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兄の場合
①サンダル短パン代表走者
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弟の身長が俺と並んだのが2年前。
運動面では俺が2馬身ぐらいは先を走っているというものの、学習面では兄の軽く5馬身は先を行く弟。可愛くない。
6歳の時に二人に与えられたこの部屋も、なぜか半分から向こうにはいつも清潔感というものが漂っている気がする。
それに俺は知っている。あいつがクラスの女子から「いい匂いがするー」などと噂されていることを。女子よ、同じ家で寝食を共にして、同じ洗剤で服を洗い、同じシャンプーを使っている俺にはなぜその一言をかけない。全くもって、納得がいかない。可愛くない。
呼び方も「兄ちゃん」から「真也」に綺麗にシフト変更がなされた今、やはり身長は兄の威厳を保つためのマストスキルである。それをあっさりと奪われそうになった俺の身体は2年の時を経ていよいよ行動を開始したらしい。
いいぞ、俺。頑張れ、俺。兄の威厳を取り戻せ。
でも、出来ればもうちょっと優しくお願いします。
「あでででで…!」
ベッドに寝転がったまま、足を伸ばして扇風機の向きを変えようとすると身体がミシミシと悲鳴をあげた。
梅雨が終わって、幾分かマシになったがこの痛みには未だに慣れない。部活をしている時は大して痛まないのに、こうやってだらけている時に限って思い出したように痛むところが俺の身体らしいところだ。
扇風機のの方はひとまず諦めて、出来るだけ熱を逃せるように体勢の方を変えてみたが、すぐにムシムシとした暑さに身体が飲み込まれていく。
ぬーーーーーーん、、、、、ががっ、、、、ぬーーーーーーん、、、、、
長年愛用してきた扇風機の時たまあげる唸りに耳を傾けてウトウトし始めていたところで、玄関の鍵を開ける音がした。
「ただいまー」
可愛げのない弟のご帰宅だ。
ぼーっとした頭で台所のシンクに置いてきたものを思い出してすぐに、あ、と気づいたがもう遅い。
「おい、真也ぁ!!弁当箱は水につけとけって言ってんだろ!!」
お前は主婦か。
たまに忘れるといつもこうだ。
今頃「米が!」などといいながら、せっせと弁当箱を水につけているに違いない。
甲斐甲斐しいな、弟よ。
時計を見上げると4時半。夕食にはまだ時間がある。
ベッドから起き上がり、床にセットしておいた(弟はこれを脱ぎ散らかしと呼ぶ)短パンにはき替える。暑さのためにすでに半分脱ぎかけになっていた制服のシャツも、Tシャツに着替えると幾分か涼しくなった気がする。もっと早くこうしておけば良かった。
制服のズボンははすでに短パンの代わりにセットを完了したので良しとして、このシャツはどうしたものかと少し迷っていると階下からすっかり主婦モードに入ってしまった弟の声がかかった。
「洗濯ものぐらいとりこんでるんだろうなぁ」
事態が急を要してきたので、仕方なく、本当に仕方なく、シャツをベッドの上に放って、高校名がでかでかとプリントされたバッグから財布と手に馴染んだ野球ボールを取り出して尻ポケットにねじ込む。
ベランダの窓を開けて、サンダルに足を突っ込んだところで再び不機嫌な声が階下からとんできた。
「無視してんじゃねーぞ!」
階段を上がる音までが可愛くない。
一応、干してある洗濯物に軽く触れて乾いていることを確認するが、夏の太陽はまだまだ頑張れると主張をしている。
そうか。お前がそう言うなら、仕方がない。俺は応援するぞ。頑張れ。お前の限界までこの腑抜けた洗濯物たちをパリッパリに乾かすがいい。
ベランダの横の配水管をハシゴ代わりにしてすぐ下の納屋の屋根まで降りたところで、先ほどの痛みを思い出して飛び降りるのを少し躊躇うが、時間はない。思い切って大胆に飛んでみる。
「いっでー…」
やっぱり、痛い。ジーンと足の先から痛みが体をのぼってくる。でもこれを乗り越えた先に、兄の威厳はあるのだ。まったく…兄っていうのも楽じゃない。
「真也ぁ!」
弟の声を合図に、サンダル短パン代表走者の俺は勢いよくスタートを踏み出した。
さすが、俺の身体。先ほどまでの暑さや痛みなんてケロッと忘れて軽やかに動く。
ペッタッペッタッペッタッペタッペッタペッタペタ……。
使い古したサンダルも足を上げるごとに快調に間抜けな音を撒き散らしていた。
ペッタッペッタッペッタッペタッペッタペッタペタ……。
運動面では俺が2馬身ぐらいは先を走っているというものの、学習面では兄の軽く5馬身は先を行く弟。可愛くない。
6歳の時に二人に与えられたこの部屋も、なぜか半分から向こうにはいつも清潔感というものが漂っている気がする。
それに俺は知っている。あいつがクラスの女子から「いい匂いがするー」などと噂されていることを。女子よ、同じ家で寝食を共にして、同じ洗剤で服を洗い、同じシャンプーを使っている俺にはなぜその一言をかけない。全くもって、納得がいかない。可愛くない。
呼び方も「兄ちゃん」から「真也」に綺麗にシフト変更がなされた今、やはり身長は兄の威厳を保つためのマストスキルである。それをあっさりと奪われそうになった俺の身体は2年の時を経ていよいよ行動を開始したらしい。
いいぞ、俺。頑張れ、俺。兄の威厳を取り戻せ。
でも、出来ればもうちょっと優しくお願いします。
「あでででで…!」
ベッドに寝転がったまま、足を伸ばして扇風機の向きを変えようとすると身体がミシミシと悲鳴をあげた。
梅雨が終わって、幾分かマシになったがこの痛みには未だに慣れない。部活をしている時は大して痛まないのに、こうやってだらけている時に限って思い出したように痛むところが俺の身体らしいところだ。
扇風機のの方はひとまず諦めて、出来るだけ熱を逃せるように体勢の方を変えてみたが、すぐにムシムシとした暑さに身体が飲み込まれていく。
ぬーーーーーーん、、、、、ががっ、、、、ぬーーーーーーん、、、、、
長年愛用してきた扇風機の時たまあげる唸りに耳を傾けてウトウトし始めていたところで、玄関の鍵を開ける音がした。
「ただいまー」
可愛げのない弟のご帰宅だ。
ぼーっとした頭で台所のシンクに置いてきたものを思い出してすぐに、あ、と気づいたがもう遅い。
「おい、真也ぁ!!弁当箱は水につけとけって言ってんだろ!!」
お前は主婦か。
たまに忘れるといつもこうだ。
今頃「米が!」などといいながら、せっせと弁当箱を水につけているに違いない。
甲斐甲斐しいな、弟よ。
時計を見上げると4時半。夕食にはまだ時間がある。
ベッドから起き上がり、床にセットしておいた(弟はこれを脱ぎ散らかしと呼ぶ)短パンにはき替える。暑さのためにすでに半分脱ぎかけになっていた制服のシャツも、Tシャツに着替えると幾分か涼しくなった気がする。もっと早くこうしておけば良かった。
制服のズボンははすでに短パンの代わりにセットを完了したので良しとして、このシャツはどうしたものかと少し迷っていると階下からすっかり主婦モードに入ってしまった弟の声がかかった。
「洗濯ものぐらいとりこんでるんだろうなぁ」
事態が急を要してきたので、仕方なく、本当に仕方なく、シャツをベッドの上に放って、高校名がでかでかとプリントされたバッグから財布と手に馴染んだ野球ボールを取り出して尻ポケットにねじ込む。
ベランダの窓を開けて、サンダルに足を突っ込んだところで再び不機嫌な声が階下からとんできた。
「無視してんじゃねーぞ!」
階段を上がる音までが可愛くない。
一応、干してある洗濯物に軽く触れて乾いていることを確認するが、夏の太陽はまだまだ頑張れると主張をしている。
そうか。お前がそう言うなら、仕方がない。俺は応援するぞ。頑張れ。お前の限界までこの腑抜けた洗濯物たちをパリッパリに乾かすがいい。
ベランダの横の配水管をハシゴ代わりにしてすぐ下の納屋の屋根まで降りたところで、先ほどの痛みを思い出して飛び降りるのを少し躊躇うが、時間はない。思い切って大胆に飛んでみる。
「いっでー…」
やっぱり、痛い。ジーンと足の先から痛みが体をのぼってくる。でもこれを乗り越えた先に、兄の威厳はあるのだ。まったく…兄っていうのも楽じゃない。
「真也ぁ!」
弟の声を合図に、サンダル短パン代表走者の俺は勢いよくスタートを踏み出した。
さすが、俺の身体。先ほどまでの暑さや痛みなんてケロッと忘れて軽やかに動く。
ペッタッペッタッペッタッペタッペッタペッタペタ……。
使い古したサンダルも足を上げるごとに快調に間抜けな音を撒き散らしていた。
ペッタッペッタッペッタッペタッペッタペッタペタ……。
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