6 / 6
第6話 放課後は、声が少ない
しおりを挟む
放課後のチャイムが鳴ると、教室は一気にほどける。
椅子が引かれ、笑い声が跳ねて、部活の約束が交わされる。
「じゃ、また明日な」
佐藤が軽く手を振る。
「おう」
返事はした。
ちゃんと声も出た。
それでも、会話が終わったあとの教室は、やけに広く感じた。
廊下に出ると、人の流れができている。
部活に向かうやつ、コンビニに寄るやつ、まっすぐ帰るやつ。
僕は、その流れから少しだけ外れて歩く。
古い校舎の端。
人が減って、音が薄くなる場所。
理科準備室の前で立ち止まる。
扉を開けると、ひんやりした空気が肌に触れた。
「遅い」
いつもの声。
「今日は普通だよ」
「普通は遅い」
相変わらずだ。
彼女は実験台の上に腰掛けていた。
白いワンピースが、夕方の光を淡く反射している。
「クラス、どうだった?」
「……まあまあ」
昼休みの会話が、頭をよぎる。
進路、将来、推薦。
どれも、自分の言葉にならなかった話題。
「まあまあ、ね」
彼女は僕の顔を覗き込む。
「その言い方、昼の君だ」
「昼の僕?」
「人間モード」
そんなモードがある覚えはない。
「無難で、角が立たなくて、ちょっと薄い」
容赦がない。
「仕方ないだろ」
「うん。仕方ない」
彼女はあっさりうなずく。
「昼の世界って、そういう場所だもん」
僕はパイプ椅子に座る。
ここでは、無理に話さなくていい。
黙っていても、変な空気にならない。
「ねえ」
「なに」
「昼の君、ちゃんと笑ってたよ」
意外な言葉だった。
「でもね」
彼女は続ける。
「ここに来た君のほうが、重い」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
彼女は足をぶらぶらさせる。
「昼はさ、声が多すぎるんだよ」
確かにそうだ。
誰かの声に、別の声が重なって、
自分の声がどれかわからなくなる。
「放課後は、声が少ない」
彼女は静かに言う。
「だから、君の声が聞こえる」
胸の奥が、少しだけ締めつけられた。
「……昼の僕は、変?」
「変じゃない」
即答だった。
「生きてる人の顔」
そう言われると、返す言葉が見つからない。
「でもね」
彼女は、少しだけ笑う。
「私は、こっちの君のほうが好き」
理由は言わない。
聞いても、たぶん答えは返ってこない。
外で、部活の笛の音が鳴った。
遠くて、現実感のある音。
「そろそろ帰る?」
「うん」
僕は立ち上がって、鞄を持つ。
「明日も来る?」
「たぶん」
「じゃあ、待ってる」
それが、彼女のいつもの言葉。
準備室の電気を消して、扉を閉める。
廊下には、もうほとんど人がいない。
昼の世界では、うまくやれている。
放課後の世界では、正直でいられる。
どちらも、僕だ。
そう思えたのは、
たぶん、幽霊がここにいるからだ。
椅子が引かれ、笑い声が跳ねて、部活の約束が交わされる。
「じゃ、また明日な」
佐藤が軽く手を振る。
「おう」
返事はした。
ちゃんと声も出た。
それでも、会話が終わったあとの教室は、やけに広く感じた。
廊下に出ると、人の流れができている。
部活に向かうやつ、コンビニに寄るやつ、まっすぐ帰るやつ。
僕は、その流れから少しだけ外れて歩く。
古い校舎の端。
人が減って、音が薄くなる場所。
理科準備室の前で立ち止まる。
扉を開けると、ひんやりした空気が肌に触れた。
「遅い」
いつもの声。
「今日は普通だよ」
「普通は遅い」
相変わらずだ。
彼女は実験台の上に腰掛けていた。
白いワンピースが、夕方の光を淡く反射している。
「クラス、どうだった?」
「……まあまあ」
昼休みの会話が、頭をよぎる。
進路、将来、推薦。
どれも、自分の言葉にならなかった話題。
「まあまあ、ね」
彼女は僕の顔を覗き込む。
「その言い方、昼の君だ」
「昼の僕?」
「人間モード」
そんなモードがある覚えはない。
「無難で、角が立たなくて、ちょっと薄い」
容赦がない。
「仕方ないだろ」
「うん。仕方ない」
彼女はあっさりうなずく。
「昼の世界って、そういう場所だもん」
僕はパイプ椅子に座る。
ここでは、無理に話さなくていい。
黙っていても、変な空気にならない。
「ねえ」
「なに」
「昼の君、ちゃんと笑ってたよ」
意外な言葉だった。
「でもね」
彼女は続ける。
「ここに来た君のほうが、重い」
「それ、褒めてる?」
「たぶん」
彼女は足をぶらぶらさせる。
「昼はさ、声が多すぎるんだよ」
確かにそうだ。
誰かの声に、別の声が重なって、
自分の声がどれかわからなくなる。
「放課後は、声が少ない」
彼女は静かに言う。
「だから、君の声が聞こえる」
胸の奥が、少しだけ締めつけられた。
「……昼の僕は、変?」
「変じゃない」
即答だった。
「生きてる人の顔」
そう言われると、返す言葉が見つからない。
「でもね」
彼女は、少しだけ笑う。
「私は、こっちの君のほうが好き」
理由は言わない。
聞いても、たぶん答えは返ってこない。
外で、部活の笛の音が鳴った。
遠くて、現実感のある音。
「そろそろ帰る?」
「うん」
僕は立ち上がって、鞄を持つ。
「明日も来る?」
「たぶん」
「じゃあ、待ってる」
それが、彼女のいつもの言葉。
準備室の電気を消して、扉を閉める。
廊下には、もうほとんど人がいない。
昼の世界では、うまくやれている。
放課後の世界では、正直でいられる。
どちらも、僕だ。
そう思えたのは、
たぶん、幽霊がここにいるからだ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる