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中編
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彼女と泊まりで旅行に出掛けたのは久しぶりだった。
例のウイルスのせいで最近は家デートばかりだったから新鮮な気持ちになった。彼女も家で過ごしている時より嬉しそうだったし、何よりそんな風に喜ぶ彼女はいつもより可愛く見えた。
旅先で泊まったホテルの床に赤い絨毯が敷かれているのを見て、『赤い絨毯の話』を思い出した。思い出してすぐに忘れた、筈だった。
初日の夜、温泉から上がって館内の待合室のベンチに座って彼女を待っていた。通路を挟んだ向こう側には、一列に並んだ自販機に卓球台、クレーンゲームなんかが置かれている。こういう時期だからか、客はまだ少ないように見えたけど、小さな子どもの居る家族がクレーンゲームの前ではしゃいでいた。
僕らと同じようにその家族も旅行したのは久しぶりなのかも知れない。そう思うと少し綻ぶものがあった。
そのはしゃぐ家族が居る場所から十メートルほど先の通路に、ロール状に巻かれた赤い物が置かれていることに気付いた。あまり視力が良くない僕にはそれが何なのかよく見えない。かといって近づいて見てみようというほど気にもならなかった。なんとなく赤い絨毯のように見えたそれは、彼女が温泉から上がってきた時にはもう無くなっていた。旅館の従業員がどこかに持っていったんだろうと思うと、それ以上は気にしようもなかった。
旅行二日目にせっかくだからと、朝からナントカという紅葉の有名な山に登った。登ったといってもそんなに標高の高い山ではなかったから、登山というよりは散策に近かった。
午前中はそうでもなかったけど、お昼が近づくに連れ気温も上昇してきて少し汗ばんできた。
そろそろ飯でも行こっか
時間的にも丁度昼時だったことから、彼女も僕の提案に二つ返事で乗っかって散策を終えることにした。丁度その頃だったか、
あれなんだろ?
視界の先にこの場所には不似合いな物を見つけた。赤や黄の落ち葉で埋まった参道の真ん中あたり、丁度僕らの進行方向を塞ぐようにして、赤いロール状の物が置かれている。昨日旅館で見かけたアレに似ている気もしたけど、今日はコンタクトをしている分よりはっきり見ることができた。僕らが近づくにつれ、ソレの輪郭がよりはっきりしていく。赤い絨毯。それ以外にはもう見えなかった。
なんでこんなところに。
そう言ってみたものの、すでに脳内では例のサイトで見かけた最後の文言が、聴いたこともない例のブログ作成者の声になって再生されていた。
『この話を知った人の元に赤い絨毯が現れる』
え、マジで?ホントに?
現実味が無い。無さ過ぎる。無さ過ぎて怖いとかヤバいとか、そういった感情が沸いてこない。逆に滑稽過ぎて愉快な気持ちにさえなってくる。
あんなどこにでも溢れているようなありふれたクソ話を読んだだけなのに?
しかもこんな真っ昼間の紅葉に囲まれた場所で?
どうしたの?
訊ねてくる彼女は、行く先を塞ぐようにして置かれたソレが見えていないのか、急にキョドって独り言を言い出した僕を心配そうに見ている。そうなると、途端に目の前のソレが現実に存在するモノなのか疑わしくなってくる。もしかしたら自分でも気付かないうちに精神的に病んでいて、そのせいでこの前読んだ怪談話に影響を受けているんじゃないか?だとしたらソッチの方がヤバい。長引く自粛生活のせいで心に変調をきたした、みたいな話はテレビなんかでよく見る。ひょっとしてソレ系か?
どちらにせよ、丸まった赤い物体に近づいて確認しよう。そう思い、ソレに近づこうとした時。
ゆっくりと。
ロール状に丸まった絨毯が動き始めた。
赤というよりは深紅に近いソレは、ちょうど、見えない誰かが両端を持って広げるように、風もないのに、ゆっくりと、音もなく開き始めた。
あ、開く。
そう思った瞬間、それまで感じたことも無い感覚に襲われる。
ソレが開くのを見たらいけない。
鳥肌が立つとかそういったレベルじゃなく。
怖気。
本当に見たらいけないヤツ。警鐘。頭の中いっぱいにけたたましく鐘が鳴る。その鐘が狂ったように逃げろと喚き散らす。
本能か。自分の中の生命維持装置みたいなものが、とにかくこの場を離れてどこかに逃げろと捲し立てている。死にたいのか?問われた気がした。いや。
死にたくない。
思ったのと同時に彼女の手を取って、元来た道を引き返す。突然のことに何が何だか分からないといった彼女が、繋いだ手の向こうから何かを言っている。けど、心臓の音がうるさすぎてよく聴こえない。フィルターを掛けられているみたいに視界が狭くなる。足元がぐにゃぐにゃと歪んで上手く進めない。でも、とにかく逃げないと。
アレに追いつかれたらダメだ。
アレが開くのを見たら絶対にいけない。
どこをどう逃げたか、気がつくと僕たちは山を下っていて、人通りのある麓の商店街に居た。隣に居る彼女の手を離す。手のひらが汗でぐっしょり濡れていた。
恐る恐る。
その覚悟も無いのに。覚悟を決めたふうに。
意を決したふうに、後ろを振り返った。
例のウイルスのせいで最近は家デートばかりだったから新鮮な気持ちになった。彼女も家で過ごしている時より嬉しそうだったし、何よりそんな風に喜ぶ彼女はいつもより可愛く見えた。
旅先で泊まったホテルの床に赤い絨毯が敷かれているのを見て、『赤い絨毯の話』を思い出した。思い出してすぐに忘れた、筈だった。
初日の夜、温泉から上がって館内の待合室のベンチに座って彼女を待っていた。通路を挟んだ向こう側には、一列に並んだ自販機に卓球台、クレーンゲームなんかが置かれている。こういう時期だからか、客はまだ少ないように見えたけど、小さな子どもの居る家族がクレーンゲームの前ではしゃいでいた。
僕らと同じようにその家族も旅行したのは久しぶりなのかも知れない。そう思うと少し綻ぶものがあった。
そのはしゃぐ家族が居る場所から十メートルほど先の通路に、ロール状に巻かれた赤い物が置かれていることに気付いた。あまり視力が良くない僕にはそれが何なのかよく見えない。かといって近づいて見てみようというほど気にもならなかった。なんとなく赤い絨毯のように見えたそれは、彼女が温泉から上がってきた時にはもう無くなっていた。旅館の従業員がどこかに持っていったんだろうと思うと、それ以上は気にしようもなかった。
旅行二日目にせっかくだからと、朝からナントカという紅葉の有名な山に登った。登ったといってもそんなに標高の高い山ではなかったから、登山というよりは散策に近かった。
午前中はそうでもなかったけど、お昼が近づくに連れ気温も上昇してきて少し汗ばんできた。
そろそろ飯でも行こっか
時間的にも丁度昼時だったことから、彼女も僕の提案に二つ返事で乗っかって散策を終えることにした。丁度その頃だったか、
あれなんだろ?
視界の先にこの場所には不似合いな物を見つけた。赤や黄の落ち葉で埋まった参道の真ん中あたり、丁度僕らの進行方向を塞ぐようにして、赤いロール状の物が置かれている。昨日旅館で見かけたアレに似ている気もしたけど、今日はコンタクトをしている分よりはっきり見ることができた。僕らが近づくにつれ、ソレの輪郭がよりはっきりしていく。赤い絨毯。それ以外にはもう見えなかった。
なんでこんなところに。
そう言ってみたものの、すでに脳内では例のサイトで見かけた最後の文言が、聴いたこともない例のブログ作成者の声になって再生されていた。
『この話を知った人の元に赤い絨毯が現れる』
え、マジで?ホントに?
現実味が無い。無さ過ぎる。無さ過ぎて怖いとかヤバいとか、そういった感情が沸いてこない。逆に滑稽過ぎて愉快な気持ちにさえなってくる。
あんなどこにでも溢れているようなありふれたクソ話を読んだだけなのに?
しかもこんな真っ昼間の紅葉に囲まれた場所で?
どうしたの?
訊ねてくる彼女は、行く先を塞ぐようにして置かれたソレが見えていないのか、急にキョドって独り言を言い出した僕を心配そうに見ている。そうなると、途端に目の前のソレが現実に存在するモノなのか疑わしくなってくる。もしかしたら自分でも気付かないうちに精神的に病んでいて、そのせいでこの前読んだ怪談話に影響を受けているんじゃないか?だとしたらソッチの方がヤバい。長引く自粛生活のせいで心に変調をきたした、みたいな話はテレビなんかでよく見る。ひょっとしてソレ系か?
どちらにせよ、丸まった赤い物体に近づいて確認しよう。そう思い、ソレに近づこうとした時。
ゆっくりと。
ロール状に丸まった絨毯が動き始めた。
赤というよりは深紅に近いソレは、ちょうど、見えない誰かが両端を持って広げるように、風もないのに、ゆっくりと、音もなく開き始めた。
あ、開く。
そう思った瞬間、それまで感じたことも無い感覚に襲われる。
ソレが開くのを見たらいけない。
鳥肌が立つとかそういったレベルじゃなく。
怖気。
本当に見たらいけないヤツ。警鐘。頭の中いっぱいにけたたましく鐘が鳴る。その鐘が狂ったように逃げろと喚き散らす。
本能か。自分の中の生命維持装置みたいなものが、とにかくこの場を離れてどこかに逃げろと捲し立てている。死にたいのか?問われた気がした。いや。
死にたくない。
思ったのと同時に彼女の手を取って、元来た道を引き返す。突然のことに何が何だか分からないといった彼女が、繋いだ手の向こうから何かを言っている。けど、心臓の音がうるさすぎてよく聴こえない。フィルターを掛けられているみたいに視界が狭くなる。足元がぐにゃぐにゃと歪んで上手く進めない。でも、とにかく逃げないと。
アレに追いつかれたらダメだ。
アレが開くのを見たら絶対にいけない。
どこをどう逃げたか、気がつくと僕たちは山を下っていて、人通りのある麓の商店街に居た。隣に居る彼女の手を離す。手のひらが汗でぐっしょり濡れていた。
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意を決したふうに、後ろを振り返った。
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