猫の自伝

浅田賢

文字の大きさ
8 / 9
第一章

にっき(野良猫)~8~ ともだち

しおりを挟む
昼すぎ、あの場所に行った。
理由はない。ただ、足が向いた。野良の理由は、だいたいそんなものだ。

少年は、先に来ていた。
低いブロックの上に座って、地面を見ている。靴の先で、砂をいじっていた。泣いてはいない。笑ってもいない。待つ、という顔だった。

ぼくは、少し離れたところで座った。
近づきすぎない距離。逃げられる距離。友だちになるには、そのくらいがいい。

少年は、ぼくに気づくと、声を出さなかった。
それがよかった。名前を呼ばれるより、ずっといい。

しばらくして、少年は立ち上がり、草むらのほうへ行った。
戻ってきたとき、手に持っていたのは、細い茎の先にふわっとした穂がついたやつだった。あれだ。動くと、考えるより先に体が反応する。

少年は、何も言わずに、それを揺らした。
左右に、ゆっくり。
高く、低く。
風みたいな動きだ。

ぼくの尻尾が、勝手に動いた。
止めようとしても、止まらない。野良の体は、そういうふうにできている。

一歩、前に出た。
少年は、少しだけ手を引いた。
追わせる距離を、ちゃんと知っている。

跳んだ。
前足が空を切った。
地面に着地して、すぐに振り返る。

もう一度。
今度は、もう少し高く。

少年は笑わなかった。
ただ、目を細くして、また揺らした。
遊びを急がない人間だ。

何度か跳んで、息が上がった。
それでも、やめなかった。体が、まだ終わっていないと言っている。

最後に、穂先を地面に落とした。
ぼくは、そっと前足で押さえた。
捕まえた、というより、触れた、という感じだった。

少年は、それを引かなかった。
そのままにした。
それが、いちばんうれしかった。

しばらくして、風が吹いた。
穂が、自然に揺れた。
ぼくは前足を離した。

遊びは、そこで終わった。
始まりと同じくらい、自然に。

少年は立ち上がり、手を軽く振った。
「またね」と、声に出さずに言ったみたいな動きだった。

ぼくも、立ち上がった。
同じ方向には行かない。
それでいい。

帰り道、前足が少し重かった。
でも、悪い重さじゃない。
使った、という重さだ。

きょうは、食べ物はもらっていない。
撫でられてもいない。
それなのに、体が温かかった。

友だちというのは、
たぶん、こういう時間のことだ。

きょうは、よく動いた日だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

処理中です...