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4 因縁
ゴンゲンサマ
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無言のうちに、承諾を求めるおねえさま方の視線が俺に向けられる。前夜に俺がみじめな敗北を喫した校庭を、存分に引き回したいとご所望なのだろうか。……まあ、それも悪くない。俺は「いいですね、行きましょう!」と空元気を振り絞った。
外は午前の日差しが眩しかった。校庭の地面はいくらか水を吸ってはいたが、水たまりらしいものは花壇に沿った低い場所などに点々と残っている程度で、昨夜の土砂降りが短時間に集中していたことを物語っていた。
そんな地面の上に、雨に洗われた魔法陣の痕跡が白く見分けられると、治まりかけていた無念がまたも騒ぎ始めて胸が塞がる。
そう。雨はまるで、俺たちへの反撃の合図のように雷鳴を伴って降り始めた。
先輩女子らと俺の3人は、校庭を横切って外部との境界に当たるフェンスの方に向かっていた。後に従う俺の視線は、ごく自然にピッチャーマウンドの周辺を避けた。背後を振り返れば、4階建ての校舎が見えない蒸気に包まれ、陽炎の中で揺れているような錯覚に襲われる。
「校長先生は開校して35年って言ってましたけど」
俺は前を歩く2人に声を掛けた。
「校舎は随分年季が入ってますよね。なんだか50年以上は経ってるみたいな。そう思いませんか」
同時に2人が振り向き、可成谷先輩の方はすぐに前方へ顔を戻す。元木先輩が「いいところに目を付けたね」と俺の顔を見て微笑んだ。
「何か理由が?」
「実を言うとね、この学校が開校するまでにいろいろとあったみたいなんだよ」
歩きながら元木さんが説明した。学校の本当の歴史は、昭和の戦争が終わって間もない頃まで遡るのだそうだ。
戦後の人口増加に対応するため、日輪高校は昭和20年代の終わりに設立が計画された。校舎や体育館の建設も始まり、30年代半ばに学校施設の外観は出来上がったのだが、肝心の開校が延び延びになっていたのだという。
「理由はなんだかはっきりしないんだよねー。二十何年もの間、『早期開校を』って声は途絶えることはなかったんだけど、ずるずる時間が経って、やっと1980年代に開校の動きが具体化したんだって。この敷地には昔旧制女学校が立ってて、戦前に火事で焼失してから空き地になってたのね。まあそれは特に関係はないだろうけど」
「土地に謂われがある、ってことですか」
前を向いたまま、可成谷さんが「江戸時代の初めまでは神社があったらしいの」と後を受けた。
「明治に入ってから所有者が何度も変わってて、女学校ができるまでは山林扱いの私有地だったんだけど、戦後になって昔の所有者の子孫が名乗り出てきて、話がこじれたって噂がある」
「でも、今では何も権利はないんですよね」
「そうね。問題は所有権云々じゃなくて、座光寺君が今言った『謂われ』の話」
俺たち3人は校庭と敷地の外を仕切るフェンスにたどり着いた。高さ3メートル以上はありそうな金網の向こう側は雑木がびっしりと生い茂って、とても足を踏み入れたい気分にならないが、下りの緩斜面がずっと先まで続いていることは辛うじて分かる。
「昔から地元で『ゴンゲンサマ』って呼ばれてた土地ではあったの。でも正式な由来は全然伝わってなかった」
可成谷さんの声に、森の奥から野鳥の囀りが重なり合う。
「結局、戦後成長期の学校需要に押されて工事が先行しちゃったわけね。で、土地のことをよく調べてみたら『ちょっとまずいんじゃないか?』ってわけ。でも施設がほとんど出来上がってるから取り壊すこともできなくて、20年以上ああでもない、こうでもないとぐずぐずした挙句に開校したというのが、この学校の来歴」
「その、古い神社の跡は残ってないんですか?」
フェンスの先を眺めていた可成谷さんが振り返り、視線を俺の顔に据えて首を左右に振った。
「消し去る必要があれば徹底的に、痕跡もなくなるまでやるのが人間。そう思わない?」
「どうでしょうかね……」
「そうなのよ。だから、『なかった』ことにされたものは残らないの。ただね」
可成谷さんはいったん口をつぐみ、フェンスに沿って歩き始めた。俺と元木さんはその後に従った。
「開校が延期になってる間、県埋蔵文化財センターの発掘調査が行われてね。平安時代以前の集落の跡とかが見つかってるのよ、この先の方に。考古学的に重要視する人もいて徹底的な調査も検討されたんだけど、実現しなかったみたいね」
「なぜですかね」
「さあ。開校の方が優先だったんじゃない?」
謎めいた笑いとともに俺を振り返って、可成谷さんはなおも歩き続けた。やがて足を止めた彼女がフェンスの外を向き、右手を上げて森の奥を指差す。
「あれが『ゴンゲンサマ』のご神体」
フェンスから20メートルほど先に、雑木の梢を貫いてひときわ高く、巨樹の枝が突出している。青空をやわらかく切り取って葉叢を広げるその存在感は圧倒的だった。
「樹齢が千年にも近いといわれるクスノキ。江戸時代に代官所が伐り倒そうとしたら大奥の女中が悪霊に取り憑かれて、『我を伐らば汝らを絶やさん』って言って将軍家の若君に斬りかかったんだって。それで伐採は中止。伝説だけど」
「組織の末端より本丸を襲った方が効果は覿面。長生きしてる木だけに人間のあしらい方も心得てたってことかな」
擬人化し過ぎな感がある元木さんの解釈を「そうかもね」と片付け、可成谷さんは両手でフェンスの金網をつかんで「ゴンゲンサマ」を凝視した。
「実はあれ以前にもっと古い木があって、それが枯れた後にあの木が甦ったって言い伝えもあるの。それが本当なら、もう千何百年もあそこで頑張ってるわけよね」
改めて巨樹を見上げる。その姿は、人が忘れ去った神域の由縁を声を限りに訴えているかのようだ。この場所で千何百年もの間、「ゴンゲンサマ」は何を見てきたのだろう。
「可成谷先輩は今回の事件が、この土地の歴史と関係があると思いますか?」
「私は関係あると思う。普通はそう考えないかな」
「なら、なぜ今になって? 開校後の35年間は何もなかったんでしょう?」
可成谷さんは金網から手を離し、俺の顔を見据えた。
その気圧されそうな強い視線に俺はたじろいだが、すぐ彼女はうつむき加減に目をそらした。やがてフェンスに背を向け、校舎の方へ足を踏み出した。
「誰かが、触っちゃいけないスイッチを押したのかも」
外は午前の日差しが眩しかった。校庭の地面はいくらか水を吸ってはいたが、水たまりらしいものは花壇に沿った低い場所などに点々と残っている程度で、昨夜の土砂降りが短時間に集中していたことを物語っていた。
そんな地面の上に、雨に洗われた魔法陣の痕跡が白く見分けられると、治まりかけていた無念がまたも騒ぎ始めて胸が塞がる。
そう。雨はまるで、俺たちへの反撃の合図のように雷鳴を伴って降り始めた。
先輩女子らと俺の3人は、校庭を横切って外部との境界に当たるフェンスの方に向かっていた。後に従う俺の視線は、ごく自然にピッチャーマウンドの周辺を避けた。背後を振り返れば、4階建ての校舎が見えない蒸気に包まれ、陽炎の中で揺れているような錯覚に襲われる。
「校長先生は開校して35年って言ってましたけど」
俺は前を歩く2人に声を掛けた。
「校舎は随分年季が入ってますよね。なんだか50年以上は経ってるみたいな。そう思いませんか」
同時に2人が振り向き、可成谷先輩の方はすぐに前方へ顔を戻す。元木先輩が「いいところに目を付けたね」と俺の顔を見て微笑んだ。
「何か理由が?」
「実を言うとね、この学校が開校するまでにいろいろとあったみたいなんだよ」
歩きながら元木さんが説明した。学校の本当の歴史は、昭和の戦争が終わって間もない頃まで遡るのだそうだ。
戦後の人口増加に対応するため、日輪高校は昭和20年代の終わりに設立が計画された。校舎や体育館の建設も始まり、30年代半ばに学校施設の外観は出来上がったのだが、肝心の開校が延び延びになっていたのだという。
「理由はなんだかはっきりしないんだよねー。二十何年もの間、『早期開校を』って声は途絶えることはなかったんだけど、ずるずる時間が経って、やっと1980年代に開校の動きが具体化したんだって。この敷地には昔旧制女学校が立ってて、戦前に火事で焼失してから空き地になってたのね。まあそれは特に関係はないだろうけど」
「土地に謂われがある、ってことですか」
前を向いたまま、可成谷さんが「江戸時代の初めまでは神社があったらしいの」と後を受けた。
「明治に入ってから所有者が何度も変わってて、女学校ができるまでは山林扱いの私有地だったんだけど、戦後になって昔の所有者の子孫が名乗り出てきて、話がこじれたって噂がある」
「でも、今では何も権利はないんですよね」
「そうね。問題は所有権云々じゃなくて、座光寺君が今言った『謂われ』の話」
俺たち3人は校庭と敷地の外を仕切るフェンスにたどり着いた。高さ3メートル以上はありそうな金網の向こう側は雑木がびっしりと生い茂って、とても足を踏み入れたい気分にならないが、下りの緩斜面がずっと先まで続いていることは辛うじて分かる。
「昔から地元で『ゴンゲンサマ』って呼ばれてた土地ではあったの。でも正式な由来は全然伝わってなかった」
可成谷さんの声に、森の奥から野鳥の囀りが重なり合う。
「結局、戦後成長期の学校需要に押されて工事が先行しちゃったわけね。で、土地のことをよく調べてみたら『ちょっとまずいんじゃないか?』ってわけ。でも施設がほとんど出来上がってるから取り壊すこともできなくて、20年以上ああでもない、こうでもないとぐずぐずした挙句に開校したというのが、この学校の来歴」
「その、古い神社の跡は残ってないんですか?」
フェンスの先を眺めていた可成谷さんが振り返り、視線を俺の顔に据えて首を左右に振った。
「消し去る必要があれば徹底的に、痕跡もなくなるまでやるのが人間。そう思わない?」
「どうでしょうかね……」
「そうなのよ。だから、『なかった』ことにされたものは残らないの。ただね」
可成谷さんはいったん口をつぐみ、フェンスに沿って歩き始めた。俺と元木さんはその後に従った。
「開校が延期になってる間、県埋蔵文化財センターの発掘調査が行われてね。平安時代以前の集落の跡とかが見つかってるのよ、この先の方に。考古学的に重要視する人もいて徹底的な調査も検討されたんだけど、実現しなかったみたいね」
「なぜですかね」
「さあ。開校の方が優先だったんじゃない?」
謎めいた笑いとともに俺を振り返って、可成谷さんはなおも歩き続けた。やがて足を止めた彼女がフェンスの外を向き、右手を上げて森の奥を指差す。
「あれが『ゴンゲンサマ』のご神体」
フェンスから20メートルほど先に、雑木の梢を貫いてひときわ高く、巨樹の枝が突出している。青空をやわらかく切り取って葉叢を広げるその存在感は圧倒的だった。
「樹齢が千年にも近いといわれるクスノキ。江戸時代に代官所が伐り倒そうとしたら大奥の女中が悪霊に取り憑かれて、『我を伐らば汝らを絶やさん』って言って将軍家の若君に斬りかかったんだって。それで伐採は中止。伝説だけど」
「組織の末端より本丸を襲った方が効果は覿面。長生きしてる木だけに人間のあしらい方も心得てたってことかな」
擬人化し過ぎな感がある元木さんの解釈を「そうかもね」と片付け、可成谷さんは両手でフェンスの金網をつかんで「ゴンゲンサマ」を凝視した。
「実はあれ以前にもっと古い木があって、それが枯れた後にあの木が甦ったって言い伝えもあるの。それが本当なら、もう千何百年もあそこで頑張ってるわけよね」
改めて巨樹を見上げる。その姿は、人が忘れ去った神域の由縁を声を限りに訴えているかのようだ。この場所で千何百年もの間、「ゴンゲンサマ」は何を見てきたのだろう。
「可成谷先輩は今回の事件が、この土地の歴史と関係があると思いますか?」
「私は関係あると思う。普通はそう考えないかな」
「なら、なぜ今になって? 開校後の35年間は何もなかったんでしょう?」
可成谷さんは金網から手を離し、俺の顔を見据えた。
その気圧されそうな強い視線に俺はたじろいだが、すぐ彼女はうつむき加減に目をそらした。やがてフェンスに背を向け、校舎の方へ足を踏み出した。
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