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邪神さま、出奔をくわだてる。
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咲は、以前菜美にもらった服を取り出した。
寝間着をするりと脱ぐと、下は一糸まとわぬ姿。ソウタは慌てて目をそらした。
「すまぬが、ソウタ」
咲が声をかける。
「妾はこの、洋服というものに慣れておらぬ。手を貸してたもれ」
「ええ!?」
ソウタはとても困った。が、今は緊急事態だ。仕方がない。
なるべく咲の方を見ないようにして、動きやすそうな服を拾い上げた。咲には悪いが、下着はパスさせてもらう。本当にわからないし、なにより恥ずかしすぎる。
「召し替えはいつも人まかせであったからなあ。少しは自分で覚えるとしよう」
咲の慨嘆に、ソウタはおかしくなって、くすりと笑った。
「……ソウタ、今妾のことを、童のようだと思うたであろう?」
咲はTシャツをぎゅっと胸に抱えたままソウタを睨みつけた。
「思ってません。思ってませんてば」
咲はかまわず、ソウタの腕を平手ではたいた。
ちょっと和んだものの、火急の時であることは変わりない。ソウタは咲にTシャツを着せ、その上にボタンダウンを羽織らせた。ジーンズをはかせて、裾をまくりあげる。最後にソウタは帽子をかぶらせた。
咲の長い黒髪は美しいがとても目立つ。小さな帽子では隠し切れなかった。
(仕方がない)
「咲さま。行きましょう」
「あ、待って」
咲は、つと奥に行って、引き出しから数枚の写真を大事そうに持ってきた。
その間ソウタは、残った衣類を丸めて布団の中に入れ、咲が寝ているように擬装した。子供だましだが、少しでも時間稼ぎになればいい。
灯りを消すと、ソウタは羽目板の奥へ飛び込んだ。中から咲に手を差しのべる。
「さあ、咲さま」
咲はそっとその手をとって、ソウタのいる闇の中へ滑り込んだ。
+++ ----- +++
「ごめんね。咲ちゃん、本当にごめんね。なんの力にもなれなくて」
菜美は半泣きだった。見送るだけしかできない自分がもどかしかった。
「泣かないで、姉さま。お世話になりました」
咲は笑って頭を下げた。その咲を菜美は力いっぱい、抱きしめた。
「気をつけてね、咲ちゃん。元気で」
「ありがとう。姉さまも」
それから菜美はソウタに向き直って、
「ソウタくん。咲ちゃんをお願い。気を付けてね」
ソウタの手をぎゅっと握った。
「はい」
ソウタは力強くうなずいた。
そして踵を返すと、咲に手を差し出す。咲はごく自然にソウタにしたがい、寄り添った。
(ああ、そうか)
菜美は眩しそうにソウタを見た。
(咲ちゃん、よかったね)
まだ夜半。街は真っ暗だ。電車も動いていない。
ソウタは走り出したい衝動を抑えていた。まだまだ先は長い。体力は温存しておかなければならない。
だが三十分も歩かないうちに、咲の体力が尽きてしまった。
外に出たことがまったくない咲である。慣れない靴で歩くだけでも一苦労だった。口には出さないが、つないだ手から咲の疲労が伝わってくる。呼吸も荒い。
「咲さま。少し休みましょう」
迷った末、ソウタは休憩することにした。
自販機の脇に座り込んだ。咲は明らかにほっとしたようだ。ソウタはジュースを買って咲に渡し、自分も隣に座った。
「咲さま。ごめんなさい。咲さまみたいな身分の高い人を歩かせるなんて」
ソウタは焦っていた自分を悔いた。
「ソウタと一緒だから、楽しいよ。ふふ、これが夜歩きというものかな?」
咲は笑って、ジュースをこくりと飲んだ。
「初めて口にする味じゃ。甘くて、おいしいな。もっと早くに飲んでみればよかった」
咲がつとめて明るく振る舞おうとしているのが感じられた。
気を遣わせてしまって、ソウタは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ソウタは頭を振って、焦りと後悔を手放した。目の前の問題に意識を集中する。
なんとしても、咲さまを逃がさなければならない。
しかし、これからどうしよう。
本部は離れた。一番の直接的な危機は回避したはずだ。もう少し離れて夜が明けるのを待ち、電車で移動するつもりだった。
だが最寄の駅では少々不安だ。発見されてしまわないとも限らない。できれば隣町くらいまで歩きたかったが、それは諦めた。咲の体力では、せいぜい隣の駅がいいところだ。
せめて朝まで、誰も気づかなければいいのだが。この街はそんなに大きくない。夜中に子供が出歩いているのは、とても目立つ。
(タクシーを使う? でも、顔を見られたらまずいかな……)
隣の駅まで歩いて、そこで朝まで待機するか。そう考えた。駅なら、うまくすれば待合室がある。隠れる場所も、たぶんそこそこあるだろう。
+++ ----- +++
その頃、教団本部では静かな騒ぎが巻き起こっていた。
咲が逃げたことは早々に発覚した。逆に言えば、間一髪のタイミングでソウタは咲を救ったのである。
「逃げられたか」
ミヅチはほぞを噛んだ。やはり異能の者の知覚は伊達ではない、と思った。
「子供の足だ。まだ遠くへは行っていまい。追うぞ」
逡巡も一瞬のこと。気を取り直して、指示を出した。
あいにく、事が事だけに、信者を総動員して狩り出す、というわけにいかない。
数が少ない分、頭を使うしかない。
(どこへ行った? 移動は……駅か。その前は……コンビニ? 公園?)
「黒川」
「はっ」
「駅へ行け。それと誰でもいい、隣の駅にも人を立たせておけ」
「は? しかし、それでは……」
「事情は知らせなくていい。教団の者がいるとわかれば、駅には近づけないはずだ」
まず選択肢をつぶしていく。この街は大きくない。逃げる手段は限られている。
「ここから駅へ向けてしらみつぶしにするぞ。粕谷」
「はっ」
粕谷があごをしゃくって仲間に合図する。彼らの手には刀と思われる杖があった。
「夜明けまでにけりをつけてやる」
寝間着をするりと脱ぐと、下は一糸まとわぬ姿。ソウタは慌てて目をそらした。
「すまぬが、ソウタ」
咲が声をかける。
「妾はこの、洋服というものに慣れておらぬ。手を貸してたもれ」
「ええ!?」
ソウタはとても困った。が、今は緊急事態だ。仕方がない。
なるべく咲の方を見ないようにして、動きやすそうな服を拾い上げた。咲には悪いが、下着はパスさせてもらう。本当にわからないし、なにより恥ずかしすぎる。
「召し替えはいつも人まかせであったからなあ。少しは自分で覚えるとしよう」
咲の慨嘆に、ソウタはおかしくなって、くすりと笑った。
「……ソウタ、今妾のことを、童のようだと思うたであろう?」
咲はTシャツをぎゅっと胸に抱えたままソウタを睨みつけた。
「思ってません。思ってませんてば」
咲はかまわず、ソウタの腕を平手ではたいた。
ちょっと和んだものの、火急の時であることは変わりない。ソウタは咲にTシャツを着せ、その上にボタンダウンを羽織らせた。ジーンズをはかせて、裾をまくりあげる。最後にソウタは帽子をかぶらせた。
咲の長い黒髪は美しいがとても目立つ。小さな帽子では隠し切れなかった。
(仕方がない)
「咲さま。行きましょう」
「あ、待って」
咲は、つと奥に行って、引き出しから数枚の写真を大事そうに持ってきた。
その間ソウタは、残った衣類を丸めて布団の中に入れ、咲が寝ているように擬装した。子供だましだが、少しでも時間稼ぎになればいい。
灯りを消すと、ソウタは羽目板の奥へ飛び込んだ。中から咲に手を差しのべる。
「さあ、咲さま」
咲はそっとその手をとって、ソウタのいる闇の中へ滑り込んだ。
+++ ----- +++
「ごめんね。咲ちゃん、本当にごめんね。なんの力にもなれなくて」
菜美は半泣きだった。見送るだけしかできない自分がもどかしかった。
「泣かないで、姉さま。お世話になりました」
咲は笑って頭を下げた。その咲を菜美は力いっぱい、抱きしめた。
「気をつけてね、咲ちゃん。元気で」
「ありがとう。姉さまも」
それから菜美はソウタに向き直って、
「ソウタくん。咲ちゃんをお願い。気を付けてね」
ソウタの手をぎゅっと握った。
「はい」
ソウタは力強くうなずいた。
そして踵を返すと、咲に手を差し出す。咲はごく自然にソウタにしたがい、寄り添った。
(ああ、そうか)
菜美は眩しそうにソウタを見た。
(咲ちゃん、よかったね)
まだ夜半。街は真っ暗だ。電車も動いていない。
ソウタは走り出したい衝動を抑えていた。まだまだ先は長い。体力は温存しておかなければならない。
だが三十分も歩かないうちに、咲の体力が尽きてしまった。
外に出たことがまったくない咲である。慣れない靴で歩くだけでも一苦労だった。口には出さないが、つないだ手から咲の疲労が伝わってくる。呼吸も荒い。
「咲さま。少し休みましょう」
迷った末、ソウタは休憩することにした。
自販機の脇に座り込んだ。咲は明らかにほっとしたようだ。ソウタはジュースを買って咲に渡し、自分も隣に座った。
「咲さま。ごめんなさい。咲さまみたいな身分の高い人を歩かせるなんて」
ソウタは焦っていた自分を悔いた。
「ソウタと一緒だから、楽しいよ。ふふ、これが夜歩きというものかな?」
咲は笑って、ジュースをこくりと飲んだ。
「初めて口にする味じゃ。甘くて、おいしいな。もっと早くに飲んでみればよかった」
咲がつとめて明るく振る舞おうとしているのが感じられた。
気を遣わせてしまって、ソウタは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ソウタは頭を振って、焦りと後悔を手放した。目の前の問題に意識を集中する。
なんとしても、咲さまを逃がさなければならない。
しかし、これからどうしよう。
本部は離れた。一番の直接的な危機は回避したはずだ。もう少し離れて夜が明けるのを待ち、電車で移動するつもりだった。
だが最寄の駅では少々不安だ。発見されてしまわないとも限らない。できれば隣町くらいまで歩きたかったが、それは諦めた。咲の体力では、せいぜい隣の駅がいいところだ。
せめて朝まで、誰も気づかなければいいのだが。この街はそんなに大きくない。夜中に子供が出歩いているのは、とても目立つ。
(タクシーを使う? でも、顔を見られたらまずいかな……)
隣の駅まで歩いて、そこで朝まで待機するか。そう考えた。駅なら、うまくすれば待合室がある。隠れる場所も、たぶんそこそこあるだろう。
+++ ----- +++
その頃、教団本部では静かな騒ぎが巻き起こっていた。
咲が逃げたことは早々に発覚した。逆に言えば、間一髪のタイミングでソウタは咲を救ったのである。
「逃げられたか」
ミヅチはほぞを噛んだ。やはり異能の者の知覚は伊達ではない、と思った。
「子供の足だ。まだ遠くへは行っていまい。追うぞ」
逡巡も一瞬のこと。気を取り直して、指示を出した。
あいにく、事が事だけに、信者を総動員して狩り出す、というわけにいかない。
数が少ない分、頭を使うしかない。
(どこへ行った? 移動は……駅か。その前は……コンビニ? 公園?)
「黒川」
「はっ」
「駅へ行け。それと誰でもいい、隣の駅にも人を立たせておけ」
「は? しかし、それでは……」
「事情は知らせなくていい。教団の者がいるとわかれば、駅には近づけないはずだ」
まず選択肢をつぶしていく。この街は大きくない。逃げる手段は限られている。
「ここから駅へ向けてしらみつぶしにするぞ。粕谷」
「はっ」
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「夜明けまでにけりをつけてやる」
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