鎮守の村

六條京

文字の大きさ
2 / 4

沈黙の掟

しおりを挟む
由紀子が女将に無理やり問い質すと次のことが分かった。

行方不明になった青年の名は、祐介。

二十四歳で田の管理を任されていたという。

他の宿泊客の誰に聞いても「働き者で、悪い子じゃなかった。」と口を揃えるが、そこから先の言葉は続かない。



「警察には?」

由紀子がそう尋ねると、女将はわずかに首を傾けた。

「……あの人たち、ここまでは来んのです。」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「来ないって、通報したら――」

「“ここまで”は来んのです。」

同じ言葉を繰り返す女将の声は、静かだが断固としていた。

外界とこの村の間に、目に見えぬ境界線があるような口ぶりだった。



その夜。宿の外では、太鼓の音が響いていた。

何かの儀式でもしているのだろうか。

障子の隙間から覗くと、村の中央の広場に人影が集まっていた。

裸電球の明かりの下で、老人たちがぐるりと円を描いて座っている。

中心には、白い布をかけられた何か――。

その布が、微かに動いた。

由紀子が息を呑んだとき、背後で畳がきしんだ。

振り向くと、宿の女将が立っていた。

「……見ん方がええです。」

女将の顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。

「“外の人”は、見たらあかんのです。うちらの“夜”を」

そして、女将はそっと障子を閉めた。由紀子がそれ以上のことを問うのを拒んでいるようだった。



太鼓の音が遠のくにつれて、胸の奥に残るのは奇妙な確信だった。

――この村では、人が消えるたびに、何かを“隠す”儀式が行われている。

それを村人全員が知っていて、見て見ぬふりをしているのだ。



翌朝。

由紀子が宿を出ると、広場は何事もなかったように片づけられていた。

ただ、地面の中央に、円形の焼け跡だけが残っていた。

黒く焦げた土の中に、白い骨片のようなものが混じっている。

「それ、何ですか?」

村の若者に尋ねると、彼は目を逸らし、わずかに笑った。

「知らん方がいいです。……ここでは、全部“みんなでやる”んで。」

「みんなで?」

「ええ。ひとりが間違うと、みんなで正すんです。そうせんと、村が壊れてしまいます。」

「壊れる?」由紀子は聞き返したが若者は質問に答えようとしなかった。

「あなたはそれでいいの?何の疑いもなく、善悪も判断せずに大人の言われるままに生きて。」

「仕方がないのです。この村では“疑問”をもつことは“罪”なのです。消されたくなければこうするしかないのです。」若者の声には必死さと恐怖と諦めの響きがあった。



その言葉を聞いた瞬間、由紀子はようやく理解した。

この村に“個人の罪”という概念はない。

あるのは、“村全体の均衡”だけだ。

だから、誰かが外れた瞬間――

その「誰か」は、“いなかったこと”にされる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。   ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 あれ? 鳥の声が、まったくない。

処理中です...