赤い絨毯

nikata

文字の大きさ
2 / 3

中編

しおりを挟む
 彼女と泊まりで旅行に出掛けたのは久しぶりだった。

 例のウイルスのせいで最近は家デートばかりだったから新鮮な気持ちになった。彼女も家で過ごしている時より嬉しそうだったし、何よりそんな風に喜ぶ彼女はいつもより可愛く見えた。

 旅先で泊まったホテルの床に赤い絨毯が敷かれているのを見て、『赤い絨毯の話』を思い出した。思い出してすぐに忘れた、筈だった。

 初日の夜、温泉から上がって館内の待合室のベンチに座って彼女を待っていた。通路を挟んだ向こう側には、一列に並んだ自販機に卓球台、クレーンゲームなんかが置かれている。こういう時期だからか、客はまだ少ないように見えたけど、小さな子どもの居る家族がクレーンゲームの前ではしゃいでいた。

 僕らと同じようにその家族も旅行したのは久しぶりなのかも知れない。そう思うと少し綻ぶものがあった。

 そのはしゃぐ家族が居る場所から十メートルほど先の通路に、ロール状に巻かれた赤い物が置かれていることに気付いた。あまり視力が良くない僕にはそれが何なのかよく見えない。かといって近づいて見てみようというほど気にもならなかった。なんとなく赤い絨毯のように見えたそれは、彼女が温泉から上がってきた時にはもう無くなっていた。旅館の従業員がどこかに持っていったんだろうと思うと、それ以上は気にしようもなかった。
 


 旅行二日目にせっかくだからと、朝からナントカという紅葉の有名な山に登った。登ったといってもそんなに標高の高い山ではなかったから、登山というよりは散策に近かった。

 午前中はそうでもなかったけど、お昼が近づくに連れ気温も上昇してきて少し汗ばんできた。

 そろそろ飯でも行こっか

 時間的にも丁度昼時だったことから、彼女も僕の提案に二つ返事で乗っかって散策を終えることにした。丁度その頃だったか、

 あれなんだろ?

 視界の先にこの場所には不似合いな物を見つけた。赤や黄の落ち葉で埋まった参道の真ん中あたり、丁度僕らの進行方向を塞ぐようにして、赤いロール状の物が置かれている。昨日旅館で見かけたアレに似ている気もしたけど、今日はコンタクトをしている分よりはっきり見ることができた。僕らが近づくにつれ、ソレの輪郭がよりはっきりしていく。赤い絨毯。それ以外にはもう見えなかった。

 なんでこんなところに。

 そう言ってみたものの、すでに脳内では例のサイトで見かけた最後の文言が、聴いたこともない例のブログ作成者の声になって再生されていた。



 え、マジで?ホントに?

 現実味が無い。無さ過ぎる。無さ過ぎて怖いとかヤバいとか、そういった感情が沸いてこない。逆に滑稽過ぎて愉快な気持ちにさえなってくる。

 あんなどこにでも溢れているようなありふれたクソ話を読んだだけなのに?
 しかもこんな真っ昼間の紅葉に囲まれた場所で?
 
 どうしたの?

 訊ねてくる彼女は、行く先を塞ぐようにして置かれたソレが見えていないのか、急にキョドって独り言を言い出した僕を心配そうに見ている。そうなると、途端に目の前のソレが現実に存在するモノなのか疑わしくなってくる。もしかしたら自分でも気付かないうちに精神的に病んでいて、そのせいでこの前読んだ怪談話に影響を受けているんじゃないか?だとしたらソッチの方がヤバい。長引く自粛生活のせいで心に変調をきたした、みたいな話はテレビなんかでよく見る。ひょっとしてソレ系か?

 どちらにせよ、丸まった赤い物体に近づいて確認しよう。そう思い、ソレに近づこうとした時。

 ゆっくりと。

 ロール状に丸まった絨毯が動き始めた。

 赤というよりは深紅に近いソレは、ちょうど、見えない誰かが両端を持って広げるように、風もないのに、ゆっくりと、音もなく開き始めた。

 あ、開く。

 そう思った瞬間、それまで感じたことも無い感覚に襲われる。

 

 鳥肌が立つとかそういったレベルじゃなく。

 怖気おぞけ

 本当に見たらいけないヤツ。警鐘けいしょう。頭の中いっぱいにけたたましく鐘が鳴る。その鐘が狂ったように逃げろと喚き散らす。

 本能か。自分の中の生命維持装置みたいなものが、とにかくこの場を離れてどこかに逃げろと捲し立てている。死にたいのか?問われた気がした。いや。



 死にたくない。



 思ったのと同時に彼女の手を取って、元来た道を引き返す。突然のことに何が何だか分からないといった彼女が、繋いだ手の向こうから何かを言っている。けど、心臓の音がうるさすぎてよく聴こえない。フィルターを掛けられているみたいに視界が狭くなる。足元がぐにゃぐにゃと歪んで上手く進めない。でも、とにかく逃げないと。

 アレに追いつかれたらダメだ。

 



 どこをどう逃げたか、気がつくと僕たちは山を下っていて、人通りのある麓の商店街に居た。隣に居る彼女の手を離す。手のひらが汗でぐっしょり濡れていた。

 恐る恐る。

 その覚悟も無いのに。覚悟を決めたふうに。

 意を決したふうに、後ろを振り返った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...