記憶の魔女の涙と恋

瀬野凜花

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38 不穏の足音~7~

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 カイルさんが店に来なくなってから、私は毎日寂しさを抱えるようになっていた。カイルさんが来るようになる前は今の状況が普通で、当たり前で、寂しいと思ったことはなかったのに。
 私はカイルさんの影響で欲張りになってしまったのかもしれない。

 騎士であるカイルさんのためにも、魔女と関わりを持たない方がいい。
 そう思って、最初は距離を保とうと思っていたはずなのに、いつの間にかカイルさんを私の心の中の深いところに入れてしまっていた。

「カイルさんが、好き」

 誰もいない店でつぶやく。初めて口にした想いは、カイルさんに届くことなく消えて行った。

 その時、急にドアが開く音が聞こえて慌てて振り向いた。そこには、以前と同じように濃紺のローブを着たベラさんが立っていた。

「いらっしゃいませ」
「ごきげんよう」

 思わずベラさんの後ろにカイルさんを探した。あの時のように護衛の騎士としてついてきていないのだろうかと。
 そんな私のことを、ベラさんは唇を横に引き結んで見つめた。

「彼はいないわ」

 そう、なのね。
 落胆の気持ちを表情に出してしまわないように表情筋を引き締めた。

「お座りください」

 椅子を引いて指し示すと、ベラさんは優雅に着席した。

「あなたに頼って良かったわ。今は犬が大好きなの。昔はどうして苦手だったのかしら。理由は分からないけど、感謝しているわ。きっとあなたの魔法のおかげなのでしょうから」

 褒められて気分が上がる。カイルさんと出会うきっかけにもなったベラさんのご依頼のことは、私も印象に残っていた。その後ベラさんが無事に幸せな結婚生活を送れているのかはずっと気になっていた。

 しかし、ベラさんの次の言葉を聞いた瞬間、私は思わず息を止めた。

「でもね、あなたに依頼したことを後悔しているのよ。特に、彼とあなたを出会わせてしまったことをね。私が犬を克服したいから手っ取り早く魔法で解決したいだなんていうわがままのせいで」

 ベラさんは、表情を硬くした私を無表情に眺めて言葉を続けた。

「嫁いでみれば、優しい方々だった。犬が嫌いだと言っても許してくれたのではないかと思うほどにね。そもそも、なぜ犬が苦手だったのかは魔法のせいで忘れてしまったけど、あなたに頼らず自力で解決することもできたのではないかしら。あんなにかわいいのだから、覚悟を決めて関わってみればすぐにわかったはずだわ」

 どうして後悔しているのか、聞きたいけれど声が出ない。どうして。まさか、危惧していたことがおこってしまったの?

「今さら後悔してもしかたがないわね。私が浅はかだったから、彼を巻き込んでしまった」

 紅茶を飲みながら、ベラさんは低い声を発した。

「今日はね、彼ではない騎士を護衛として連れてきたの。でも、少し離れた場所で待たせているわ。彼のようになっては申し訳ないから」
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