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俺らの時代の愛
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「終わったな」
俺の横で財部が呟いた。
教室のベランダから校庭を眺めると、卒業式を終えた3年生が続々と体育館から出てきて正門へと歩いていく。胸の内はそれぞれ複雑なものがあるだろうに、どの卒業生も不思議なテンションの高さではしゃいでいるように見える。「卒業式ハイ」とでも呼んだらいいのか。
彼らに視線を向けたまま、財部が「お前知ってるか?」と聞いてきた。
「何?」
「この後、女子の卒業生が渾身の厚化粧するのを。制服着たままの化粧のお化けみたいなのが町中を練り歩くんだよ。昼になったら見に行かね?」
「お前そういうのが好みか。ある種の変態だな」
「滅多に見られないもんだからよ。お祭りのオマケみたいなもんだろ」
俺たち1年生の終業式までまだ2週間ある。卒業式という日の非日常性を、1年生は共有することはできない。
しかし、卒業式は単なるセレモニーでしかない。目の前で妙なハイテンションのさ中にある彼ら彼女らにとって今日は特別な日だが、3月末までは高校3年生の身分を保持している。これも奇妙な話だ。
「ちょっと考えてみろ」
やはり校庭に目を据えたまま、俺は財部に言った。
「もし、学校に忘れ物があったら月末までに取りに来なきゃいけないよな? あの人ら、その時は制服着てこなきゃいけないのかどうか。お前だったらどうする」
財部は口をへの字に曲げ「俺はそんなヘマはしない」と断言した。
「そう言う奴に限って仕出かすんだよ」
「私服で来ても構わないんじゃね?」
「平日しか教室は開いてないぜ? 一応在校生なのに私服で来んのか?」
「一瞬だけならいいだろ」
「いや。制服で来るべきじゃねえかな」
「どうしてもそういう羞恥プレイに持って行きたいらしいな。俺は嫌だよ」
嫌だ、で済む話か。あるいはもし、絶対に学校に置いてはおけぬ忘れ物に4月まで気付かなかったら、私服で母校へ取りに来なければならないのか。そんなことになれば、生涯消えぬ黒歴史だ。私服を着て、静かに在校生が授業を受けている母校へのこのこ忘れ物を取りに現れる、前年度の卒業生。ああ……考えるだけでも恐ろしい。
いや、待てよ。
3月だろうが4月だろうが、制服を着て現れてもよくはないか?
新年度に向けていろいろなものが追い込みに入っている校内に現れる、つい数日前に卒業式を終えた3年生。それは、「卒業式から31日までの3年生」とでも呼ぶしかない透明な霊的存在のように思える。4月から進級する1、2年生の視界に決して入ることがない、あるいは入ってはならないような存在。
さらに進んで、桜の花びらが舞う4月、新1年生が元気溌剌と闊歩する校内に不意に訪れる前年度の卒業生とは。
その彼、あるいは彼女が、母校の制服を身に着けているとしたら。
亡霊とは、こんな風に生まれるのかもしれない。彼あるいは彼女は、期せずして「永遠」を手に入れてしまったことになるのではないか。
そうやって校内をさまよう自分。それは普段の俺──座光寺信光──とは違う、まったく別の存在。そして不思議に、そういう振る舞いも悪くないように感じてしまうのはなぜなのか。
ワイシャツの内側に軽く鳥肌を立てながら、俺はそんなことを思った。
俺の横で財部が呟いた。
教室のベランダから校庭を眺めると、卒業式を終えた3年生が続々と体育館から出てきて正門へと歩いていく。胸の内はそれぞれ複雑なものがあるだろうに、どの卒業生も不思議なテンションの高さではしゃいでいるように見える。「卒業式ハイ」とでも呼んだらいいのか。
彼らに視線を向けたまま、財部が「お前知ってるか?」と聞いてきた。
「何?」
「この後、女子の卒業生が渾身の厚化粧するのを。制服着たままの化粧のお化けみたいなのが町中を練り歩くんだよ。昼になったら見に行かね?」
「お前そういうのが好みか。ある種の変態だな」
「滅多に見られないもんだからよ。お祭りのオマケみたいなもんだろ」
俺たち1年生の終業式までまだ2週間ある。卒業式という日の非日常性を、1年生は共有することはできない。
しかし、卒業式は単なるセレモニーでしかない。目の前で妙なハイテンションのさ中にある彼ら彼女らにとって今日は特別な日だが、3月末までは高校3年生の身分を保持している。これも奇妙な話だ。
「ちょっと考えてみろ」
やはり校庭に目を据えたまま、俺は財部に言った。
「もし、学校に忘れ物があったら月末までに取りに来なきゃいけないよな? あの人ら、その時は制服着てこなきゃいけないのかどうか。お前だったらどうする」
財部は口をへの字に曲げ「俺はそんなヘマはしない」と断言した。
「そう言う奴に限って仕出かすんだよ」
「私服で来ても構わないんじゃね?」
「平日しか教室は開いてないぜ? 一応在校生なのに私服で来んのか?」
「一瞬だけならいいだろ」
「いや。制服で来るべきじゃねえかな」
「どうしてもそういう羞恥プレイに持って行きたいらしいな。俺は嫌だよ」
嫌だ、で済む話か。あるいはもし、絶対に学校に置いてはおけぬ忘れ物に4月まで気付かなかったら、私服で母校へ取りに来なければならないのか。そんなことになれば、生涯消えぬ黒歴史だ。私服を着て、静かに在校生が授業を受けている母校へのこのこ忘れ物を取りに現れる、前年度の卒業生。ああ……考えるだけでも恐ろしい。
いや、待てよ。
3月だろうが4月だろうが、制服を着て現れてもよくはないか?
新年度に向けていろいろなものが追い込みに入っている校内に現れる、つい数日前に卒業式を終えた3年生。それは、「卒業式から31日までの3年生」とでも呼ぶしかない透明な霊的存在のように思える。4月から進級する1、2年生の視界に決して入ることがない、あるいは入ってはならないような存在。
さらに進んで、桜の花びらが舞う4月、新1年生が元気溌剌と闊歩する校内に不意に訪れる前年度の卒業生とは。
その彼、あるいは彼女が、母校の制服を身に着けているとしたら。
亡霊とは、こんな風に生まれるのかもしれない。彼あるいは彼女は、期せずして「永遠」を手に入れてしまったことになるのではないか。
そうやって校内をさまよう自分。それは普段の俺──座光寺信光──とは違う、まったく別の存在。そして不思議に、そういう振る舞いも悪くないように感じてしまうのはなぜなのか。
ワイシャツの内側に軽く鳥肌を立てながら、俺はそんなことを思った。
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