不気味な念仏

いち こ

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一  耳鳴り

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八木ハヤトは、騒音に目を覚ました。
なんだ? 今日、航空ショーでもあったか?

ゴーゴーと、まるで上空をジェット機が旋回しているような音だ。

しかし、こんな山奥で、航空ショーなどあろうはずもない。
「おい。何の音だ?」
隣で寝ている嫁のミレイを起こした。

嫁と言っても、籍は入れてなく、内縁と言われる部類の関係だ。
「音などしないけど?」 

寝ぼけ眼で、じっとこちらを見てくる。妙に色っぽい。髪が垂れて、右目を隠している。そこから、覗くような目をむけてくる。

少しムラムラとしたが、音のうるささで、それどころでない。
「聞こえるだろ? ゴーゴー。まるで航空ショーだ」
ミレイは首を傾げる。

「なーんにも聞こえない。あんた耳がおかしくなったのじゃない?」
起き上がり、耳の穴を手のひらでポンポンと叩いてみる。
しかし、ゴーゴーという音はやまない。

頭を左右に振っているとミレイが心配げな顔をする。
「あら。難聴かしら。突発性難聴ね。病院などここにはないし」
「大丈夫。医者など必要はない」

 確かめに、外に出る。
背後に妙義富士という二千メートル級の山がそびえて、全面には、川に向かってすっと平野がなだらかに低くなっている。

川幅は広くて、橋が架かっていない。多分、こんな田舎に橋を架けても、通行人などいなくて、費用が嵩むからだろう。
妙義富士からの山おろしのせいか、日中の寒暖差が激しいのか、川面に霧がいつも発生している。
竹蔵は空を見上げる。

飛行機など見えない。
しかし、相変わらず耳の奥ではゴーゴーと音が鳴っていた。

隣の家の娘、サチが前の道を通った。サチは、歳は十五歳。父と二人暮らしだった。母はいるが、父と母が幼い頃別れたらしい。母は川を渡って、何十キロに向こうの街に住んでいた。

背にリュックを背負っている。多分、朝とれたトマトかなにかを運んでいるのだろう。
サチに声を掛ける。

「何か、ゴーゴーと大きな音が鳴っているが、どうだ? うるさくてたまったものでない」
サチは耳の周りに手をやって、音を集めるようにする。首をかしげる。

どこかしぐさが、野ウサギのようでかわいらしかった。
「大きな音? そんなものは聞こえないよ」

もう一度、ポンポンと耳を叩く。
「そうか。やはり、俺の耳がおかしいのか」

「また、あとで」
 そう言うと、サチはさっさと去って行った。
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