海の向こう側

杠葉 縞

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29.愛海

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 網木神社の本殿の裏の墓地で、カエデが村松家のお墓の前で手を合わせている。私、佐倉愛海は何も言わず、後ろから見守っていた。
 お墓の前には、私が食べたがっていた、三枝さんの手作りのタコ焼きが置かれている。あと私が頭に差していた赤い花に似ている、曼珠沙華(彼岸花)の花も添えられていた。
 お墓の前に故人はいない、なんて歌があるけれど、私はここにいる。カエデが気付いていないだけで。
「おーい。もう村松さんと、お別れはできたのかい?」
 稲島さんが、向こうから駆け寄ってくるのが見えた。カエデのお仕事の上司だ。
 カエデは稲島さんのことを、しっかり者だって褒めてばかりで、私は少し嫉妬していた。でも彼女の仕事ぶりを間近で見せてもらって納得した。彼女なら安心して、いろんな意味で、カエデを任せられる。
「はい。お待たせしてすみません。もうしばらく網島に戻ることはないと思うので、しっかり挨拶しておこうと思ったので」
 数カ月前、あんな事件が起こってしまったことで、クマノミダイビングクラブ網島支店は、閉店となってしまった。カエデと稲島さんは、横浜本店に異動になったらしい。私が生まれ育った横浜に行くんだ。
 こんな形ではあるけれど、カエデに私の生まれた場所を見せられるのが、少しだけ気恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。ひょっとしたら、私のお父さんとどこかで会うことがあるかもしれない。
 カエデにずっと、私の気持ちを伝えられなかったけど……私はこの広い海の中で誰よりも、キミが好きだったよ。
 両親の離婚で、大好きだったお父さんと離れた上に、苗字まで変わってしまったことが、すごく悲しかった。でもカエデだけは私のことを、村松の名前でも、あんまり気に入っていない下の名前でもなくて「サクラ」って呼んでくれた。私はそれがとても嬉しかった。
 高校一年生のとき、病気で留年してしまったけれど、私は少し嬉しかったんだよ。だってカエデと同級生になれたんだもん。これで毎日、同じ教室で同じ授業が受けられる。でも人付き合いが苦手な上、留年してしまって余計に悪目立ちしてしまった私だから……そんな私と仲良くしていたら、彼までが他の人たちと距離を置かれてしまいそうで、何だか申し訳なくて。だから「学校では話しかけてこないで」なんて言っちゃった。ごめんね。でも私の気持ちも分かってほしい。
 私が事故で死んでしまったあと、カエデに会いに行ったら、私のことが見えるって知って、びっくりした。そして嬉しかった。ついでに数年後、クリスちゃんにも見えるって知ったのも、びっくりした。あの子が不思議ちゃんっていうの、本当だったんだね。
 でも私は嬉しかったけど、それと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。カエデには私のことが見えるとはいえ、私はすでに死んでいる。だからいつまでも私に縛られて、就職も恋愛も自由にできないなんて、それはダメだって思った。
 ところで、何でカエデには私の姿が見えたのか、すごく不思議だった。これって愛の力かな、なんて自惚れたりもした。でも今回の事件で分かった。カエデももうすぐ死ぬ運命だったんだ。私って、そんなことも分からないで、ずっとうかれてばかりで……。
 網姫がカエデを助けてくれたんだろうって思ったとき、彼女に感謝したよ。カエデの命を救ってくれただけじゃない。カエデは私のことが見えなくなって、やっと私の呪縛から解放されたんだから。
 カエデ、いつまでも死んだ人に固執しちゃいけないよ。私のことは、思い出にしてほしい。私も、死んでからやっと、網島祭をカエデと一緒に堂々とまわることができた思い出、ずっと大事にするよ。
 私は人の幸せをお手伝いする仕事がしたかった。それはもう叶わない夢だけど、祈り続けることはできるはず。
 カエデが私のお墓の前から立ち上がって、稲島さんの方に向かって歩いて行くのが見えた。私はいつまでも彼の後ろ姿を見続けていた。
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