不気味な念仏

いち こ

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五 川渡り②

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 三人で並んで歩いてくると、すぐに堤防に出た。
 川はゆっくりと流れていて、小川のようにサラサラと音を立てていた。
 
「確かに、向こう岸が近く見える。年に何回か、天気の良いがあるが、それが今日だとはラッキーだ」
「そうよ。日頃の私の行いが良いから、天候に恵まれる」

「馬鹿言え! それは俺の方だ。俺は大好きだった酒をやめて、ギャンブルもやめて、すっきりとした気持ちで生きている。そのお陰だ」

「そういえば、あなたがお酒をやめたのは、ユウジが死んでからだね」
「そうだ。ぴったりとやめた。酒もギャンブルも何もする気がおきらなくなった」

「息子が死んで、喪に服しているのかい? もう三年も経つから、お酒を飲んでもいいんだよ。ギャンブルは、お金がなくなるので、そのままやめてほしいけど」

 ハヤトは首を振った。
「いや。全くといいほど、欲がなくなった。身内が死ぬということは大変なことだ」
「そうだね。あれほど、可愛がっていた一人息子だもの」

 堤防から河原に下りていくと、渡り舟の親父がタバコを吸っていた。
 渡り賃、千八百円と書いてある。

「おや。変だぞ。以前は、金なんか取らなかったのに、金を取るなど、どこでどう変わったのか?」

 渡り船の船頭は、イヤな顔をこちらに見せる。
「以前は半ばボランティア同然に働いていたが、やはり、この物価高、何かと入り用があってね」

「私。お金ない。どうしよう?」
 突然、サチが声を上げる。ハヤトがサチに問うた。

「いくらもっているのだ? 千八百円もないのか?」
「二千円チョッキリ。渡し船のところで、お金を使うとは思っていなかった」

今度はミレイが声を掛ける。二人ともサチを我が子のように思っていた。

「おごってあげるよ。大好きなサっちゃんのためだもの。いいよ」
 ミレイは、三人分のお金を払い、まずハヤトが舟に乗り込んだ。

刹那《せつな》、また、ハヤトの耳にユウジのお経が聞こえ始めた。またも、大音量。
ハヤトは頭を抱えた。

「痛い。痛い。たまらない。やめてくれ」
「おじさん。大丈夫?」
サチが労りの声を掛けてきた。

「大丈夫かい?」
 ミレイが乗り込むと、今度はミレイがはっとした顔をする。

「どうしたの? おばさん。気分が悪いの?」
「いいや。かすかであるけど、私にも聞こえるよ。ユウジのお経」

 なむからたんのう・・・とらやや・・・ぼりょきちし・・・

船頭がフンと鼻をならした。

「そりゃ禅宗だ。死んだユウジという息子さん、禅宗で葬式をしたようだね」

ミレイが驚く。
「どうして、息子が死んだと分かるんだい? 一言も、ユウジが息子と話していないよ」

船頭は偉そうな態度をして、応えた。
「あなた方のことはよく知っているよ。ここに来る前からずっとね」








 
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