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第3章:side藤原莉子
2.幻想
先生は、私の希望を汲んで就職の相談に乗ってくれた。真面目な内容の話をしている最中、先生が下がってきた眼鏡をくいっと中指で上げて直す姿にきゅんとしてた。
その姿がすごくかわいくて仕方がなかった。
一生懸命になって私のために話してくれている。
それなのに、心の中は先生に抱きしめてもらいたくて、触れてもらいたくてどうにかなりそうだった。先生に身体を寄せてみたり、ペンでノートに書いている先生の指を撫でながら絡めててみたりした。
「聞いている?」
先生はそう聞くけど、人差し指と小指に少しだけ力を入れてほどけないようにしてくれている。
その手の温度と力加減が絶妙過ぎて、この空間が私と先生だけだったらいいのにと本気で思っていた。
「聞いているよ。でもね、先生の手が繋ぎたがっているような気がしたから…」
そう言って、先生の肩にもたれかかった。
店内のざわざわとする話し声やBGMが何も聞こえなくなる。
先生のことが欲しくてたまらなかった。先生の首に手を回して首筋の熱を感じたい。そして、くちびるを奪いたい。そんな妄想を抱いてしまう。私は先生が近くにいるだけでこんなにもはしたないことを頭の中で考えてしまっている。
「莉子、くちびるを触ってるね。もうそろそろ出ようか、9時近いし」
先生に言われてハッと気がついた。いつもの癖が出てしまっていた。
なぜ、先生がそこに気づいたのかということが気になってしまった。
「え?なんて…」
「莉子って、欲しいものがあるとき、くちびるを触る癖があるの知らなかった?」
先生がニヤッと笑った。
確かに、友達に注意されたことが何度もあった。先生がそれに気づいていたなんて。少し恥ずかしくなってしまった。
「いつから知ってたの?」
「莉子が高校生の時から」
「うそ!」
「最初に見たのは、あの文化祭後の片づけの時かな」
「え?」
「ジャケット貸したの覚えてる?」
「うん」
「その後、くちびるを触っていて、乾燥しているのかなって思ってた。でも、その後もオレと話をしていると時によく触っていることに気づいたとき、性的な欲求なのかなって思ったんだ」
「ホント!すっごい恥ずかしいんだけど!」
急に頬骨のあたりがカッと熱を帯びた。羞恥とはちょっと違う意味合いの恥ずかしさを感じた。
先生とつないでいた指を離して、両手で頬骨の辺りを覆った。
「多分、他の人はくちびるを触る癖があるんだな、くらいにしか気がついてないと思うけど、そんなに恥ずかしがらなくても」
「前に、友達にみっともないからやめなって言われたことあるの」
「みっともなくなんかないさ、莉子が欲求を抱えているんだなって指針になってオレは助かっているけど」
「真顔で言われるともっと恥ずかしくなるからホントやめて~」
カフェの中はあいかわらずザワザワしている。誰もかもが自分たちのことに集中していているし、BGMも変わらずなっている。
店員さん達も勤しんでいる。
誰も私たちを気にしている視線を送っていない。
教育実習中は、ここで先生から教えてもらっていただけだったのに、カメラで撮られ好奇な視線を向けられたこともあった。そのせいで全員が敵に見えてしまっていた。
いつの間にか、そんな思いをしなくて済むようになっていたし、先生と二人きりでお茶することも、出かけることもできるようになることができるなんて。当時の私は思ってもいなかった。今はすごく幸せを感じている。
先生の腕をそっと抱きしめ、肩に頭を寄せてみた。温かだった。身も心も。
「ん?どうした?」
「なんか、先生の隣にいられてうれしいなって」
「……、初めて言われた…」
「そうなの?じゃあ私が最初だね」
「莉子、ありがとう」
「思ったことを言っただけだよ」
見上げると、肩越しに照れている先生の顔が少し赤くなっていた。愛おしく見えて仕方なかった。
今すぐ2人きりになりたかった。想いが膨らみ、先生の首に手を回してキスしたい衝動に駆られてしまっていた。
生徒だった頃には想像できなかった関係になれたことに、私はとても信じられなかったけど、それを上回るほど幸せを感じていた。
カフェを出て先生の隣を歩いていると、急に手の甲に何かが触れてびくっとなった。視線を落とすと、先生の手が私を捉えていた。そのせいで、頬がまた熱くなって下を向いた。こんな人通りの多いところで手をつないだりはしないだろうなと勝手に思い込んでいた。しかし、私の考えとは違った行動をしていた。愛情を一生懸命に示してくれていた。
私の手をすくうようにして繋いだ。恋人つなぎではないけど、先生の手が私の手を包み込んでいる。心地よい温かさが私の中に流れ込んでくる感覚がした。
先生は手汗を気にしていたようだけど、そんなの全然気にならなかった。
きっと他の人とだったら、手を離してしまっていただろう。だけど先生の手だけは離したくなかった。
歩きながら話をしているうちに、先生のアパートに着いてしまった。駅前のカフェを出て徒歩15分だと聞いていたのに、まったく気にならなかった。
「ここだ」と言われたアパートは、グレーと白の2色でコーディネイトされている、ちょっとスタイリッシュさを感じさせる建物だ。街灯が多いせいか色合いや建物全体がしっかり見えた。もっと古いところに住んでいるのかと思っていたが、先生らしくないチョイスに感じた。
「何年くらい住んでいるの?」
「そうだなぁ、6年くらいかな」
「結構長いね」
「まあ引っ越すの面倒だし、転勤にでもならない限り引っ越しとかはしないかな」
「ふーん。ねえ何階に住んでいるの?」
「3階」
「部屋からの景色はどう?」
「ビルばっかりだけど、空も見えるから。意外ときれいだよ」
どんな部屋にしているのかと一段と興味が湧いてきた。
エントランスにある郵便受けから郵便物とチラシを取り出して、脇に挟む姿が先生の日常を物語っているようで、それさえ新鮮だ。
エレベーターに乗り込むと「3階」を押した。
先生と2人きりの空間。思わず肩にもたれかかったが意外とすぐに着いてしまった。
ドアが開く前、「通路を右に曲がってすぐの部屋なんだ」そう話してくれた。
ドアが開き降りて通路を曲がると、先生の足が止まった。目の前の光景を見て、背中に冷たい感覚の何かが走ったのをしっかり感じた。
そこには玄関に寄りかかっている三好先生がいたから。
記憶が蘇る。駅で見かけたのはやっぱり三好先生だったんだ。そう思った瞬間、自分が悪いことをしている気持ちになってしまった。
慌てて握っていた手を離した。
「この子があなたがずっと恋焦がれていた子?」
先生は何も言わなかった。そしてポケットから鍵を出して私に手渡すと、「莉子、先に中に入っててくれないか?少し三好先生と話さなければならないようだから」と言って、ドアまで先生が壁になってくれて私をドアの中に押し入れた。
バタン。
少し重た目なドアが閉まってすぐ、ドアに耳を当てたがほとんど何を話しているのか聞き取れなかった。ドアののぞき穴から外を見たい衝動に駆られた。しかし、それだけはできなかった。話し声はしているが、何を話しているかはわからないくらい単調だった。
先生は別れたと言っていた。でも、今ドアの外では2人で話をしている。
私に聞かれたくないことを話している…の?
もしかして、別れていなかった…の?
頭の中に湧いてくる疑問を止めることができないまま、疑心暗鬼になって黒い靄が心の中に立ち込めていた。
話し声が止むと、ドアが開いて先生が入ってきた。
先生の姿を見たら、失いたくない気持ちが先に立ってしまい、思い切り抱き着いてしまった。
「先生、私…好きでいていいの?」
「大丈夫、三好先生とはちゃんと別れているんだ。ただ、オレが悪かったんだ。はっきりとした別れの理由を言っていなかったから再確認に来たというか」
「別れの理由って?」
「莉子がまだ自分の教え子だった時から忘れられなくて。生徒だから諦めようとしたけどできなくて中途半端な気持ちで彼女と付き合った。ずっとオレの中に誰かがいることを彼女も知っていたんだと思う。それをしっかり伝えていなかった自分が悪かったんだ。莉子を不安にさせてごめん。もう終わったことだから」
そう言いながら私の頭を撫でてくれたけど、不安になる一方だった。
先生が部屋の中に入れてくれたけど、私は気になって仕方ないことがあった。ここに住んで6年と言っていた。その間に三好先生もこの部屋に来ていただろう。
あのテーブルで一緒に食事をしたりソファーやベッドを一緒に使っていたりしていたはず。そう思うとここに来たことを後悔した。
きっと三好先生が待ち伏せしていなければ、こんな風に考えることもなかったかもしれない。
先生と他愛もないことを話した後、ソファーに腰を下ろした。本当であれば気持ちが落ち着くはず。でも、私の中に沸き上がった暗雲は簡単には消えることはなかった。
この不安を消したくて、バッグから本を出しては見たものの、一向にページが進まないどころか想像したくないことばかりが頭に浮かんでは消えてを繰り返していた。
着替えを終えた先生が、私の隣に座った。本当のところを聞こうと思ったけど、勇気が出なくて、学生の時の話なんかしてごまかした。
先生と飲み物を取りに行こうとキッチンについて行って、冷蔵庫の中を見た途端、私の中のスイッチが切れた。
冷蔵庫の中には、作り置きのおかず。タッパーにはなんの料理が入っているかがわかるようにイラスト付きの紙が貼られていた。
きんぴらごぼう…、野菜の肉巻き(このままレンジで温めて!)…、などと書かれている。ドアポケットに目をやると、カルーアミルク、ピーチフィズ、甘めなお酒と鉄分補給のドリンク…。
それを見た瞬間、「ココハ、ワタシノイルベキバショジャナイ」
頭がクラっとして思考回路が止まるのを感じた。
「先生…、ごめん。私今日は帰るね」
「莉子!」
「ううん。いいの。私ちょっと用事を思い出したから」
ソファーに戻り、ジャケットとバッグを掴むと玄関へ急いだ。
心の中で「この想いは性欲だけだ。恋じゃなかった」と何度もつぶやいた。そうでもしなければ涙がこぼれてしまう。
玄関を出ようとしたとき、先生に腕を掴まれた。もう涙が頬を伝って流れてしまう。そんな顔だけは見られたくなかった。
先生の心地よい腕を振り払い、「先生、ごめんなさい」と言って、あの部屋から逃げ出した。
その姿がすごくかわいくて仕方がなかった。
一生懸命になって私のために話してくれている。
それなのに、心の中は先生に抱きしめてもらいたくて、触れてもらいたくてどうにかなりそうだった。先生に身体を寄せてみたり、ペンでノートに書いている先生の指を撫でながら絡めててみたりした。
「聞いている?」
先生はそう聞くけど、人差し指と小指に少しだけ力を入れてほどけないようにしてくれている。
その手の温度と力加減が絶妙過ぎて、この空間が私と先生だけだったらいいのにと本気で思っていた。
「聞いているよ。でもね、先生の手が繋ぎたがっているような気がしたから…」
そう言って、先生の肩にもたれかかった。
店内のざわざわとする話し声やBGMが何も聞こえなくなる。
先生のことが欲しくてたまらなかった。先生の首に手を回して首筋の熱を感じたい。そして、くちびるを奪いたい。そんな妄想を抱いてしまう。私は先生が近くにいるだけでこんなにもはしたないことを頭の中で考えてしまっている。
「莉子、くちびるを触ってるね。もうそろそろ出ようか、9時近いし」
先生に言われてハッと気がついた。いつもの癖が出てしまっていた。
なぜ、先生がそこに気づいたのかということが気になってしまった。
「え?なんて…」
「莉子って、欲しいものがあるとき、くちびるを触る癖があるの知らなかった?」
先生がニヤッと笑った。
確かに、友達に注意されたことが何度もあった。先生がそれに気づいていたなんて。少し恥ずかしくなってしまった。
「いつから知ってたの?」
「莉子が高校生の時から」
「うそ!」
「最初に見たのは、あの文化祭後の片づけの時かな」
「え?」
「ジャケット貸したの覚えてる?」
「うん」
「その後、くちびるを触っていて、乾燥しているのかなって思ってた。でも、その後もオレと話をしていると時によく触っていることに気づいたとき、性的な欲求なのかなって思ったんだ」
「ホント!すっごい恥ずかしいんだけど!」
急に頬骨のあたりがカッと熱を帯びた。羞恥とはちょっと違う意味合いの恥ずかしさを感じた。
先生とつないでいた指を離して、両手で頬骨の辺りを覆った。
「多分、他の人はくちびるを触る癖があるんだな、くらいにしか気がついてないと思うけど、そんなに恥ずかしがらなくても」
「前に、友達にみっともないからやめなって言われたことあるの」
「みっともなくなんかないさ、莉子が欲求を抱えているんだなって指針になってオレは助かっているけど」
「真顔で言われるともっと恥ずかしくなるからホントやめて~」
カフェの中はあいかわらずザワザワしている。誰もかもが自分たちのことに集中していているし、BGMも変わらずなっている。
店員さん達も勤しんでいる。
誰も私たちを気にしている視線を送っていない。
教育実習中は、ここで先生から教えてもらっていただけだったのに、カメラで撮られ好奇な視線を向けられたこともあった。そのせいで全員が敵に見えてしまっていた。
いつの間にか、そんな思いをしなくて済むようになっていたし、先生と二人きりでお茶することも、出かけることもできるようになることができるなんて。当時の私は思ってもいなかった。今はすごく幸せを感じている。
先生の腕をそっと抱きしめ、肩に頭を寄せてみた。温かだった。身も心も。
「ん?どうした?」
「なんか、先生の隣にいられてうれしいなって」
「……、初めて言われた…」
「そうなの?じゃあ私が最初だね」
「莉子、ありがとう」
「思ったことを言っただけだよ」
見上げると、肩越しに照れている先生の顔が少し赤くなっていた。愛おしく見えて仕方なかった。
今すぐ2人きりになりたかった。想いが膨らみ、先生の首に手を回してキスしたい衝動に駆られてしまっていた。
生徒だった頃には想像できなかった関係になれたことに、私はとても信じられなかったけど、それを上回るほど幸せを感じていた。
カフェを出て先生の隣を歩いていると、急に手の甲に何かが触れてびくっとなった。視線を落とすと、先生の手が私を捉えていた。そのせいで、頬がまた熱くなって下を向いた。こんな人通りの多いところで手をつないだりはしないだろうなと勝手に思い込んでいた。しかし、私の考えとは違った行動をしていた。愛情を一生懸命に示してくれていた。
私の手をすくうようにして繋いだ。恋人つなぎではないけど、先生の手が私の手を包み込んでいる。心地よい温かさが私の中に流れ込んでくる感覚がした。
先生は手汗を気にしていたようだけど、そんなの全然気にならなかった。
きっと他の人とだったら、手を離してしまっていただろう。だけど先生の手だけは離したくなかった。
歩きながら話をしているうちに、先生のアパートに着いてしまった。駅前のカフェを出て徒歩15分だと聞いていたのに、まったく気にならなかった。
「ここだ」と言われたアパートは、グレーと白の2色でコーディネイトされている、ちょっとスタイリッシュさを感じさせる建物だ。街灯が多いせいか色合いや建物全体がしっかり見えた。もっと古いところに住んでいるのかと思っていたが、先生らしくないチョイスに感じた。
「何年くらい住んでいるの?」
「そうだなぁ、6年くらいかな」
「結構長いね」
「まあ引っ越すの面倒だし、転勤にでもならない限り引っ越しとかはしないかな」
「ふーん。ねえ何階に住んでいるの?」
「3階」
「部屋からの景色はどう?」
「ビルばっかりだけど、空も見えるから。意外ときれいだよ」
どんな部屋にしているのかと一段と興味が湧いてきた。
エントランスにある郵便受けから郵便物とチラシを取り出して、脇に挟む姿が先生の日常を物語っているようで、それさえ新鮮だ。
エレベーターに乗り込むと「3階」を押した。
先生と2人きりの空間。思わず肩にもたれかかったが意外とすぐに着いてしまった。
ドアが開く前、「通路を右に曲がってすぐの部屋なんだ」そう話してくれた。
ドアが開き降りて通路を曲がると、先生の足が止まった。目の前の光景を見て、背中に冷たい感覚の何かが走ったのをしっかり感じた。
そこには玄関に寄りかかっている三好先生がいたから。
記憶が蘇る。駅で見かけたのはやっぱり三好先生だったんだ。そう思った瞬間、自分が悪いことをしている気持ちになってしまった。
慌てて握っていた手を離した。
「この子があなたがずっと恋焦がれていた子?」
先生は何も言わなかった。そしてポケットから鍵を出して私に手渡すと、「莉子、先に中に入っててくれないか?少し三好先生と話さなければならないようだから」と言って、ドアまで先生が壁になってくれて私をドアの中に押し入れた。
バタン。
少し重た目なドアが閉まってすぐ、ドアに耳を当てたがほとんど何を話しているのか聞き取れなかった。ドアののぞき穴から外を見たい衝動に駆られた。しかし、それだけはできなかった。話し声はしているが、何を話しているかはわからないくらい単調だった。
先生は別れたと言っていた。でも、今ドアの外では2人で話をしている。
私に聞かれたくないことを話している…の?
もしかして、別れていなかった…の?
頭の中に湧いてくる疑問を止めることができないまま、疑心暗鬼になって黒い靄が心の中に立ち込めていた。
話し声が止むと、ドアが開いて先生が入ってきた。
先生の姿を見たら、失いたくない気持ちが先に立ってしまい、思い切り抱き着いてしまった。
「先生、私…好きでいていいの?」
「大丈夫、三好先生とはちゃんと別れているんだ。ただ、オレが悪かったんだ。はっきりとした別れの理由を言っていなかったから再確認に来たというか」
「別れの理由って?」
「莉子がまだ自分の教え子だった時から忘れられなくて。生徒だから諦めようとしたけどできなくて中途半端な気持ちで彼女と付き合った。ずっとオレの中に誰かがいることを彼女も知っていたんだと思う。それをしっかり伝えていなかった自分が悪かったんだ。莉子を不安にさせてごめん。もう終わったことだから」
そう言いながら私の頭を撫でてくれたけど、不安になる一方だった。
先生が部屋の中に入れてくれたけど、私は気になって仕方ないことがあった。ここに住んで6年と言っていた。その間に三好先生もこの部屋に来ていただろう。
あのテーブルで一緒に食事をしたりソファーやベッドを一緒に使っていたりしていたはず。そう思うとここに来たことを後悔した。
きっと三好先生が待ち伏せしていなければ、こんな風に考えることもなかったかもしれない。
先生と他愛もないことを話した後、ソファーに腰を下ろした。本当であれば気持ちが落ち着くはず。でも、私の中に沸き上がった暗雲は簡単には消えることはなかった。
この不安を消したくて、バッグから本を出しては見たものの、一向にページが進まないどころか想像したくないことばかりが頭に浮かんでは消えてを繰り返していた。
着替えを終えた先生が、私の隣に座った。本当のところを聞こうと思ったけど、勇気が出なくて、学生の時の話なんかしてごまかした。
先生と飲み物を取りに行こうとキッチンについて行って、冷蔵庫の中を見た途端、私の中のスイッチが切れた。
冷蔵庫の中には、作り置きのおかず。タッパーにはなんの料理が入っているかがわかるようにイラスト付きの紙が貼られていた。
きんぴらごぼう…、野菜の肉巻き(このままレンジで温めて!)…、などと書かれている。ドアポケットに目をやると、カルーアミルク、ピーチフィズ、甘めなお酒と鉄分補給のドリンク…。
それを見た瞬間、「ココハ、ワタシノイルベキバショジャナイ」
頭がクラっとして思考回路が止まるのを感じた。
「先生…、ごめん。私今日は帰るね」
「莉子!」
「ううん。いいの。私ちょっと用事を思い出したから」
ソファーに戻り、ジャケットとバッグを掴むと玄関へ急いだ。
心の中で「この想いは性欲だけだ。恋じゃなかった」と何度もつぶやいた。そうでもしなければ涙がこぼれてしまう。
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