記憶の魔女の涙と恋

瀬野凜花

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32 不穏の足音~1~

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 ある曇った日、街に出ると新聞売りの少年が「号外!」と叫んで走り回っていた。人々は新聞を片手にけわしい表情で話している。
 どうしよう。明らかに雰囲気が異様だ。殺人犯が逃亡中だとか、そういうニュースだろうか。気になるけど、正直新聞を買うお金ももったいない。

「ティアさん」

 振り向くとイーサンが立っていて、やはり新聞を持っていた。

「おはよう。良かったらこれ、読む?」
「おはよう。いいの? ありがとう」

 イーサンの好意に甘えてありがたく受け取り、見出しに目を通す。大きな字で書かれた『隣国からの宣戦布告』というニュースに息を呑んだ。

「……戦争が、始まるの?」
「そうだと思うよ。よほどの戦況にならない限り、ぼくらのようなただの市民は徴兵されないだろうけど、生活への影響は間違いなく大きいよね」

 私たちは、この国はどうなってしまうのだろうか。
 もう何十年もこの国は他国との戦争をしていない。戦争の話は祖母から軽く聞いた程度だ。当時は食糧が戦地に送られ、国民の生活は困窮したらしい。

 食料など生きていくのに最低限必要な物を買うので精一杯で記憶の魔法に頼る余裕などなく、祖母の店は戦争が始まってからしばらくほとんど依頼がなかったそうだ。
 一方で、戦争が終わりに近づくと戦時中のトラウマを消してほしいという内容の依頼が来るようになり、そのお客さまから噂が広がって依頼が殺到したのだとか。魔法により祖母自身の記憶も消えるとはいえ、カウンセリングをしたり消す瞬間にお客さまの記憶を見たりし続けたストレスで精神的に疲弊したと言っていた。

 今回も当時のようになってしまうのだろうか。隣国とは国交があり観光客なども訪れるから、まさか宣戦布告されるなんて思ってもみなかった。

「カイルさんなら、何か知ってるかな」

 つぶやくと、イーサンは首を傾げた。

「カイルって、誰? お客さん?」
「イーサンは前に会ったよ」
「は、あの時の男かよ」
「ちょっと、失礼よ」

 顔を歪めて吐き捨てるように言ったイーサンをたしなめる。普段はそんなことを言わないのにどうしちゃったんだろう。やっぱり、戦争のニュースがストレスなのかな。
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