猫の自伝

浅田賢

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第一章

にっき(野良猫)~9~ あめ

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朝かどうかは、雨でしか判断できなかった。
音が、一定で、重い。細かくもなく、激しくもない。長く降る雨だ。こういう雨は、世界を平らにする。

寝床の奥で、体を丸めていた。
屋根はある。でも、完璧じゃない。雨は、必ずどこかから入り込む。今日は、背中のほうが少し濡れた。気にしない。全部濡れるよりはいい。

外の匂いが、薄い。
雨は、匂いを消す。消すというより、同じにする。道も、草も、人間も、似たような匂いになる。だから、雨の日は判断が遅れる。

動くつもりはなかった。
こういう日は、待つ日だ。世界が通り過ぎるのを、体を小さくして待つ。

昼ごろ、雨脚が少し弱まった。
その「少し」が、危険だ。止んだと勘違いすると、外に出て、戻れなくなる。ぼくは、出なかった。雨の音が、まだ終わっていない。

水たまりが増える音がした。
どこかで、排水が追いついていない。人間の世界の弱いところだ。雨の日は、そういう場所がよく見える。

眠ったり、目を開けたりを繰り返した。
夢は、ほとんど見なかった。雨の日の夢は、現実と混ざって、疲れる。

午後、腹が鳴った。
小さく、遠慮がちに。
でも、動かなかった。雨と空腹を比べるなら、今日は空腹の勝ちだ。

夕方、雷が遠くで鳴った。
低くて、長い音。怒ってはいない。ただ、存在を知らせている。ぼくは耳を伏せた。音は、聞こえなくなるわけじゃない。でも、角が取れる。

暗くなる前に、雨が少しだけ弱くなった。
ぼくは、外を見た。
世界は、洗われていた。色が沈んで、輪郭が柔らかい。

外に出るか、迷った。
迷う、ということは、どちらでもいい、ということだ。今日は、出ないほうを選んだ。

夜、雨はまだ続いていた。
屋根を叩く音が、子守歌みたいになってきた。慣れると、悪くない。

きょうは、何もしていない。
でも、雨の日に何もしないのは、ちゃんとした行動だ。

乾いていない毛と、少しの空腹。
それだけを持って、眠る。

雨は、まだ降っている。
それで、いい。
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