元聖女様は好きな人と結婚したい

れぐまき

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馬車の扉が閉まり、外の音が遠のく。
小さく揺れたあと、ゆっくりと車輪が動き出した。

王室の大きな馬車。
だが、屋敷でテーブル越しに向かい合うのとはわけが違う。
広がるドレスの裾が足に触れ、さらに距離が近い事を意識する。

布の擦れる小さな音。ほのかな甘い香り。

…落ち着かない。

視線を窓の外に逃がしていると、彼女がくすりと笑った。

「ロナウド様」

名前を呼ばれ、肩がわずかに跳ねる。
外を見たままというわけにもいかず、ギシリと音が鳴りそうな動きで彼女へ視線を動かした。

「…どう、されましたか」
「今日の貴方は私のエスコートなのでしょう?せっかくならお話したいわ」

柔らかい笑顔でいいでしょ?と首を傾げる元聖女様。

……正しい。
エスコートなのだから、何かしら女性の気分を盛り上げる話でもするべきだ。
だが…

「………申し訳ございません。剣一筋で参りましたので、気の利いた話題を持ち合わせていないのです」

彼女を称賛する言葉も、ありきたりな聞き飽きた表現しか浮かばない。
彼女のように教養高く高貴な方と、俺のような無骨な人間が交わせるような話題がないのだ。

自分が不甲斐ない。
頭を下げると、彼女はきょとんと目を丸くしてからまた笑った。

「真面目ねぇ?そんなに難しく考えなくていいのよ?普通に雑談してくれれば、私は楽しいもの」

くすくすと笑う声に顔を上げると、彼女は楽しげにこちらを見ている。

「雑談、ですか…」
「そう。例えば…」

少し間を置き、彼女は続ける。

「私の好きな色は、藍色だと教えたしょう?貴方の好きな色は?」
「……」

好きな色。
問われた瞬間、思考するより先に浮かんだのは、新緑。
柔らかく細められる時も、まっすぐにこちらを見る時も、どこまでも澄んだ、煌めくあの色だった。

「……っ」

駄目だ。
これは答えるべきではない。
彼女を思い浮かべてしまったのならなおさらだ。
何か、他の色…

「…」

視界の端で、藍色が揺れた。
向かいに座る彼女のドレス。
深く、静かに沈む夜のような色が、ふと目に入る。

「……俺も、藍色…でしょうか」

気付けば、口がそう答えていた。
彼女の好きな色と同じ色はどうかとも思ったが、よくある無難な色でもある。
おかしくは無いだろうと思い直す。

「あら、貴方も藍色が好きなの?」

答えを聞いた元聖女様が、少し意外そうに、けれどどこか嬉しげに微笑む。

「はい」
「そう。いいわね」

細められた新緑の瞳が、じっとこちらを見る。

「貴方は好きな色を、いつでも見られるのね」
「……いつでも?」

言葉の意味が分からず繰り返す。
しかし彼女はそれ以上何も言わず、ただ楽しげに微笑むだけ。

「…あら、もう着いてしまうわね」

窓の外を確認する。見慣れた景色がひろがっていた。
速度が緩やかに落ち、御者の声と共に馬車が完全に停止する。

「名残惜しいけど、行かなくてはいけないわねぇ…」

ふぅ…と小さくため息をついた彼女が膝に乗せていた扇を手に取る。
それを合図に、俺も開かれた扉から外に出た。

胸の奥に残る、説明のつかない違和感。
先ほどの言葉の意味がわからない。もっと言うなら名残惜しい…とは、何がだろうか。
…考えている時間は、ない。

「……参りましょう」

差し出した手。
彼女手が再び俺の手に乗せられた。
先ほどの感覚を思い出し、僅かに身体に力が入る。今度は意識しすぎないように、気を引き締めた。

「ありがとう」

優雅な仕草で馬車を降り、にっこりと微笑む彼女を、俺は慎重に陛下の待つ控室へとエスコートした。
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