スラム育ちの英雄譚

美山 鳥

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第3章 5年後のレバルフ

3―19 さらば、レバルフのスラム街

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 「おい、大丈夫か!?」

 ルートンは駆け寄り、ドッズの体を起こす。ドッズは何かを伝えようと口を動かすが、首を深く斬りつけられているため、声を発することができない。

 (何を伝えたいんだ?)

 息も絶え絶えのドッズの脇にしゃがみ、彼の最後のメッセージを理解しようと黙考するエルフェリオン。その手をドッズが握りしめて真っ直ぐに視線を合わせる。

 (……ワ……イ……の……み……せ……に……)

 最後の力を振りしぼって唇を動かす。

 「……おまえの店、か?」

 エルフェリオンが確認するとドッズは小さく頷き、そのまま息を引き取った。

◎★☆◎

 翌日。

 ドッズを埋葬したエルフェリオンとルートンは、ドッズが開いていた雑貨店へとやってきた。

 「ここに何があるってんだろうな?」

 店内を見回したルートンが呟く。

 「さぁな。まっ、とりあえず探すだけ探してやるさ。それで見つからなければそれまでだ。……ところで、それはおまえが持つことにしたのか?」

 エルフェリオンは、ゲーブが愛用していたルツェルン・ハンマーを携えているルートンに視線を流す。

 「へへっ、物には罪はないからな! いいだろ?」
 「べつに異議があるわけじゃねぇよ。いいと思うぜ。ただ、おまえは肉体を武器に戦う格闘家タイプだと思ってたからさ」
 「今までは、な。けどよ、それにばかりこだわらず、武器を使った戦い方も練習していこうって思ったんだ。少しでも強くなるためにはな。さてさて、お喋りはこのへんにしておいて、張り切って探しますか!」

 エルフェリオンは、商品棚の前に移動して物色を始めるルートンを見やりながら手近なところから調べ始めた。

◎★☆◎

 「これみたいだな」

 元よりそれほど大きな店舗ではなかったため、ほどなく目的の物を発見することができた。エルフェリオンがカウンターの引き出しの奥から取り出したのは小箱と便箋びんせんだった。

 「ん? このきたねぇ字はドッズだよな?」

 便箋びんせんつづられた文字を見たルートンが呟く。

 エルフェリオンは小箱をそっとカウンターの上に置き、手紙を黙読する。

 この手紙を読んでいるのはエルフェリオンかルートンのどちらかだろう。ということは、ワイは死んじまっているのか……まぁ、そんなことはどうでもいい。ワイが伝えたいことは二つだ。
 まず一つ。ゲーブに魔武具を売ってしまったのはワイだ。しかし、そのために多くの悲劇が生まれてしまった。ワイはそれ止めるすべもないまま月日を過ごしておった。自分の臆病さに嫌気が差しておる。だが、エルフェリオンが5年ぶりに帰ってきてゲーブと一戦交えようという今こそ贖罪しょくざいのチャンスと思う。ワイはこの命に代えてもゲーブを倒すつもりだ。
 二つ目はゼイナスの妹に関してだ。実は、ゼイナスが迷宮ラビリンスに挑む前日のことだった。突然、店に顔を見せたゼイナスが「妹に贈るための髪飾りを作ってほしい。それは妹の瞳と同じ青い宝石を使ったものにしてくれ」と依頼して代金を置いていった。しかし、肝心の妹がどこにいるのかもわからず、ゼイナス自身も帰ってこなかったために渡すことができなかった。この手紙と一緒に置いてあった小箱がそれだ。これを読んでいる者はどうかゼイナスの妹に髪飾りを届けてくれ。レバルフの街の門番にデルマという男がいる。そいつに事情を話せば街に入れるだろう。ワイが支払えるものに大した物ないが店の物ならば全部くれてやる。
 この手紙を読んでいるのがエルフェリオンにしろルートンにしろ、最後まで面倒事を押し付けて本当に申し訳ない……

 「ドッズのおっさん……」

 ルートンは奥歯をかむ。

 「こいつは俺が届けてやるよ。この店のもんはおまえが好きにすればいい」

 エルフェリオンはカウンターの上に置いた小箱を手に取る。

 「おいおい、それじゃ申し訳ねぇ」
 「いや、それでいい。それに俺はアルナに髪飾りを届けたあとはそのまま旅立つつもりだからな」
 「せっかく帰ってきたのに本気マジで出ていくのかよ!?」

 ルートンが声を荒げる。

 「すまねぇな。だが、俺にはどうしてもやらなければならねぇことがあんだよ」
 「やらなきゃならねぇ事ってのは復讐だったよな?」
 「……ああ、そうだ…」

 エルフェリオンから返ってきた答えにルートンは息を呑む。

 「言っただろ。俺とゼイナスをめたやつらに落とし前をつけさせるってな」

 エルフェリオンの緑の瞳には確固たる意思が宿っている。それを悟ったルートンは何も言えず、しばしの沈黙が訪れた。

 「そういうわけだ。ほんとにすまねぇな」
 「待てよ!」

 小箱を懐にしまい、店を出ていくエルフェリオンの背中にルートンが声をかける。

 「復讐が終わったら、また帰ってきてくれるんだろ!?」
 「わからねぇ。だからこそ、後のことは頼んだぜ」

 言い残し、エルフェリオンはスラム街を去っていった。
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