令嬢は闇の執事と結婚したい!

yukimi

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第22話(1) シド・アイボット

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 突然ぶつかられたその来客者は、彼女の後ろ姿を見送るや広間に駆け込み、中央に立っているオリーズ候へ向かって叫んだ。

「オリーズ候! シド・アイボット、参りました。お嬢様を引き止めて参ります!」
「うむ……頼んだ」

 げんなりした様子の候爵の返事を受け取ると、即座に彼は追いかけて行った。

「シド・アイボット……? 何故あの者がここに……?」
「あの男は城を出たはずでは!?」

 サプラスとブリュリーズが各々困惑している間に、再び騒然とした広間で、じわりじわりと噂が広まりはじめた。

「シド……って、あら、あれは昔うちにいた従僕のシドじゃないの。成長したわねぇ」
「いや、今のはナルス高原で屋敷守をしていたシドだろ……?」
「いいえ、あれは昔コド家の屋敷にいた小姓のシドよ。可愛かったからよく覚えているわ」
「いやいや、あれはこの間騎士団学校でブリュリーズ殿の代わりに隊を指揮した騎士見習いですよ……!」

 招待された貴族や騎士達の多くが、領内を点々としていたシドのことを知っていた。
 フィリアを追いかけて出口まで来ていたミーナも、立ち止まって目を白黒させた。退城し、上級使用人ですらなくなったシドは単なる領民のはずである。なぜ来客者達と同じ燕尾服を着てここに……?

「ノイグ様……今のはシド様ですよね……!?」
「ああ、ミーナ、あれはシド殿だ。サプライズの手筈だったのだが……」
「えぇ……?」
「お嬢様のお相手はシド殿で良いのだろう?」
「え……えぇ……」

 ノイグはミーナにニコリと笑いかけると、中央にいる候爵を見据えて歩んで行った。

「オリーズ候、お約束通りシド様のご入場でございます。先んじて皆様にご紹介をお願い致します」

 何が起きているのか、約束通りとはどういう意味なのか……ミーナが訳も分からないまま広間を見遣ると、オリーズ候は顔をしかめていた。

「はぁ……仕方ない…………、皆、聞いて欲しい。今の男は、シド・アイボットという者だ。あれも先日、フィリアが欲しいと言って私の私室へ乱入してきた不届き者、当家の元執事である」

 当然のごとく会場に再びどよめきが上がる。

「あらまあ、使用人の身分で次期侯爵に名乗りを?」
「はっはっ、これは興味深い……!」

 オリーズ候は、沸き立つ者達を一瞥して一つ溜息を付いた。

「フィリアが言っていた意中の男とはあれのことだ。娘が私達の選んだ男を拒絶した場合はあの男をここへ通す手筈になっていたのだ。あの、元執事をな……」



 あの日――一日の楽しみである晩酌の時間を邪魔されたあの満月の夜――。
 さんざんバカにされた後だというのに、その男は相変わらずまっすぐな目をしていた。

「約定を解除した後、お前はどうするつもりだ」
「私は――この職を退きます。父はバゼルと同じくこの職に誇りを持っている男です。これからも今と変わらずオリーズ家の使用人を続けることでしょう。しかし、私は退いて再び騎士を目指したく思います。私が本当にお嬢様の運命のお相手であるならば、占いが示唆しているのは、つまり、そういうことなのではないでしょうか……!」

 熟慮する様子もなく即座に返して来た答えが思いの他おかしく、オリーズ候は高らかに笑った。

「ほぉ、お前はいつ頃騎士になるつもりだ。フィリアの結婚相手はあと半月もせぬ内に決まってしまうのだぞ。それで良いのか」

 シドはその目を鷹のように鋭くさせた。

「祖父の手紙が事実なら私は『偽りの王子』です」
「……! ほお……?」
「私には選ばれる権利がある。これに免じてしばし時間を――私にお時間を下さい。結婚相手を発表した後、お嬢様がそれを笑顔で受け入れられるのであれば諦めます。しかし、そうでなかったならば私にそれを阻止させて頂きたい。私は必ずやお嬢様に相応しい騎士となります。それが私の運命なのでございます。どうか、どうか私にお時間を……!」

 ついに偽りの王子だと言い出したシドを、侯爵はまた興味深そうに眺めた。
 そんな些末なカードで侯爵家の一人娘が手に入るはずのないことを、この男は理解していたのだ。
 唯一手に入れた切り札をここでこのように使った交渉は決して悪くない。フィリアが他の男を笑顔で受け入れるわけがないことも、侯爵がフィリアに弱いことも、全て理解できている。なんと腹黒い使用人であろうか。

「面白い。お前の言う通り、明日にもアイボット家の約定を解除し、退職願いを受理してやろう。ただし、その瞬間からお前は上級使用人の職を失い、ただの一領民へと落ちる。城へ立ち入ることが許されぬ身の上となることを覚悟せよ」
「ありがとうございます……!」

 シドは感慨深げに礼を言うと、片膝をつき、騎士の所作で頭を垂れた。

「アイボット家にとって、これほど良き日はございません。城を出た後、私は騎士団学校へ再入学し、騎士となれた暁には自らの意志によって再度オリーズ候へ忠誠をお誓い申し上げます」
「ほお……?」
「我がアイボット家はニ百有余年間、この日の為にオリーズ侯爵家のお世話に心血を注いで参りました。亡国の王族の血を引くバゼルでさえ最期まで忠実に執事の職を全うし、殉職致しました。我が父ザックも心は同じでございます。今後もオリーズ家をお支え続けると申すことでしょう。どうか、どうか、このアイボット家の功績として私の父親に叙勲を……ニ百年以上前にアイボット家の先祖が剥奪された物と同等の男爵位をお戻し下さい――!」



「面白いだろう。あの男は、なかなかの策士だぞ」

 広間に響くほど大きな声で、オリーズ候は再び痛快に笑った。
 ざわめく人々を、オリーズ候が手で制す。

「話によれば、オリーズ家と遠い親戚筋であったアイボット家は元々男爵位を持っていたそうなのだ。だからこそ、侯爵家を裏切っても簡単には滅ぼされず、約定を結ぶだけで済んだのだな。大した貴族家ではなかったらしいが、この日の為に従順に従ってきたのだから爵位と領地を返せというのだ。面白いから言う通りにしてやることにした」

 今日一番の勢いで広間中がざわついた。それまで黙っていた母親のソレシアも驚愕した面持ちで進み出る。

「なっ、何を言うのあなた、そんなことして、フィリアとあの男を結婚させるおつもりですかっ」

 素っ頓狂な声に反応してサプラスとブリュリーズもうろたえ叫んだ。

「そんなことがあってたまるものか、オリーズ候は正気なのか!」
「そうですよオリーズ候、あいつは使用人なのですよ!」

 侯爵は彼らを眺めながら、諦めたように嘆息した。

「仕方ないではないか。バゼル亡き後、残されたのはかつてないほど忠義の堅い使用人親子だけなのだ。フィリアが誰を選ぶに関わらず、アイボット家には男爵位を戻すのが適当だろう。まあ、さっき見た通り、娘はシドを選んだがな……私たちは賭けに負けたのだよ、ソレシア、聞き分けなさい」
「なっ、何が、どこが賭けですか、あなた……っ」
「シドは騎士団学校で成績優秀だったと聞いておる。人としての器にもまだ伸び代があろう」

 悲壮とも悲哀ともつかない顔で騎士達を見遣る。

「サプラス、お前は戦以外に何を知っている。ブリュリーズ、お前は容姿以外に何を持っている。フィリアの言う通りなのだ。かつては要塞として機能したこの城に、執事のような屋敷守を置くほど、時代は変わった。時代はもはや戦を求めてはおらぬ。これからの時代は経験と知識――そして人望がものをいうようになるだろう」

 サプラスはいかつい体を揺らし、全く納得がいかないといった様子で前へ出た。表情は怒りに満ち、額には青筋が立っている。

「あの男のどこに人望があるというのですか! オリーズ候は我ら騎士団があの男に命を捧げるとでも思っておられるのか!」
「案ずるな。今すぐシドに城を継がせるなどとは言っておらん。あの男がフィリアを欲しいというならくれてやるが、それ以外はいらぬだろう。二人には城を出てもらい、父親と共にかの地で領地の運営を学ばせる。この城の跡継ぎを決めるのはもっと先の話だ。我が家督を欲っする者はその間に研鑽を積むがいい。ニーア王国にはそれを与うに値する領主や騎士がごまんとおるからな……」


<つづく>

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