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第一章
入学初日バトル。四人の得た答え。
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再び彩奈が戸口に立ち、左手を真っ直ぐ伸ばして中に向ける。
伸ばした手を起点に、彩奈の身体から淡い光があふれ、広がっていく。
光が狭い空間を満たし、力が渦巻く。
「うう、なかなか」
彩奈が顔をしかめる。力の制御が難しいようだ。
狭い室内に、密度の高いエネルギーがさらに集っていく。目に見えなくとも、香凜や修成でも感じることができるほどの圧力になっていた。
「しぶといな。まだしがみついている。水月さん、もうちょっと圧力、上げられるか?」
拓斗の問いかけに、
「はい、やってみます」
彩奈は答えて、再度手を振りかざす。
唇をきゅっと噛んで、手先に集中する。
と、突然「なにか」が飛び出してきた。
「よし! 来たぞ」
淡い輪郭を持つ丸っこい「なにか」が、彼らの目の前で苦しげにのたうち回る。
「んーーーーーーー!」
彩奈はさらに力を込めて「なにか」をにらみつける。
それが飛びまわる中。
扉がばたばたと急に閉まってまた開く。
蛇口が開いて水が勢いよく流れ出す。
ばん!とロッカーが開いてバケツやモップが飛び出し、彩奈に襲い掛かった。
「あぶない!」
修成が彩奈の前に立ちはだかる。バケツやモップが、派手な音を立てて修成にぶつかった。
「ちょっと鳴海くん! 大丈夫?」
「大丈夫。ちゃんと強化してるよ。ちょっと痛いけど」
思わず叫んだ香凜に、修成は後ろを向いて少し笑う。
なおも修成は、バケツを弾き、モップを叩き落とし、彩奈を守る。
「ごめんね鳴海くん。無理しないで」
「大丈夫だよ。それより、見えてる?」
「はい。もう少しです」
流れていた水がにょろりと立ち上がり、宙の一点に集まり始めた。
みるみる大きなかたまりができる。人の頭の大きさを軽く越え、丸まったそれは特大の雪だるまの胴体部分くらいの大きさになった。
「ちょっと、なんか来る!」
「香凜。お前の出番だぞ」
おっかなびっくりの香凜に拓斗が声をかけた瞬間、透明なかたまりが四人めがけて飛んできた。
「きゃーっ! このっ!」
香凜が一歩踏み出して大きく手を振り上げる。
水は瞬時に無数の細かい粒に割れて天井にまで広がった。香凜は全部、窓の方へ弾き返す。
「あたしに流体で対抗しようなんて、十年早いっ!」
香凜が宣言して、中の「なにか」を睨みつけた。
と、急に光が膨れ上がり、「なにか」が暴れ出す。怒っているのだろうか。
そしてやにわに突進して来た。
「きゃ、まぶしっ」
「くるか?」
身がまえる拓斗に、他の三人にも緊張が走る。
光が大きく弾け、そして急にしぼんで消えた。
「しまった!」
彩奈が思わず叫んで真っ先に駆け込む。みな慌てて後に続いた。女子トイレだが、それはこのさい見なかったことにする。
「ごめんなさい。逃げられました」
彩奈がしゅんとしている。
「いいさ。気にするな。相手は得体の知れない高次元体だ」
「それより、どこに行ったの? 消えた?」
「フェイントかけて、逃げたみたいだ。水月さん、わかる?」
「んー、外ですね。えーと……いた! あそこです」
彩奈は窓の外を指さした。一同、窓に駆け寄る。
外には校舎の裏通りを歩く男性がひとり。
「あの人に憑りついたのか? まずいな」
「あの人どうなっちゃうの?」
「ぼくたちとは違うからね。早く引き剥がした方がいい」
「ごめんなさい。わたしが……」
「大丈夫。心配しないで」
ひょいと窓枠に飛び乗る修成。
「ぼくがあの人を捕まえるよ」
そのまま飛び降りる。
「ええええ? ここ三階よ!?」
「落ち着けよ香凜。あいつは肉体を強化できる。心配いらない」
下を見ると、修成はどん、と音を立てて着地し、一瞬の間のあと、走り出した。
「……すごい。超サイヤ人?」
「ばかなこと言ってないで、香凜、おれたちも行くぞ」
三人は外に出て、修成の後を追いかける。
捕物はまだ道半ばだ。
◇◆◇◆◇
三人が駆けつけた時、修成は格闘の真っ最中だった。
「鳴海くん! 大丈夫ですか?」
彩奈が勢い込んで訊いてくる。
「かなり……きつい」
男と手を組み合わせたまま、苦笑いで答える修成。
「ふむ……憑依がかなり上手くいっているみたいだな。これは凄いパワーだ」
「ひと事みたいに分析してる場合じゃないでしょ」
冷静に解説する拓斗に香凜がツッコミを入れる。
「うん。けっこうきついよこれ。ヒグマ並かも」
答える修成。体格で負けているのは不利だ。
正統派力較べで、正面から押す修成。
男は体格にものを言わせて修成を押しつぶそうとする。
「うがあああっ!」
修成が吼える。力なら負けない自信がある。他の人間にはない、筋力プラスアルファの力を目一杯発揮して、男の腕を捩じりあげて組み伏せようとする。
が、次の瞬間。
ぱん! と光が瞬いた。
「しまっ……」
目くらましに一瞬ひるんだ修成の首を、男が両手でがっちりとつかんで締めあげた。
「鳴海くん!」
「鳴海くん! 大丈夫ですか?」
修成を吊り上げる男。即座に意識が落ちても不思議はないくらい頸動脈が極まっている。
勝利を確信していた男だが、しかしすぐに不審の表情に変わった。
「うまいな。首を硬化して喉を守った」
拓斗の言うとおり、男の手の圧力は修成の首の皮の下には届いていなかった。
自分の首を絞める手をつかんだ修成は、男の手を引き剥がし、腕をぐっと押し広げた。
男の表情に驚きが浮かぶ。
「調子に……乗るなあっ!」
完全に腕を押し返して着地した修成は、自分の倍近くある男の腕を引っぱり、足をかけて転ばせた。が、男にしがみつかれ、もつれあって倒れ込む。
「鳴海くん!」
「どうしましょう?」
おろおろする彩奈。
「今のうちに、さっきのやつをもう一回だ。今度こそ仕留めるぞ!」
拓斗の呼びかけに、香凜も彩奈も表情を引き締めた。
「あいよ」
「わかりました」
二人がテンポよく答える。
彩奈が手を合わせて呪文を詠唱するような姿勢をとる。
もがいている男と修成のまわりを、ふわりと光が取り囲む。
「よし、いいぞ。まずは結界か。香凜、準備はいいな?」
「まかせて。っつっても、対象が見えてないけど」
「大丈夫。見えるように引っぱり出します」
彩奈は今度は左手を伸ばした。手の先から別の光が伸びて、男をつかむ。
ぐっと手を握って手前に引く。紐か何かを引っぱるようなイメージ。
男はのけぞった。その頭の辺りから、おぼろげな輪郭のものが現れる。
「あたしにも見えたっ!」
「お願いします!」
「よし。香凜、穴を開けたぞ。あそこに放り込め!」
いきなり香凜が叫びながら走り出した。一同唖然。
香凜は男に駆け寄り、おぼろな物体の頭らしきものを引っ掴むと、振りかぶって、
「うおりゃあああっ!」
空間にうかぶ穴に向かってねじ込んだ。
光る物体は穴に吸い込まれるように、するりと飲み込まれて消えた。
直後に、空間に透明な波紋が広がる。水面に水滴が落ちたように、空間の波紋が集まって穴をふさぎ、元の静けさが戻る。
「……ふう、やった」
膝に手をついて、大きく息をつく拓斗。
「……うん、やったね」
同じく肩で息をしている香凜。
「……できたねぇ」
後ろに手をついて座り込んだ修成。
「……はい、やりました」
荒い息を落ち着かせるように、胸を押さえる彩奈。
脇には気を失った男が転がっている。みな力が抜けてしまい、そこまで気が回る余裕はない。
拓斗が上体を起こしてみなに向き直った。
「みんな、ご苦労さん。修成は、おつかれさまだな。
しかし香凜の荒業は……ふふっ、あれはないな」
「なによ。あれが一番わかりやすくて確実なのよ」
むくれる香凜。
「正直ぼくも、一瞬力が抜けそうになったよ」
苦笑して応じる修成。
「わたしも、拘束が途切れそうになりました」
同じく苦笑いの彩奈。
「なによ、みんなして!」
ますますむくれる香凜。一同は顔を見合わせて笑いあった。
「……でもさ、よかった」
香凜がぼそりと言う。
「今までのあたしだったら、あたし一人だったら、どうしていいかわからなかった。憑りついているのを引き剥がすなんでできないし、たまたま浮いているのをたまたま開いている次元の穴に押し込むのが精いっぱい。力を合わせると、こんなすごいことができるんだね。みんなのおかげだよ」
「ぼくも同じだな」
修成が座り直しながら言う。
「今までは、物理的にぶつかるだけだった。目の前の障害を解消するのが精々で、高次元体そのものには手が出せなかった。もどかしかったよ。わかっているのにどうしようもないんだから……。こんなにあざやかな連携は初めてだよ。みんなに会えて、本当に嬉しい」
「わたしも同じです」
彩奈も応じる。
「何かがいるのはわかるんです。でも手が出せませんでした。引き剥がしてもいつも逃げられてしまうんです。それをただ見ているだけなのが悔しくて……。こんなにすっきり解決できたのは初めてです。みんなのおかげです。感謝します」
ぺこりと頭を下げる。
「おれもそうだな」
拓斗が続く。
「そこかしこに、こういう存在がいることはわかっていた。でもどうにもできなかった。おれは物理的な能力がないから、なんとか次元の穴に追い込むのがやっとだった。
きみらと知り合えて、おれはやっと実力行使の手段を得た。きみらの働きには感謝するぞ」
「あくまでも上から目線を貫くつもりね」
呆れて首を振る香凜に、
「いいんじゃない? 頼りにしてるよ、リーダー」
にこにこと答える修成。
「わたしたちの能力、活かしてくださいね。お安くないですよ」
同じくにっこりと笑いかける彩奈に、
「ああ、まかせろ」
自信たっぷりに拓斗が応じる。
四人の新入生の、初日のクエストは無事コンプリートしたのだった。
◇◆◇◆◇
「ところでさ、修成くん」
香凜が訊いてきた。
「さっきヒグマがどうとか言ってたけど、きみ、ヒグマと戦ったことでもあるの?」
「あるよ」
「えっ?」
「ぼくの能力は身体を使うものだから、もっと身体のコントロールを覚えないと、と思って、北海道の山の中をさまよったことがあるんだ。そのときヒグマと戦ったよ」
「……で、結果は?」
「勝ったよ。今日のやつは、力だけならそれと同じくらいかなあ。もっともっと精進しないと駄目だね」
「……ヒグマに勝てれば充分と思うんですけど」
「いやまだまだ、パワーもスピードも足りてない。もっと頑張らないと、みんなの役に立てないよ」
けろっと答える修成に、香凜は絶句した。
「……ごめんなさい。可愛いとか言って、ほんとごめんなさい」
伸ばした手を起点に、彩奈の身体から淡い光があふれ、広がっていく。
光が狭い空間を満たし、力が渦巻く。
「うう、なかなか」
彩奈が顔をしかめる。力の制御が難しいようだ。
狭い室内に、密度の高いエネルギーがさらに集っていく。目に見えなくとも、香凜や修成でも感じることができるほどの圧力になっていた。
「しぶといな。まだしがみついている。水月さん、もうちょっと圧力、上げられるか?」
拓斗の問いかけに、
「はい、やってみます」
彩奈は答えて、再度手を振りかざす。
唇をきゅっと噛んで、手先に集中する。
と、突然「なにか」が飛び出してきた。
「よし! 来たぞ」
淡い輪郭を持つ丸っこい「なにか」が、彼らの目の前で苦しげにのたうち回る。
「んーーーーーーー!」
彩奈はさらに力を込めて「なにか」をにらみつける。
それが飛びまわる中。
扉がばたばたと急に閉まってまた開く。
蛇口が開いて水が勢いよく流れ出す。
ばん!とロッカーが開いてバケツやモップが飛び出し、彩奈に襲い掛かった。
「あぶない!」
修成が彩奈の前に立ちはだかる。バケツやモップが、派手な音を立てて修成にぶつかった。
「ちょっと鳴海くん! 大丈夫?」
「大丈夫。ちゃんと強化してるよ。ちょっと痛いけど」
思わず叫んだ香凜に、修成は後ろを向いて少し笑う。
なおも修成は、バケツを弾き、モップを叩き落とし、彩奈を守る。
「ごめんね鳴海くん。無理しないで」
「大丈夫だよ。それより、見えてる?」
「はい。もう少しです」
流れていた水がにょろりと立ち上がり、宙の一点に集まり始めた。
みるみる大きなかたまりができる。人の頭の大きさを軽く越え、丸まったそれは特大の雪だるまの胴体部分くらいの大きさになった。
「ちょっと、なんか来る!」
「香凜。お前の出番だぞ」
おっかなびっくりの香凜に拓斗が声をかけた瞬間、透明なかたまりが四人めがけて飛んできた。
「きゃーっ! このっ!」
香凜が一歩踏み出して大きく手を振り上げる。
水は瞬時に無数の細かい粒に割れて天井にまで広がった。香凜は全部、窓の方へ弾き返す。
「あたしに流体で対抗しようなんて、十年早いっ!」
香凜が宣言して、中の「なにか」を睨みつけた。
と、急に光が膨れ上がり、「なにか」が暴れ出す。怒っているのだろうか。
そしてやにわに突進して来た。
「きゃ、まぶしっ」
「くるか?」
身がまえる拓斗に、他の三人にも緊張が走る。
光が大きく弾け、そして急にしぼんで消えた。
「しまった!」
彩奈が思わず叫んで真っ先に駆け込む。みな慌てて後に続いた。女子トイレだが、それはこのさい見なかったことにする。
「ごめんなさい。逃げられました」
彩奈がしゅんとしている。
「いいさ。気にするな。相手は得体の知れない高次元体だ」
「それより、どこに行ったの? 消えた?」
「フェイントかけて、逃げたみたいだ。水月さん、わかる?」
「んー、外ですね。えーと……いた! あそこです」
彩奈は窓の外を指さした。一同、窓に駆け寄る。
外には校舎の裏通りを歩く男性がひとり。
「あの人に憑りついたのか? まずいな」
「あの人どうなっちゃうの?」
「ぼくたちとは違うからね。早く引き剥がした方がいい」
「ごめんなさい。わたしが……」
「大丈夫。心配しないで」
ひょいと窓枠に飛び乗る修成。
「ぼくがあの人を捕まえるよ」
そのまま飛び降りる。
「ええええ? ここ三階よ!?」
「落ち着けよ香凜。あいつは肉体を強化できる。心配いらない」
下を見ると、修成はどん、と音を立てて着地し、一瞬の間のあと、走り出した。
「……すごい。超サイヤ人?」
「ばかなこと言ってないで、香凜、おれたちも行くぞ」
三人は外に出て、修成の後を追いかける。
捕物はまだ道半ばだ。
◇◆◇◆◇
三人が駆けつけた時、修成は格闘の真っ最中だった。
「鳴海くん! 大丈夫ですか?」
彩奈が勢い込んで訊いてくる。
「かなり……きつい」
男と手を組み合わせたまま、苦笑いで答える修成。
「ふむ……憑依がかなり上手くいっているみたいだな。これは凄いパワーだ」
「ひと事みたいに分析してる場合じゃないでしょ」
冷静に解説する拓斗に香凜がツッコミを入れる。
「うん。けっこうきついよこれ。ヒグマ並かも」
答える修成。体格で負けているのは不利だ。
正統派力較べで、正面から押す修成。
男は体格にものを言わせて修成を押しつぶそうとする。
「うがあああっ!」
修成が吼える。力なら負けない自信がある。他の人間にはない、筋力プラスアルファの力を目一杯発揮して、男の腕を捩じりあげて組み伏せようとする。
が、次の瞬間。
ぱん! と光が瞬いた。
「しまっ……」
目くらましに一瞬ひるんだ修成の首を、男が両手でがっちりとつかんで締めあげた。
「鳴海くん!」
「鳴海くん! 大丈夫ですか?」
修成を吊り上げる男。即座に意識が落ちても不思議はないくらい頸動脈が極まっている。
勝利を確信していた男だが、しかしすぐに不審の表情に変わった。
「うまいな。首を硬化して喉を守った」
拓斗の言うとおり、男の手の圧力は修成の首の皮の下には届いていなかった。
自分の首を絞める手をつかんだ修成は、男の手を引き剥がし、腕をぐっと押し広げた。
男の表情に驚きが浮かぶ。
「調子に……乗るなあっ!」
完全に腕を押し返して着地した修成は、自分の倍近くある男の腕を引っぱり、足をかけて転ばせた。が、男にしがみつかれ、もつれあって倒れ込む。
「鳴海くん!」
「どうしましょう?」
おろおろする彩奈。
「今のうちに、さっきのやつをもう一回だ。今度こそ仕留めるぞ!」
拓斗の呼びかけに、香凜も彩奈も表情を引き締めた。
「あいよ」
「わかりました」
二人がテンポよく答える。
彩奈が手を合わせて呪文を詠唱するような姿勢をとる。
もがいている男と修成のまわりを、ふわりと光が取り囲む。
「よし、いいぞ。まずは結界か。香凜、準備はいいな?」
「まかせて。っつっても、対象が見えてないけど」
「大丈夫。見えるように引っぱり出します」
彩奈は今度は左手を伸ばした。手の先から別の光が伸びて、男をつかむ。
ぐっと手を握って手前に引く。紐か何かを引っぱるようなイメージ。
男はのけぞった。その頭の辺りから、おぼろげな輪郭のものが現れる。
「あたしにも見えたっ!」
「お願いします!」
「よし。香凜、穴を開けたぞ。あそこに放り込め!」
いきなり香凜が叫びながら走り出した。一同唖然。
香凜は男に駆け寄り、おぼろな物体の頭らしきものを引っ掴むと、振りかぶって、
「うおりゃあああっ!」
空間にうかぶ穴に向かってねじ込んだ。
光る物体は穴に吸い込まれるように、するりと飲み込まれて消えた。
直後に、空間に透明な波紋が広がる。水面に水滴が落ちたように、空間の波紋が集まって穴をふさぎ、元の静けさが戻る。
「……ふう、やった」
膝に手をついて、大きく息をつく拓斗。
「……うん、やったね」
同じく肩で息をしている香凜。
「……できたねぇ」
後ろに手をついて座り込んだ修成。
「……はい、やりました」
荒い息を落ち着かせるように、胸を押さえる彩奈。
脇には気を失った男が転がっている。みな力が抜けてしまい、そこまで気が回る余裕はない。
拓斗が上体を起こしてみなに向き直った。
「みんな、ご苦労さん。修成は、おつかれさまだな。
しかし香凜の荒業は……ふふっ、あれはないな」
「なによ。あれが一番わかりやすくて確実なのよ」
むくれる香凜。
「正直ぼくも、一瞬力が抜けそうになったよ」
苦笑して応じる修成。
「わたしも、拘束が途切れそうになりました」
同じく苦笑いの彩奈。
「なによ、みんなして!」
ますますむくれる香凜。一同は顔を見合わせて笑いあった。
「……でもさ、よかった」
香凜がぼそりと言う。
「今までのあたしだったら、あたし一人だったら、どうしていいかわからなかった。憑りついているのを引き剥がすなんでできないし、たまたま浮いているのをたまたま開いている次元の穴に押し込むのが精いっぱい。力を合わせると、こんなすごいことができるんだね。みんなのおかげだよ」
「ぼくも同じだな」
修成が座り直しながら言う。
「今までは、物理的にぶつかるだけだった。目の前の障害を解消するのが精々で、高次元体そのものには手が出せなかった。もどかしかったよ。わかっているのにどうしようもないんだから……。こんなにあざやかな連携は初めてだよ。みんなに会えて、本当に嬉しい」
「わたしも同じです」
彩奈も応じる。
「何かがいるのはわかるんです。でも手が出せませんでした。引き剥がしてもいつも逃げられてしまうんです。それをただ見ているだけなのが悔しくて……。こんなにすっきり解決できたのは初めてです。みんなのおかげです。感謝します」
ぺこりと頭を下げる。
「おれもそうだな」
拓斗が続く。
「そこかしこに、こういう存在がいることはわかっていた。でもどうにもできなかった。おれは物理的な能力がないから、なんとか次元の穴に追い込むのがやっとだった。
きみらと知り合えて、おれはやっと実力行使の手段を得た。きみらの働きには感謝するぞ」
「あくまでも上から目線を貫くつもりね」
呆れて首を振る香凜に、
「いいんじゃない? 頼りにしてるよ、リーダー」
にこにこと答える修成。
「わたしたちの能力、活かしてくださいね。お安くないですよ」
同じくにっこりと笑いかける彩奈に、
「ああ、まかせろ」
自信たっぷりに拓斗が応じる。
四人の新入生の、初日のクエストは無事コンプリートしたのだった。
◇◆◇◆◇
「ところでさ、修成くん」
香凜が訊いてきた。
「さっきヒグマがどうとか言ってたけど、きみ、ヒグマと戦ったことでもあるの?」
「あるよ」
「えっ?」
「ぼくの能力は身体を使うものだから、もっと身体のコントロールを覚えないと、と思って、北海道の山の中をさまよったことがあるんだ。そのときヒグマと戦ったよ」
「……で、結果は?」
「勝ったよ。今日のやつは、力だけならそれと同じくらいかなあ。もっともっと精進しないと駄目だね」
「……ヒグマに勝てれば充分と思うんですけど」
「いやまだまだ、パワーもスピードも足りてない。もっと頑張らないと、みんなの役に立てないよ」
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