「呪いの生贄」として売られた先は、私を神と崇める狂信者の国でした。

バッグクロージャー@ざまぁ専門垢

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第1話:断頭台の代わりに跪く民

冷たい雨が、容赦なく私の肌を叩いていた。

聖教国「ルミナリス」の辺境、霧に包まれた「絶望の谷」。
そこは帝国の軍勢と対峙する、文字通りの境界線だ。

「……汚らわしい。さっさと歩きなさいよ、この生贄いけにえが」

背後から突き飛ばされ、私はぬかるんだ泥の中に這いつくばった。
膝の皮膚が裂け、鉄の錆びたような匂いが鼻腔を突く。

震える手で地面を押し、なんとか顔を上げると、そこには豪奢な毛皮に身を包んだ妹、セシリアが冷笑を浮かべて立っていた。

「お姉様、そんなに悲しい顔をしないで?貴女の不浄な魔力が帝国に吸い取られれば、この国は救われるの。お父様もお母様も、貴女がやっと役に立ってくれるって喜んでおられたわ」

セシリアの背後では、聖教国の神官たちが忌々しそうに私を見下ろしている。
私の手首と足首には、魔力を封じる重いくさりが嵌められていた。

かつて「神の寵愛」と呼ばれた私の魔力は、いつの間にか国を滅ぼす「呪い」へとすり替えられていた。
色のない、不気味な輝きを放つ私の魔力。
それが現れてから、聖教国の聖なる泉は濁り、大地は痩せた。

だから、私は捨てられたのだ。
災厄を振りまく生贄いけにえとして、敵国であるヴォルガ帝国に差し出されることで、この国を清めるための訣別けつべつとして。

「さあ、行きなさい。帝国の野蛮人たちに、その無駄に白い肌を存分に弄ばれるといいわ」

セシリアの嘲笑と共に、背後の巨大な城門が重々しい音を立てて閉まった。
後に戻る道はない。

目の前には、どこまでも続く暗雲と、地平線を埋め尽くす漆黒の軍勢。
軍靴が地面を鳴らす地響きが、心臓の鼓動を追い詰めていく。

(ああ……ここで、終わるんだわ……)

喉の奥が引き攣り、生理的な涙が溢れる。
雨に打たれ、泥に汚れ、尊厳すらも剥ぎ取られた私を、帝国の兵士たちが取り囲む。

彼らは鉄血てっけつの軍勢。
一度通った道には草一本残らないと言われる、情け容赦のない破壊者たちだ。
彼らの鎧は雨を弾き、冷徹な光を放っている。

恐怖で視界が歪む中、軍勢の中央が割れ、一騎の馬が進み出てきた。
漆黒の駿馬に跨り、帝国の紋章が刻まれたマントを翻す男。

ヴォルガ帝国の皇帝、ギルバート・フォン・ヴォルガ。
冷酷無比と謳われ、数多の国を滅ぼしてきた「壊滅の王」が、私の目の前で馬を止めた。

彼は馬から降りると、一歩、また一歩と私に近づいてくる。
腰に下げられた長剣が鞘と擦れ、死の足音が近づく。

私は目を閉じ、首を差し出した。
泥まみれの地面に額をつけ、せめて最後は、痛みを感じないほどの一撃で楽にしてほしかった。

ジャリ、という砂を踏む音が目の前で止まる。

「……見つけたぞ」

低く、地を這うような重厚な声。
次の瞬間、凄まじい衝撃が私の手元を襲った。

ガギィィィィィィィン!

甲高い金属音と共に、火花が散った。
私の自由を奪っていた魔力封じアンチ・マジックの重いくさりが、紙切れのように断ち切られたのだ。

呆然として目を開けると、そこには抜いたばかりの剣を地に突き立てる皇帝の姿があった。
黄金の瞳が、雨に濡れる私を射抜くように見つめている。

「陛下……?」

恐怖で声が震える。
しかし、彼が浮かべた表情は、私が予想していた残忍な笑みではなかった。

それは、長い冬を終えて春の光を仰ぐような。
あるいは、失くした魂の半分をようやく見つけ出した巡礼者のような、痛切なまでの歓喜よろこびに満ちた貌だった。

「……一〇〇年だ。この時を、我が一族はどれほど待ちわびたことか」

ギルバートは迷うことなく、泥に塗れた地面に片膝を突いた。
皇帝という絶対強者が、生贄いけにえである私の足元に、躊躇なく跪いたのだ。

「ヴォルガ帝国第十二代皇帝ギルバート。天の慈雨、我が国の、そして唯一無二のであるエルナ様を……謹んでお迎えに上がりました」

「え……っ?」

理解が追いつかない。
混乱する私の背後で、さらに信じられない光景が広がった。

地平線を埋め尽くしていた数万の兵士たちが、一糸乱れぬ動きでその場に跪き、頭を垂れたのである。
彼らの剣が、盾が、地面に触れる音が重なり、波となって押し寄せる。

「「「我らがに、永遠の忠誠を!!」」」

地を震わせる咆哮。
それは略奪者の叫びではなく、心からの称賛と、執着にも似た崇拝の叫びだった。

「エルナ様、貴女を縛るものはもう何もありません」

ギルバートが私の泥だらけの手を、まるで壊れ物を扱うように優しく、そして熱っぽく取り、その指先に誓いの口づけを落とした。

「貴女を虐げ、その聖なる肌を汚した愚か者どもには、追って相応の絶望を与えましょう。……さあ、我らが聖域へ。貴女を待ちわびる民の元へ」

温かい、あまりに温かい皇帝の手。
冷たい雨の中、私の凍え切った心に、初めて狂信という名の熱が差し込んだ。

私は、聖教国の「呪い」だったはず。
けれど、この人たちの目には、私はこの世で最も尊い光として映っている。

(どうして……?私は、捨てられたはずなのに……)

涙が、雨に混じって頬を伝う。
ギルバートは私の震える肩に、自身の大きなマントを優しく掛け、私を抱きかかえるようにして立たせた。

彼の瞳に映る私は、確かに、彼らの世界のすべてであるかのように輝いていた。
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