上 下
13 / 16

はじめて明かす、魔女の目論見。

しおりを挟む
 街外れの、落ち着いた雰囲気の喫茶店。三人はそこにいた。
 高校生にはやや敷居の高い店だったが、人の多いところで話の内容を聞かれるのはまずいと、志朗は判断したのだった。

「志朗くん。ユーリ。あなたたちが今日いた時は、まだ平成だったわよね?」
「ああ。間違いない」
「さっき新聞を見たとき、目の前が真っ暗になったわ。こっちの元号も変わっている。しかも向こうより一年進んでいる。向こうから持ってきた硬貨も、これじゃ何の意味もないわ。ただの十円玉に成り下がってしまった」
 明子はまだショックから立ち直れないようだ。由梨亜は心配そうに明子を見ている。

「それって……世界の揺り戻し、ということなのかな?」
 由里絵と由梨亜が入れ代わった時、周りはすんなりとそれを受け入れた。何の問題も起きなかった。つまり、そのくらいの改変なら世界は問題にしなかった。
 しかし、もっと大規模に世界を改変しようとする意志を、今度は世界は認めなかった。時空の揺り戻し、あるいは反作用、あるいは補償行為。詳しくはわからないが、そういった力が働いたということなのだろうか。

「わからない。わからないわ。わたしはどうしたらいいの?」
 明子は今にも泣き出しそうだった。由梨亜がそっと肩に手をかけ、もう片方の手で明子の手を包み込む。
「ニーナ。あなたが悪いわけじゃない。あたしたちにはわからない、もっと大きな力がはたらいたんだと思うわ。でもあなたのせいじゃない」
「わたしはね、わたしは、もっと多くの人たちに、こっちで平和な暮らしを送ってほしかったの。ただそれだけなのよ。なのに……。」
 明子は涙声になっていた。

「なあ、由梨亜」
 さすがに今、直接明子に訊くのは志朗もためらった。
「きみたちはこっちの世界に、本当に憧れていたんだな。そんなにこの世界がいいのかい?」
「ええ、そうよ」
 由梨亜は明子の肩を抱きながら、むしろ静かに答えた。
「モンスターを狩る波乱万丈の世界。魔法の使える便利な世界。こっちの世界の人には羨ましく見えるかもしれないわね。でもね、いつどこでモンスターに襲われるかわからない危険な世界でもあるわ。モンスター退治も剣と魔法のスキルがあれば大抵は問題ないけど、でも絶対安全とも言えない。大怪我もするし、時には死んでしまうこともある。そうね、慢性的な内戦状態の戦地にいるようなものかしら」
 少し落ち着いた明子が、後を続ける
「志朗くん、あなたはこの世界、平凡で退屈だと思っているでしょう。それがわたしたちには、どれほど眩しく見えたことか。今日と同じ明日が来ると信じて安心して眠りに就ける、それがどれほど幸せなことか」
「ついでに、モンスターを気にせずご飯を食べるのに専念できるのって、とっても幸せなことなのよ」
 重くなった空気を和ませようと、由梨亜が少しおどけて言ってみせた。志朗は笑ったが、心から楽しい笑顔はできなかった。

「おれはずっとこっちの世界にいて、それが当たり前すぎて、どんなに恵まれていたかわかっていなかったんだな」
「仕方ないわよ」
 由梨亜が答える。
「向こうにいる人たちだって、それが当たり前なんだもの。
 でも由里絵や明穂みたいに、こっちの退屈な世界から抜け出して、波乱万丈の世界に行きたいと思う人もたくさんいる。そして向こうの不安定な世界から抜け出して、退屈だけど平穏な世界に行きたいと願う人もたくさんいる」
「だからその行き来がもっと楽に出来るようになれば、って、思ったの」
 明子が後を受けて続ける。
「だけど世界は、それを望まなかったみたいね。
 あーあ。わたしの野望は、潰えちゃったわ。てへ」
 まだ目尻に涙を残したまま、明子は舌を出して笑った。

 志朗はなんと答えていいのか、なんと慰めればいいのか、わからなかった。
しおりを挟む

処理中です...