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4 因縁
一子相伝の是非と冷凍食品の宴、そして……
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その「触っちゃいけないスイッチ」とは何か。嫌な予感が募って考え込んでいると、後ろを歩いている元木さんが「怪我の具合はどう?」と聞いてきた。
「もう全然問題ないです」
「すごい回復の早さだね! 今日は帰るの?」
少し考えてから「いいえ」と答えた。
「夜になってから儀式の後始末をしないといけないので」
「大変だね。お疲れさま」
腕時計を見ると、いつの間にか正午近くになっている。朝メシ抜きの空腹感が間髪を入れずに襲ってきた。
「……土曜でも夕方までゲートは閉まってるんですよね?」
「お腹空いたんでしょ?」
俺が目いっぱい深刻そうな顔と声の演出で「はい!」と答えると、元木さんは下級生の期待を裏切らなかった。
「ごめんごめん、勝手にサンドイッチ貰っちゃって。でも食料なら山ほどあるし」
「そうなんですか!」
「そりゃ、今の日輪でのサバイバルには何よりも食料の確保が大事よ。半日外界と遮断されてるわけだから。これ先生らが意外に無頓着でね、最初の頃はよく食べ物を恵んであげてた。何が食べたい?」
「何でもいいです。カップ麺でもあれば」
「もっとマシなものがあるから、ついといで。そんじゃ鈴ちゃん、彼をちょっと借りるよ」
可成谷さんは「うんオッケー」と頷き、俺が背を向けると、後ろから「麻里奈!」と大声を出した。
「初物だからって食い散らかしたら駄目だよ! 綺麗に召し上がってあげな!」
「任せなさいって!」
「な……何の話ですか」
罠に落ちた獲物の気分でおずおずと聞く俺に、元木さんは「あー、気にしない気にしない。楽にしていればいいから」と、満面に不穏な笑いをたたえて俺の肩をポンポンと叩いた。
とにかく餌に食い付いてしまった俺は、釣り糸に引きずられる魚のように元木さんの後に従い、写真部の部室へ向かったのだった。
部室は校舎裏のプレハブ小屋の一角にあった。ドアを開けて入るなり、強烈な酸の匂いが鼻を突いた。
「匂いが気になる? どこの学校でもそうだろうけど、写真部ってスチール写真の技術伝承拠点みたいなもんだからね。この匂いがうちの部の存在意義なんだよ」
「技術伝承ですか。大変ですね」
「そう。デジカメ全盛の時代だから風前の灯火なの。せっかくだからフィルム現像の伝承者になる? 一子相伝なんてケチ臭いことは言わないよ」
なるほど、「一子相伝」というのは確かにケチ臭い。俺への当てこすりと取ったわけではないが、失われかねぬ技術を後世に残す必要性の見地に立てば、こういうケチ臭さは批判されても仕方ないだろう。
そもそも我が身を振り返るまでもなく、無闇に秘密めかす技芸というものは、えてしてろくなことに使われないようだ。
写真部の部室はオカルト研究部よりさらに手狭で、壁の間に渡したビニールロープにびっしりとネガフィルムや印画紙がぶら下がっているのがいっそう部屋を狭苦しく感じさせる。冷蔵庫のドアを開けた元木さんに「冷凍食品が山ほどあるけどオムライスとかどう?」と聞かれたので、「御馳走になります」と答えた。
「私もお腹減った。チャーハン追加するわ」
電子レンジの前にオムライスにコロッケ、チャーハン、ミックスベジタブルが並べられる。俺は自分から申し出て、ビニールのテーブル掛けを布巾で拭き、紙の皿を並べるのを手伝った。すべての料理の加熱が終わり、お茶も食卓に並んで、俺はようやくその日最初の食事にありつけることになった。
「いただきます」
プラスチックのスプーンでオムライスを口に運ぶ俺に、「チャーハンもあるよ」と言って元木さんが別の皿に取り分けてくれる。俺はありがたく頂戴した。
食事の間は、4日前まで俺が通っていた聖往学園の話で盛り上がった。
「へえー、中高一貫でも中学の卒業式やるんだ」
「地味ですけどね。中等部を出てから別の高校に行く生徒もいるし」
「私なんか中学の卒業式で大泣きしちゃったけど、やっぱ大きいんだよね、あのセレモニーは」
「そうですよね。そういう感動が希薄だと損した気分になります」
「それほどのもん?」
「ですよ。僕なんか転校の経験もないんで、今回は『こりゃチャンスだ!』って食い付いちゃって……」
暗黒微笑を湛える水際佳恵の顔が脳裏にちらつき、危うく「失敗しました」と口走りそうになったのを、なんとか抑えた。元木さんは気に掛ける様子もなく、ミックスベジタブルを載せたフォークを手に視線を宙に向けている。俺は「さっきも少し話しましたけど」と話題を変えた。
「学校がこんな状態でも、元木さんたちが登校して来てるのはやっぱり何か理由があるんですか?」
可成谷さんが「レクチャー」と形容した話の意味を俺は深く考えずに尋ねたのだが、元木さんは宙に向けていた目玉をくるりと動かして俺と視線を合わせ、にんまりと笑った。
「理由……? そりゃ大ありなんじゃない? 例えば私なんか、ここに来ることが何よりの理由だから」
元木さんは紙コップのお茶を一口飲んでから、部室の奥にある黒いカーテンに向かって大声を出した。
「ひろぽーん、まだ手は空かない?」
俺があっけに取られていると、そのカーテンの奥から「いえー、だいたい片付いてます」と木霊のような男の声が返ってきた。え……? 他にも登校してる生徒がいたのか?
「出てきてあいさつしなよ。聖往学園から悪霊退治に来た座光寺信光君だよ」
カーテンの奥から「よしてくださいよ」と、辛うじて聞こえる程度の半笑いの声が届いた。言葉の調子が妙におっさん臭いなと感づいた次の瞬間、カーテンが揺らぎもしないうちにそいつは俺たちの正面に立っていた。
それは白ワイシャツを着た男子生徒だったわけだが、背後に壁やカーテンが透けているので、霊であるのはすぐに分かった。元木さんは慣れた様子で話しかける。
「ご苦労さん。今現像中?」
虚を突かれ茫然としている俺をよそに、霊は無表情に「はい」と答える。続いて滑るように間合いを詰めてきたので、思わず椅子の背もたれにのけぞった。
「もう全然問題ないです」
「すごい回復の早さだね! 今日は帰るの?」
少し考えてから「いいえ」と答えた。
「夜になってから儀式の後始末をしないといけないので」
「大変だね。お疲れさま」
腕時計を見ると、いつの間にか正午近くになっている。朝メシ抜きの空腹感が間髪を入れずに襲ってきた。
「……土曜でも夕方までゲートは閉まってるんですよね?」
「お腹空いたんでしょ?」
俺が目いっぱい深刻そうな顔と声の演出で「はい!」と答えると、元木さんは下級生の期待を裏切らなかった。
「ごめんごめん、勝手にサンドイッチ貰っちゃって。でも食料なら山ほどあるし」
「そうなんですか!」
「そりゃ、今の日輪でのサバイバルには何よりも食料の確保が大事よ。半日外界と遮断されてるわけだから。これ先生らが意外に無頓着でね、最初の頃はよく食べ物を恵んであげてた。何が食べたい?」
「何でもいいです。カップ麺でもあれば」
「もっとマシなものがあるから、ついといで。そんじゃ鈴ちゃん、彼をちょっと借りるよ」
可成谷さんは「うんオッケー」と頷き、俺が背を向けると、後ろから「麻里奈!」と大声を出した。
「初物だからって食い散らかしたら駄目だよ! 綺麗に召し上がってあげな!」
「任せなさいって!」
「な……何の話ですか」
罠に落ちた獲物の気分でおずおずと聞く俺に、元木さんは「あー、気にしない気にしない。楽にしていればいいから」と、満面に不穏な笑いをたたえて俺の肩をポンポンと叩いた。
とにかく餌に食い付いてしまった俺は、釣り糸に引きずられる魚のように元木さんの後に従い、写真部の部室へ向かったのだった。
部室は校舎裏のプレハブ小屋の一角にあった。ドアを開けて入るなり、強烈な酸の匂いが鼻を突いた。
「匂いが気になる? どこの学校でもそうだろうけど、写真部ってスチール写真の技術伝承拠点みたいなもんだからね。この匂いがうちの部の存在意義なんだよ」
「技術伝承ですか。大変ですね」
「そう。デジカメ全盛の時代だから風前の灯火なの。せっかくだからフィルム現像の伝承者になる? 一子相伝なんてケチ臭いことは言わないよ」
なるほど、「一子相伝」というのは確かにケチ臭い。俺への当てこすりと取ったわけではないが、失われかねぬ技術を後世に残す必要性の見地に立てば、こういうケチ臭さは批判されても仕方ないだろう。
そもそも我が身を振り返るまでもなく、無闇に秘密めかす技芸というものは、えてしてろくなことに使われないようだ。
写真部の部室はオカルト研究部よりさらに手狭で、壁の間に渡したビニールロープにびっしりとネガフィルムや印画紙がぶら下がっているのがいっそう部屋を狭苦しく感じさせる。冷蔵庫のドアを開けた元木さんに「冷凍食品が山ほどあるけどオムライスとかどう?」と聞かれたので、「御馳走になります」と答えた。
「私もお腹減った。チャーハン追加するわ」
電子レンジの前にオムライスにコロッケ、チャーハン、ミックスベジタブルが並べられる。俺は自分から申し出て、ビニールのテーブル掛けを布巾で拭き、紙の皿を並べるのを手伝った。すべての料理の加熱が終わり、お茶も食卓に並んで、俺はようやくその日最初の食事にありつけることになった。
「いただきます」
プラスチックのスプーンでオムライスを口に運ぶ俺に、「チャーハンもあるよ」と言って元木さんが別の皿に取り分けてくれる。俺はありがたく頂戴した。
食事の間は、4日前まで俺が通っていた聖往学園の話で盛り上がった。
「へえー、中高一貫でも中学の卒業式やるんだ」
「地味ですけどね。中等部を出てから別の高校に行く生徒もいるし」
「私なんか中学の卒業式で大泣きしちゃったけど、やっぱ大きいんだよね、あのセレモニーは」
「そうですよね。そういう感動が希薄だと損した気分になります」
「それほどのもん?」
「ですよ。僕なんか転校の経験もないんで、今回は『こりゃチャンスだ!』って食い付いちゃって……」
暗黒微笑を湛える水際佳恵の顔が脳裏にちらつき、危うく「失敗しました」と口走りそうになったのを、なんとか抑えた。元木さんは気に掛ける様子もなく、ミックスベジタブルを載せたフォークを手に視線を宙に向けている。俺は「さっきも少し話しましたけど」と話題を変えた。
「学校がこんな状態でも、元木さんたちが登校して来てるのはやっぱり何か理由があるんですか?」
可成谷さんが「レクチャー」と形容した話の意味を俺は深く考えずに尋ねたのだが、元木さんは宙に向けていた目玉をくるりと動かして俺と視線を合わせ、にんまりと笑った。
「理由……? そりゃ大ありなんじゃない? 例えば私なんか、ここに来ることが何よりの理由だから」
元木さんは紙コップのお茶を一口飲んでから、部室の奥にある黒いカーテンに向かって大声を出した。
「ひろぽーん、まだ手は空かない?」
俺があっけに取られていると、そのカーテンの奥から「いえー、だいたい片付いてます」と木霊のような男の声が返ってきた。え……? 他にも登校してる生徒がいたのか?
「出てきてあいさつしなよ。聖往学園から悪霊退治に来た座光寺信光君だよ」
カーテンの奥から「よしてくださいよ」と、辛うじて聞こえる程度の半笑いの声が届いた。言葉の調子が妙におっさん臭いなと感づいた次の瞬間、カーテンが揺らぎもしないうちにそいつは俺たちの正面に立っていた。
それは白ワイシャツを着た男子生徒だったわけだが、背後に壁やカーテンが透けているので、霊であるのはすぐに分かった。元木さんは慣れた様子で話しかける。
「ご苦労さん。今現像中?」
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