翠の桜

蕾

4

「姫様、文が届いております」

「そう、ありがとう」

業平殿が帰った後、しばらく呆けていた私に女房から声が掛かった
我に返って差し出された文を受け取る
それは美しい花に結ばれ、上品な香が焚き染められた綺麗な薄様の紙

一目で恋文だとわかるそれに僅かに首をかしげた

業平殿との縁談が決まってから、毎日のように届いていたこの手の文は一切届かなくなっていたのに…何故?

疑問を抱きながらもそれを開く


“あひ見ての　後の心に　くらぶれば
むかしは物を　おもはざりけり”


「・・・なっ!!」


文の内容に思わず声が上がる
この筆跡にこの内容
間違いなく私の婚約者である業平殿からのものだ

なんで?今まで私宛に文なんてよこしたことなかったのに…
それに何よこの内容?
これじやまるで・・・


「後朝の歌みたいじゃない・・・」


自分で呟いた言葉で顔に熱が集まる
周りにいる女房たちに悟られないように俯くと声がかけられた


「姫様、お返事を差し上げませんと」

「・・・そ、そうね」


何とか答えて筆を手に取り自分に言い聞かせる

いつものようにからかわれているだけ
たいした意味なんてあるわけないわ

そして筆を滑らせた



“音に聞く　高師の浦の　あだ波は　
かけじや袖の　濡れもこそすれ”


ちょっと嫌味っぽすぎるかしら…
でも彼が浮気者だと評判なのは本当のことだし…
これでいいわよね…?

迷いながらも文を折り畳み、彼のところへ届けるように命じた