろもいるから、話を進めるぞ」

 元の表情に戻ったメケイラを見てホッとした。ああ、彼女を怒らせてはならない。

「セレスティアには朝話したとおりだが、今日から月城と相棒パートナーを組んでもらう。月城は今日入隊したばかりの新隊員だから、色々教えてやってくれ」
「了解ですわ」

 返事をしたティアだが、ハッとしてメケイラに尋ねる。

「あたくしたちの組番号はいくつですの?」
「四〇四だ」
「了解しましたわ」

 四〇四……。偶然とか気のせいならいいけど。

「了解」

 四〇四といえば、人間界のホームページで度々表示される「404 not found」。ページが見つかりません。存在しません。過去にはあったはずのものがなくなっている状態。
 私は死刑囚、ティアは私が言うのもだけど軍のお荷物。この二人が組まされたということは……いやいや、考えすぎか。

「セレスティアがサボっていたことだし、ともかく今日は月城に基地を案内してやれ。訓練は明日からだ」

 再びメケイラの視線が鋭くなる。

「月城がいればサボれなくなるだろうな」
「ぅはいっ、ですわ!」

 私でさえ身震いしてしまった。

「では、解散」

 メケイラは静かに部屋を去っていった。





 訓練部屋に私とティアだけ取り残されている。ティアが動こうとしないので、彼女の方を振り返る。すると、ティアはプイッと違う方向を向いてしまった。

 これは……何て声をかけたらいいんだろう。

「一旦休息部屋に戻る?」

 コクッとうなずいてくれたので、なぜか私が先導して休息部屋へと向かう。
 ティアと横並びで歩きたいところだが、どうやってもティアは私の後ろに居たがっているようだ。

 休息部屋・二二〇号室のロックをコミュニカで解除し、中に入る。
 ティアはすぐさまベッドに飛び込むと、私に背を向け、隠れるように布団を頭まで被ってしまった。

 ……気まずい。

「……面目ないですわ」

 くぐもったティアの声が聞こえてきた。

「相棒があたくしで残念でしたわね。上達の気配もない永遠のアンゲロイ。しかも初めからこんな醜態をさらす人ですもの」
「だったら私の方が醜いよ」
「どういうことですの」

 布団の向こう側にいるティアに伝える。

「だって私、もともと国賊として死刑になるはずだったのに、生きたいっていうエゴで生かしてもらってるんだもん」

 ティアは布団を被ったまま、こちらに向き直った。

「……人間界のご出身なのですわね」
「うん」
「どうりで、聞き慣れない名前の響きだと思いましたわ」
「嫌でしょ。クリサイトを生んだとされてる人と相棒になるなんて」
「嫌じゃないですわ」

 ティアは即答し、布団を目元まで下げる。

「少し考えたらわかることですわ。そもそも昆虫と線虫は遺伝子が違いすぎて、交配はできませんもの。世間的にも軍の見解でもクリサイトはキメラとしているみたいですけれど、普通はキメラにもできませんわ。ましてやそこにヒトのDNAを入れるだなんて」
「すごい。生物に詳しいんだね」
「ええ、軍に入るまではそれなりの教育を受けてきましたわ。……で、話を戻しますわね」

 ティアとようやく目が合った。

「あたくしは、あなたたちのせいだとは思ってませんわ」

 その目にうそ偽りはないように見える。

「クリサイトは人工的に作られたもの。そんなものをもし人間が作るのなら、自分たちが不利になるように作るとは考えられないですわ。もともとデュアルワールド化計画も、人間界の方からの提案だったらしいですもの」

 この世界の人で初めて、私の味方が現れてくれた。

「あたくしはあなたが人間だと知っても、変わらず一人のストレーガ人だと思って接するつもりでいますわ」
「それなら私も一緒」

 彼女の言葉を信じてみることにした。

「ティアが相棒で残念だなんて思ってない。だって、たった今 私に唯一の味方ができたんだもん。それだけで十分すぎる」

 たとえ、ティアがどんな人であろうとも、私にしてくれたことやかけてくれた言葉は変わらない。

「だから、一緒にがんばろ?」
「……承知いたしましたわ」

 ティアは布団からしっかり顔を出した。諦めたのか安心したのか、その頬は緩んでいる。

「あなた、面白い人ね。あたくしを軽蔑しないなんて」

 あぁ、少しわかった気がした。軽蔑されることをすごく怖がってる。言い方を変えて同じことを聞かれた。たぶんダメ押しだろうけど。
 私の答えはもちろんこうだ。

「軽蔑? しないよ。相棒にそんなことしてどうするの」
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