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四つ目の日記

地下通路探索

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★前回のあらすじみたいなもの。
 ファラさんが王都に行き、僕とミアさんは別のチームと合流していた。
 クジ引きで決められたのは、知り合いのアーリアさんと、その相棒のグリアさんである。
 チームの連携をとる為に、町の外を回ったりして三日。
 この日はスラーさんから別の仕事を言い渡された。
 ギルド内部から続く地下通路を調べて欲しいというもので、僕達四人はその仕事を受けたのだった。
 案内された地下通路に入って行くが、黒鉄虫によりアーリアさんとグリアさんが無力化されてしまう。


 クー・ライズ・ライト (僕)
 ミア・ミスト・レイン(元賞金首)
 アリーア・クロフォード・ストラバス(管理お姉さん)
 グリア・ノート・クリステル(お姉さんの相棒)
 ランズ・ライズ・ライト (父)
 ファラ・ステラ・ラビス(護衛の人)
 フェイ・ステラ・ラビス(ファラの父親)
 スラー・ミスト・レイン(僕の上司)
 ディザリア・エルス・プリースト(破壊教)
 デッドロック・ブラッドバイド(冒険者)
 ミカグラ・ツキコ(デッドロックさんの相棒)


 この地下通路に入って数十分、まだ僕達は扉の前の入り口に居た。

「クーちゃんが……腕を貸してくれるなら……ヒック……」

 アーリアさんの目には涙が。

「君、お願いだ、私を離さないでくれ!」

 グリアさんも同様に、悲し気な表情で僕を見つめている。

「それで進んでくれるのなら……」

 っと二人の頼みを聞くしか無く、僕はそれを受け入れた。
 階段を下りながら移動を始めたのだけど、二人の女性に両腕をガッチリロックされ、僕は全く動けなくなっている。
 怖がって震えているとはいえ、前衛を務める人達だ。
 後衛である僕がどうなるかといえば。

「ちょっとちょっと、痛い痛い痛い! 関節が決まってますマジで! 腕を掴むのはいいけど足はおろしてください!」

 僕の足は地面に着かないし、肩の辺りには関節を決められているように痛みが走っている。

「で、でもお姉さん怖いし……」

 アーリアさんの足は震えているが、腕はギュッと力が入っている。
 片手で相手の攻撃を受け止めるだけあって握力が強い。
 とても痛い。

「君ィ、私を助けてくれ! この地下通路を出たら何でも言うことを聞く。何でもだ! お願いだ、私を護ってくれ!」

 グリアさんも足を震わせている。
 それに比例して腕の力が増すのはアーリアさんと同じだ。
 超重量の武器を扱うだけあってこちらの握力も強い。
 やはりものすごく痛い。

 何でも言うことを聞いてくれるのは魅力的な提案だが、地下通路を脱出するまでとか、とても無理である。
 その内全身の骨がバラバラに砕け散りそうだ。

「ア、ムシだ! タベタイ!」

 その動きをジッと見つめるミアさん。
 手を伸ばすのは我慢しているのだけど、こちらにとっては致命的な言葉だった。

「ああああああ!」

「いやああああああああ!」

 アーリアさんとグリアさんの力が上がり、僕の関節に痛みが増している。

「ぎゃああああああああああああ!」

 僕にとっては黒鉄虫や魔物よりも、両側の女性達の方が恐怖の対象だ。
 そんな二人が僕から手を放し、入り口に逃げ帰って行く。
 持ち上げる人が居なくなり、足が地面に着かない僕がどうなったのか。

「ぐふううう」

 着地に失敗し、ツルッと滑って頭を打ち付けてしまった。
 冒険者としてレベルを上げていなければ危なかっただろう。

「ヨメ、ダイジョウブか?」

 この中ではミアさんだけが救いである。

「……大丈夫じゃないです。このままダメージが増え続けたら死ねそうですよ。いっそ置いて行ってしまいましょうか……」

「「置いていかないでええええええええ!」」

 僕の発言と共に、入り口から二人の声が聞こえて来る。
 どうやら向うにも聞こえていたらしい。
 また説得をするのは時間が掛かるし面倒だ。
 一度だけ声をかけて、来なかったら置いて行くとしよう。

「一分だけ待ちますから、来なかったら置いて行きますね。それと、もう僕の腕は掴まないでください……じゃあ数えますからね。いーち、にーい、さーん……ろくじゅう。……ふう、じゃあ行きましょうミアさん」

「ウン、イクぞ!」

「「いやああああああああああああ!」」

 僕とミアさんは、聞こえる声を無視して歩き出すのだけど、入り口に居た二人は、ガッチリ体を抱き合いながらこちらに走って来ている。
 じつは僕達がこの通路を抜けだせば、入り口の扉を開けることも出来たんだけど。
 それまで待てなかったのかもしれない。

 ……それとも、頭が回らなかっただけかも?

「クーちゃあああああん!」

「君ぃいいい!」

 二人が再び僕の腕にしがみ付こうとして来る。
 だが僕は、もうその手には乗らない。
 サッと身を躱しミアさんの後ろへ隠れると、二人はに抱き付くことはせずに、ジリっと動きを止めた。

 今ミアさんの手に黒鉄虫はないが、二人は抱き付くかどうかを決めかねている。
 まあこれで進めるかなと、僕はミアさんを盾にしながら進み始めた。
 というか、相当時間が経っているのに階段を下りた所までしか進んでいない。
 先のことが思いやられる。

「じゃあ地図を見ながら行きますから、ついてきてくださいよ皆さん」

 僕は今度こそ進もうと、皆に声を掛けた。

「ウン、イクぞ!」

 相変わらずミアさんは元気がいい。

「お姉ちゃん怖いわ……」

「君ぃ、ゆっくりだ、ゆっくり頼む……お願いだ、ゆっくり、ゆっくり……」

 アーリアさんとグリアさんは恐怖にとらわれている。
 天井からポチャンと水が落ち、下に溜っていた水溜まりに跳ねただけでも。

「「あああああああああああ!?」」

 こんな感じだ。
 もう二人の顔は恐怖する少女のもので、歴戦の兵の顔ではなくなっている。
 まあ可愛らしいといえば可愛らしいのだけど、万が一魔物が出た時どうなるか考えたくはない。

 何時までも気にしていても仕方ないからと、僕は地図を見返した。
 この地下通路自体の構造は単純なものらしい。
 途中途中で分かれ道があり、それが三回続いているだけだ。
 この地図の通りなら印をつけるまでもないだろう。

 一応仕事だから全部調べるつもりなのだけど、役に立たないこの二人は、一度出口に置いて来た方がいいだろうか?
 そう考えならが移動を続けていると、一本目の分かれ道が見えて来た。
 正解は右の道だが、今回は左に行ってみようと思う。

「こっちが正解みたいなんで行ってみましょうか」

 僕は左の道を指さした。

「こっちに行けば出れるのね? お姉さん少し安心したわ」

 黒鉄虫の姿もあまり見えなくなり、アーリアさんは少し落ち着いている。

「わ、私は、全然平気、だよ。……ひっ、あああ、やっぱりダメ。ダメ、ダメえええええ!」

 アーリアさんとは違い、グリアさんの方は全然駄目そうである。
 そしてなんか発言がエロい。

「はいはいこっちですよ、ついて来てくださ~い」

 でも僕はそれを気にせず道を進んで行く。
 もちろんこの先は行き止まりである。

「あれ、間違ったかな?」

 と、突き当りを発見した僕は、なるべく普通の口調で言ってみた。
 見た限りでは何もないし、別に何かがある訳でもなさそうだ。

「ヨメ、アイツらスワってイルぞ」

「うん?」

 ミアさんの言葉に後ろを振り向いてみると、二人共地面にうずくまっていた。

「うう、クーちゃんったら酷いわ。地図も読めないなんて……お姉さん悲しい」

 アーリアさん、僕だって地図ぐらい読めますよ。
 ワザと間違えただけです。

「君は意地悪だ、私はこんなにも苦しんでいるというのに。早く出してくれ! 出して! 出してえええええ!」

 突き当りに絶望して絶叫しているグリアさん。
 今まで通りである。
 まあ敵もいないし、僕は二人をミアさんに任せて奥の壁を確認した。
 やはり何もないようだ。
 これで一本目終了。

「確認してみたけど、こっちではないみたいですよ。もしかしたら地図が間違ってたのかもしれませんね。別の道を行ってみましょう」

 僕は移動しようと提案するが。

「クーちゃん、お姉さん腰が抜けて動けないわ。おんぶして」

「君、私はもうダメかもしれないんだ。出口まで抱っこしてつれていってくれないか……」

 またも二人は無茶なことを言っている。

「そもそも一人運ぶのも無理なので、歩いてくれないなら置いて行きますよ。じゃあ行きましょうかミアさん」

 ミアさんからの返事がない。
 どうしたのかと見るのだが、ミアさんは何か天井の辺りを見つめていた。
 あそこには何もな……いや、黒鉄虫が一匹天井を歩いている。
 また暴れるし、言わなくてもいいだろうと考えていたが、黒鉄虫は段差を越えようと無理な体勢に。

「アッ、オチタ!」

 あろうことか、そこには丁度グリアさんの頭が。
 ポトっと落ちたのには本人も気づいただろう。
 髪の上でカサッと動く感覚に、世界が終わったような表情になっていた。

「グリアさん、落ち着いてください。それはタダの岩の破片です」

 グリアさんは震えながら首を動かすのだが、それを見た相棒のアーリアさんは、ズザザっと後ずさり、距離をとっている。

「グリアちゃんごめんなさい! 私にも無理なものは無理なのよ!」

 アーリアさんの反応に、それが何なのかを気付いてしまったらしい。

「取ってください……」

 グリアさんは僕を見て涙を垂らしている。
 黒鉄虫が動く度に髪の毛にからまり、もう自力での脱出は困難だろう。
 僕も触りたくはないけど、まあ仕方がない。

「えっと、動かないでくださいね」

 僕はそう言って、グリアさんの髪に手を伸ばした。

「ううう、動けないから大丈夫」

 グリアさんは子猫のように震えている。

「そうですか……」

 僕はグリアさんの髪の毛に絡みついた黒鉄虫を丁重に取り除き、遠くにポイっと投げ捨てた。
 それをパシッと掴んで後ろを向いたミアさん。
 何かモグモグしているように見える。
 我慢できなかったのだろうか?

 ミアさんはいいとして、グリアさんの方は……。
 また落ちて来ないかと天井や壁を見回し、震えながら僕を見つめていた。
 口を開き出た言葉は。

「わ、私、決めた。我が君、貴方にこの命を捧げようと思います!」

 っと、何か妙なことを言っている。
 可哀想に、きっとショックのあまり頭がやられてしまったのだろう。

「じゃあ行きましょうか、急がないとまた出て来ますよ」

「ううう、お姉さん早く出たいわ」

「ワタシ、タノシイぞ!」

 僕とミアさんとアーリアさんは、グリアさんの横をすり抜け、地下の通路を進んで行った。

「待ってえええええ、我が君いいいいいい! 置いて行かないでええええええ!」

 本当に置いていったら、グリアさんは全力で走って来た。



 グリアさんは、僕の服の端を掴んでいる。
 まあ腕を掴まれるよりは随分マシだろう。

「わ、我が君、黒鉄虫以外は護るから、黒鉄虫からだけは護ってくれ!」

 グリアさんは震えながらも、何か期待された眼差しを向けている。
 僕だって積極的に触りたくないし嫌なのだけど。

「クーちゃん、お姉ちゃんも……護って」

 アーリアさんは腰をかがめ、上目づかいで僕に頼んでいた。
 もちろん足はガクガクと震えている。
 泣き叫んでも駄目だと知ったら、今度は色香を使いだしたのだろうか?

 このアーリアさんはいつも通りだとして、グリアさんはこの通路から出たらどうなるか分からない。
 今までのことを引っくり返し、ここぞとばかりに反撃に出るかもしれない。

「そーですねー」

 僕は適当に返事をして前に進んで行く。
 ちなみに、荷物が二つくっ付いて早く動けない僕より先に、ミアさんが先行している。

「ヨメ、ワカレみち、アッた!」

 ミアさんは道の先を指さしている。

「え~っと、そこの道は……また左ですね。じゃあ行ってみましょう」

 とうぜんだけど、左の道は行き止まりだ。
 僕はその道を進もうとするのだけど、足を上げても一向に進んで行かない。
 なぜならば、後ろから二人に掴まれているからなのだ。

「お姉ちゃん、クーちゃんのことは信じているわ。でもクーちゃんったら地図読めないのよね?」

「我が君、地図を確認させてくれ。私が確認をしてみるから」

 やはり二人共簡単には騙されてくれないようだ。
 だとしても、見せたらバレるので見せる訳にはいかない。

「大丈夫です、合ってますから」

 僕は懐に地図をしまい、再び進もうとするのだけど、やはり足は進まない。
 二人共そんなに地下通路から出たいのだろうか?

「ふぅ、そんなに僕が信用できないのなら見てもいいですよ。じゃあチームとしては解散ですね。頑張ってくださいお二人共」

 僕は懐から地図を取り出し、丸めたまま二人の前に突き出した。

「「えっ?」」

 二人は地図を片手で受け取り、僕の服を掴んだ手をポロっと手放した。
 もう地図の内容は頭に入っているし、あとは迷う事もない。

「ではお二人共、いってらっしゃーい」

 僕は軽く手を振り、左の道を進むのだが。

「お、お姉ちゃん、クーちゃんを信じようと思うの! だから……」

「我が君、私は貴方を信じている! だから……」

「「見捨てないで!」」

 二人共ついて来てくれたけど、この道は間違った道なのだ。
 進んで行ったら二人にバレるけど、さてどうしよう?
 ……まあその時になったら考えればいいだろう。

「ヨメ、テキダぞ!」

 先に行ったミアさんの声が聞こえる。

「おっと、魔物が入り込んでいたみたいですね。二人共、出番ですよ!」

「……クーちゃん、ここで戦わなきゃ駄目なの? お姉ちゃん、怖い……」

 黒鉄虫のはいずり回るここでは、アーリアさんはやりたくないみたいだ。

「……我が君、確かにさっきは黒鉄虫以外任せろと言いましたが、ここではちょっと……」

 グリアさんも同様だった。
 この地下通路に入ってから二人ともポンコツに成り下がっている。
 自分達で脱出してくれたら楽なのに、それも出来ないとは。

「やっぱりもう帰ってください」

「「やだあああああああああ!」」

 どうにもならない二人を無視し、僕は結界の為の二つの鉄棒を地面に突き立てた。
 そして直ぐに左の通路を進んで行く。
 通路の先にはミアさんが魔物と戦っている。
 相手は……。

「え、ミノタウロス!? まさか鍵が壊された?」

 僕はその魔物の姿に驚いた。
 巨人の体に牛の顔がついた姿は、とても有名である。
 ただ、人々に知れ渡った魔物だとしても、その能力値は謎が多い。
 防御職であれ、手に持つ大振りのメイスに耐えるのは困難だからだ。

 そのミノタウロスを相手に、ミアさんは優位に戦っているかに見える。

「ウシ、タベる!」

 今の所は洞窟の狭さを利用して、少しずつダメージを与えているようだ。
 ただ、あれは断じて牛ではない。

「ミアさん、勘違いしちゃダメです。あんなもん牛じゃないですからね!」

「エッ? ウシチガウのか!?」

「ンモオオオオオオオオ!」

「……ウシダぞ?」

「違います。あれは顔が牛なだけですから!」

「ウウウ、ムズカしい……」

 ミアさんは攻撃をしながら頭を抱えている。
 少し悩ませてしまったらしい。

「が、頑張って、ミアちゃん。お姉さん応援してるわ!」

「クッ、黒鉄虫さえ居なければ私もいけるのに……」

 ポンコツ二人の言葉は聞き流すとして、あのミノタウロスはミアさんだけで倒せる魔物ではない。
 つけられた傷も次第に塞がり、無傷に戻っている。
 これでは延々に倒せないだろう。

「きゃあああ、黒鉄虫イイイイイイイ! クーちゃん助けてえええええ!」

「いやああああああああ! 我が君、我が君いいいいい!」

 この二人が使い物になれば別なのだけど。
 しかし状況は変わらないし、何時までも言っていても仕方がない。
 今は僕が参戦して勝てるかどうかが重要だ。

「ウシイイイイイイイ!」

「ブモオオオオオオオオ!」

 ミアさんと僕が全力で戦って勝てなければ意味がない。
 一応ここに結界を作り出せば、ミノタウロスの回復能力を奪うことは出来るが、見る限りあまり強いものではないらしい。
 予想値として、増えて百が精々だろうか。

 百の数字で勝てる方法は……駄目だ、どう考えても勝てる未来が見えない。
 いっそこの地下通路から脱出したら。

「そこよ、いいわよミアちゃん!」

「右から攻撃が来るぞ。気を付けてミア!」

 周りにビクビクしながら応援を続けるこの二人も、外に出たら使えるようになるかも知れない。
 しかしそれには、この地下通路に他の魔物が居ないことが条件だ。
 もしいた場合は、この僕を含め頼りない二人に任せなければならない。
 まあこの状況を脱出するには、やるしかないだろう。

「ミアさん、外へ誘導しますから付いて来てください! お二人もお願いしますよ本当に」

 僕は三人に声を掛けた。

「ワカッタぞ!」

 ミアさんは跳び回りながら元気に返事をしている。

「う、うんお姉さんに任せて」

 任せられないアーリアさんが、任せてと言っている。

「我が君、出来る限りは、出来る限りだけなら頑張るよ!」

 きっとできないグリアさん。
 逃げ遅れても助けられないですからね。

「じゃあこっちです」

 僕は先頭を走る。
 後ろからアーリアさんとグリアさん、そしてミアさんがミノタウロスを連れて来た。
 急いで結界の為の鉄棒を引き抜き、道の分岐路で正解の道を選ぶ。
 敵は……。

「うわ、居たし!」

 僕が見つけたのは腰ぐらいまであるスライムだ。
 本来僕達にとっては相手にもならない存在だが、ゼリー状の体内には見たことがあるような虫の足や翅っぽいものが無数に浮いている。
 このスライムは、黒鉄虫にとっての捕食者なのだろう。

 是非頑張ってもらいたい所だけど、二人の足が止まっては困る。
 ここは僕が!

「たああああああ!」

 走る勢いのままに、持っていた鉄棒を叩き落した。
 スライムはパンと弾け、僕の体が汚れてしまう。
 でもそれを気にする時間はない。
 後ろからは。

「きゃあああああ!」

「あああああ、我が君、我が君いいいいい! 一緒に、一緒にいいいい!」

 ポンコツ二人が泣きながら走って来ている。
 凶悪そうなミノタウロスより、やっぱり黒鉄虫の方が嫌みたいだ。
 でもこの調子なら別に問題は……。

「おわぁ、何で出て来るんですか!?」

 僕が最後の別れ道を右に曲がった瞬間、目の前にオークを発見してしまう。
 こちらに気付き、武器を構えようとするのだが、後ろから来るミノタウロスを見て逃げて行く。
 オークを追い掛けているような状態で、妙な行列になりながら地下通路の出口を発見した。
 先には大きな格子に人が通れる扉がある。
 でもそれは壊されていなくて、鍵は掛けられたままのようだ。

「カギカギカギカギカギカギカギカギィ!」

 僕は懐にしまってあった出口の鍵を取り出す。
 オークは先に格子の前に到着していて、なんとか開けようと頑張っている。
 でもその程度で開けられる物ではなさそうだ。
 僕はオークが慌てふためいている間に、扉についた鍵穴に鍵を差し込んだ。

「よし、これで!」

 バキィっと、扉を開ける前に、カギが根本から粉砕した。
 何故今!?
 これじゃあもう開けることが出来ないじゃないか。

「ちょ、えっ、あっ、えええええ!?」

 格子を叩くオークと混乱する僕。
 一瞬口を開けて止まるしかなかったが、僕は首を振って次の行動を考える。

「開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けてええええ!」

「ああああああ、もう嫌だ! 我が君、助けてええええええ!」

 泣き叫びながら向かって来るアーリアさんとグリアさん。

「ウシ、ニク! ウシ、ニク!」

「ブオオオオオオオオオオオオ!」

 以外と楽しそうなミアさんと、でっかいミノタウロス。
 後ろはもう混雑状態だ。
 僕がやれることといったら……。

「こ、こうなったら! たあああああ!」

 オーク君に犠牲になってもらうことぐらいだろう。

「ピギイイイイイイ!?」

 僕は怯えるオークの背中を掴み、全力でミノタウロスの前にまで引き倒した。
 確実に倒せる絶好の得物を得たミノタウロスは、僕達より先にオークに狙いを定めた。

「今の内に逃げますよ!」

「ああああああああああああ!」

「我が君いいいいいいいいいい!」

「ウシ、ウシ!」

 ミノタウロスが大きくメイスを振り上げている間に、僕達はその横をすり抜けた。


 ミノタウロスから逃げ出した僕達は、最後の行き止まりの道を進んでいる。
 格子が壊されていないのなら、この道が抜け道になっているはずだ。
 そうじゃないと僕達が困る。

「やっぱり抜け道がありました! あとはもうこの道にかけるしかないです!」

 僕が発見したのは、地図にない横道だった。
 ミノタウロスが通り抜けれるのだから僕達も余裕で通り抜けられるものだ。
 あのミノタウロスが追って来ると厄介なので、直ぐに道を進んで行った。
 どうやらこの通路はかなり新しいものらしく、頻繁に見られた虫の姿が消えている。

「! ……ここ、黒鉄虫の気配がないわ! グリアちゃん、私達助かったのよ!」

 アーリアさんはシュババっと首を動かしながら、黒鉄虫から逃げられたことに歓喜している。

「神様、ありがとう! 我が君、私はもう平気だ。どんな魔物が来ても叩きのめすから!」

 それを知ったグリアさんはシャキッと立ち直り、凛々しかった姿を取り戻した。
 やる気は充分だろうけど、この道にも黒鉄虫が入り込んで来たらポンコツになるだろう。

「ウシ、ウマイぞ?」

 ミアさんは、まだミノタウロスを狙っているようだ。

「ミアさん、もう一度言いますけど、あれは食べないですよ」

「ウシニク、ホシイ……」

 ミアさんの口元からはヨダレが垂れている。
 もう地下通路に入ってから二時間ぐらい経っているし、お腹が空いたのかも知れない。

「それはファラさんが帰って来てからお願いしてください。今の僕には現金が足りませんので」

「ウウゥ、ワカッタぞ」

 ガッカリしているミアさんだけど。

「安心してミアちゃん、ここから出たらお姉さんがご馳走してあげるわよ! さあ早く着いて来て!」

 今や怖いものが消え去って調子に乗ったアーリアさんが、ミアさんにお肉をご馳走してくれるらしい。

「ニク、タベる!」

 それに喜ぶミアさん。

「待てアーリア、私が先頭を行こう。今まで休んでいた分取り戻さなければな。我が君、見ていてください私の活躍を!」

 先頭を行くアーリアさんに、いいところを見せたいグリアさんが申し出た。

「グリアちゃん、だったら競争よ! さあ行くわよとおおおおおおお!」

「ずるいぞアーリア! でも負けないから!」

 二人が前を走り、それを追ってミアさんが続く。
 さて、僕も行くとしようか。

 僕達が歩き続けること数十分。
 一本道がクネクネして続いている。
 今の所、魔物が居るような気配はしていないのだが。

「クーちゃん大変よ! ここ魔物の巣だったわ!」

「まさかこれほどの規模の巣があるとは」

 先頭を進む二人が何かを発見したようだ。

「マジですか!?」

 二人の声に反応して、僕も急いで前に進む。
 出た先には、広い空間がある。
 その場所は確かに巣と言える場所だった。
 無数に造られた丸い住居のような穴や、広場の至る所にオークが転がっている。

 だが、その全てが倒されているようだ。
 傷口からみると、あのミノタウロスがやったものだろう。

「我が君、ここに道がある。きっと外に続く道だ。さあ行ってみよう!」

 っとグリアさんが僕に掌を向けている。
 これがファラさんだったら殴られるし、ミアさんならカジられるだろう。
 アーリアさんなら抱きしめられた後に自分の物にしようと罠を仕掛けて来る。
 グリアさんは……?

 危険度は不明だし、やめておこう。

「はい、行きましょう」

 そう言って僕は横をすり抜けて行く。

「我が君いいいいい! 手を、手をおおおおおおおおおお!」

 涙ながらに訴えて来るが、この地下通路に入ってから見慣れたものだ。
 やはりやめておこう。
 僕達三人が進むと、グリアさんも後ろをついて来た。
 たまにいるスライムを叩きながら道を進むと、外の光が見えて来る。

「やっと出れた」

「ウゥ、マブシイぞ」

 外に出て景色を見渡すと、遠くに町が見えている。
 あれはきっとローザリアの町だろう。

「え~っとここは?」

 僕は地図を見て場所を確認する。
 今居る場所はというと、ローザリアの南、かつてフェイさんの屋敷があった近くだろう。
 五本の木が生えた中心地に、大きな岩の影に隠された場所である。

「ああ、私達は助かったのね」

 アーリアさんの右目からツーっと涙が垂れた。
 主に黒鉄虫が嫌だったのだろう。

「アーリア、この仕事は大変なものだった。この場所は二度と入れないように封印をしよう!」

 グリアさんは大きな剣を構え、洞窟を崩そうとしている。

「わかったわ、グリアちゃん!」

 アーリアさんもそれに賛同するのだが、ここは地下通路の唯一の出口である。

「壊したい気持ちは分からなくもないですけど、僕達にそんな権限はないですからね。カギが壊れてもここは大事な脱出路なんですから。壊すにしてもスラーさんに相談してからです」

「「えええええええええ!?」」

 二人から驚きの声が聞こえる。

「それにですよ、もしここを壊してしまったら、ミノタウロスの退治にギルドにある扉を通らないといけなくなりますよ?」

 僕はもう一言いっといた。

「「「えええええええええええええ!?」」」

 今度は二人と一緒にミアさんまで声を出している。
 楽しそうだと思ったのだろう。
 まあでも、ミノタウロスの討伐に駆り出されるのは確実だろう。
 ここは冒険者にも秘密にされた脱出通路なのだから。

「え~っと、ここかな?」

 僕は地図に今の場所を書き記す。

「じゃあもう一度戻りましょうか。どうせミノタウロスも退治しなきゃいけないですし」

「クーちゃん、お姉さんはそれには反対よ! 一度帰って体を洗ってから出直しましょう!」

「そうだぞ我が君! 私達の心情も考えてくれ!」

「ワタシ、オナかヘリヘリ」

「確かにお腹は空きましたね。じゃあお弁当を食べたら戻りましょう。ちなみにお二人の意見は却下で」

「クーちゃん、まさか言うことを聞いてほしいなら今晩付き合えっていうのね? お姉さんそれでもいいわ! だから、ねっ。ねっ?」

「確かに仕えるとは言った。だが体まで……仕方ない。今回だけだ。今回だけだぞ! だから、お願いだ我が君! 私を町に帰してくれ!」

 そこまで黒鉄虫が嫌なのか?
 しかしこれは罠だ。
 受け入れてしまった次の日には、ギルド内部に拡散されるだろう。
 アーリアさんにはそんな前科がある。

 僕の平穏な暮らしの為にも絶対聞いてはいけないのだ。

「ふう、ごめんなさい。要りません。それに帰ったらあの扉から入らなきゃいけないですよ? 二度手間になりますから」

 僕はキッパリ断った。

「クーちゃん酷ーい!」

「我が君、私では気に入らないのか!?」

 今度は何故か怒り出すアーリアさんとグリアさん。
 しかし僕は気にせずお弁当を取り出した。

「ミアさんご飯ですよー」

「メシ、クウ!」

 僕はミアさんにお弁当を手渡し、美味しく食べていた。

「ヨメ、ウマイな! ウマイな!」

「美味しいですね」

「お二人の分もありますから、置いておきますね」

 そんな僕達を見ていて、怒っていた二人もご飯を食べ始める。

「クーちゃんったら、お姉さんの胃袋を掴もうっていうのね。……そんな手には……クーちゃん大好き!」

「このような物で私は……クゥ、天の恵みか……」

 ちなみにこれはギルドが作ってくれた物で、僕が作った物ではない。
 そんな物にチョロくやられてしまったらしい。
 美味しくお腹を満たした僕達は、また洞窟に入ろうとしていた。

「あそこは黒鉄虫も居ないし、もう覚悟を決めてください」

 僕は二人の説得を続けていた。

「クーちゃん、お姉ちゃん頑張るわ。でもその代わり、私のお願いを聞いて?」

「我が君、もしこの戦いに勝つことが出来たなら、私の願いを聞いてください」

 アーリアさんとグリアさんが真剣な表情で見つめて来る。
 ここは僕も本気で答えなければならないだろう。

「嫌です」

 僕はキッパリそう答えた。

「クーちゃあああああああん!」

「我が君いいいいいいいいい!」

 何時も通りのやり取りである。
 洞窟を道を進み、また戻って来たオーク集落跡地前。
 今の所、ミノタウロスの姿は見えない。

「どうやら、まだ向う側で迷ってるんでしょう 今の内に戦いの準備をしましょう」

 僕は皆に指示を出した。

「そうね、お姉さんも賛成よ。じゃあ始めましょうか」

 アーリアさんも、もう大丈夫だろう。

「ワタシ、テツだう!」

 ミアさんも手を貸してくれて。

「ああ、手早く済ませよう。我が君、何か有れば言ってくれよ。直ぐに飛んで行くからな!」

 グリアさんも戦闘体勢は整っているようだ。
 僕達四人は手分けして戦いの準備を始めた。
 足場の確保や結界の準備、地形の再確認である。

「……結界の内なる治療の力よ、数値となって強さを示せ。ナンバーズ・フィールド! ……ふう、終わった」

 これで結界の準備は万全。
 二人の戦意も充分だ。
 ミアさんも元気だし、あとはミノタウロスが来るのを待つばかり。
 そして三時間経つが、一向に来る気配がない。

 迷ってるんだろうか?
 頭が牛だし、軽い道を覚える知能もないのかもしれない。
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