白き狼と黄金羊は見る夢が違う -白金の乙女と幻想騎士団-

りんごパイ

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交錯する想い 2

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アブローラの右手がレインの頬を撫でる。
レインは塞ぎ込んでいるばかりだ。
レインの体調不良は精神的なものが原因で、魔力循環に支障が出ているのだろう。
色白のレインの顔色はさらに青ざめ血が流れていないのではないかと心配になる程顔色が悪かった。

「…レイン、プレゼントがあるの」
と、アブローラがその箱に視線をやり説明しようとするがレインは下を向いたままだ。

アブローラは立ち上がり、箱を外した。
箱の中に入っていたのは、「煌力車椅子」だ。
簡単に言ってしまうと、椅子の両脇に車輪がついているだけだ。

これは、普通の車椅子と変わらないが、この「煌力車椅子」が違うのは、座面の下に魔力モータが内蔵され車輪と繋がっているのだ。車輪にも動力をコントロールするブレーキがついている優れものだ。軍用の煌力浮遊2輪とは構造そのものが違うが、医療に対する考えが低いこの世界では車椅子そのものが珍しかった。

レインが俯いていた顔をあげ魔導具に視線をやった。
アブローラがそれを確認するや、
暗記してしまうほど何度も確認した取扱説明書を読み上げる。

「椅子の両脇に、車輪がな…小型の魔力モーターに繋がっている。操縦者が、この場合はレインだな、前後左右をイメージするだけで動かすことができる優れものだ。」

反応のない息子が気になり振り返る。
俯いたままで、こちらを見ていなかった。

「レイン?聞いているか?」

我が子を緊張させないようムッとしたのをひた隠しにそっと声をかける。

「あ…ありがとうございます」

如何にも聞いていませんでした…とばかりに慌てて声を上げる。

「…そうか、今度一緒に練習しよう」

今度なんかあるのか?とアブローラは心の中で呻いた。

「…はぃ、ありがとうございます」

アブローラは、一つため息をつき「煌力車椅子」を撫でた。
塞ぎ込む息子横に座り、天を仰ぐ。
ここは、執務室でも私室でもない…見上げれば蒼穹の空がある。

腕を組み考える。

雲が流れていく…鳥が駆け抜けていく。

二人に会話はなく…アブローラの自由になる時間は刻々と終わりに近づいていく。
近くて遠い君に…どんな言葉をかければいいのか途方にくれる。

「ティナは今大事な用があるらしい、帰って来るまでまだ時間がかかるようだ。」

嘘は言っていない、正確に伝えていないだけで。

「…そう…なんだ」

「手紙を書いたらどうだ?届けるよう手配させる…返事が来るか分からないが」
と、予防線を張っておいた。

ぱぁーとまるで花が咲いたようにレインが顔を上げる。
血色の悪い顔に朱が入る。

「うん、そうする。」
レインは、椅子の横に置いてあったカバンの中から紙とペンと取り出しサラサラと書き始めた。

アブローラとしては、自ら提案した案で息子の機嫌が直るなら安いものだが、新たな不安も出て来る。

実は…
実は、既に丸められて屑箱に入っているのだ。
丸めた張本人がここにいる。

おそらく、処理されてもうないだろう…早まった行動をしたと少しばかりの後悔となった。

「母上、何を書いたらいいと思いますか?」
さっきとは打って変わって嬉しそうな声で聞いて来る。

「勉強がどれだけ進んだとか、お利口にしているとか…なんてどうだ?」
と微笑むとレインも微笑み返す。

うーん、うーんと手紙を書き始めた我が子の頭を撫でながら、文章の添削をするアブローラ。
子供らしからぬ文章だったので、内容の訂正を入れさせたのだ。
誰がこんな挨拶文を仕込むのだと教育係を問い詰めてやろうとも考えたが、息子が喜んでいる様を見れてアブローラの心は満たされていた。





領都行政府
執政官室

強盗か何者かに襲撃を受けたのか、
台風の直撃かあったのか、小型の魔獣が暴れたかのような惨状だった。

床には、瓶の破片や、ビリビリに破かれた資料類、本も壁に突き刺さっているものからリビングボードに大きな穴を開けたものもまで、その新しい使い方の可能性に幅が広がていた。

ほんの数分前まで、半狂乱になっていた…女主人が仁王立ちしている。

ガシャ、ばん、ガシャとアブローラは、机にある物を投げつけ叩き割っていた。
その美しい顔は、般若のように歪み牙をむき出しにしてる獰猛な狼だった。

その叩き割る音と漏れ出している怒りの魔力波動に、多くの者が恐怖を感じ自分に降り掛からないよう女神に祈った。

同フロアにいる職員の多くが顔面蒼白となり女神に明日が来る事を祈るのだ。
壁のシミなんかになりたい自殺志願などいない。

今、執務室のドアの前に、女主人お付きのシュバリエが大きく息を飲み、ドアと叩こう手を差し出す。
その光景を遠巻きながら、知らん顔をしつつも生唾を飲み込み見守っていた。

”モップとバケツがいる未来にはなりませんようにと…”





アブローラは、虫の居所が悪かった。

心配が的中した…「煌力車椅子」の受け渡しが上手くいかなかったのが原因だ。

”あの女のせいだ”

嫉妬に狂いそうだった。
我が子は女の安否が心配であり、車椅子など目にも入らなかったのだ。

息子は、それどころでは無かったのだ。
アブローラとの会話も上の空だった。

話は、その心配事に集中した。
息子の苦悩が手に取るように分かった…
思い出す度に、身が引きされそうになる…
心配事は何でも聞いてやりたいと思うのだが、その原因を作ったのは自分なのだ。
止める事が出来たのに、止めなかった。

アブローラは、自分で自分が嫌になってきた。
この幼い息子を苦しめているのは…自分なのだ。

嫉妬に近い感情だと自分でも理解していたが、自分の唯一の宝を奪われたのをまざまざと見せ付けられたような気がして、我慢ならなかったのだ。

だから、顎門騎士団からの『命令』を受諾させた。
こうなる事は、十分に予測出来ただろうに…レインは、体調を崩し始めていた。

だが、誰かが行かねばならない状況だったのだ。
だから、顎門騎士団最強のシュバリエを送り込んだのだ。

…戦場に

『あの女なんか、死んでしまえばいいのに…』
と思わなかったかと言えば、嘘になる。

醜い『嫉妬』が判断を誤らせたと考えるが、単純にそんな問題ではない…
マルテール家は、一人娘ににもしもの事があったら…有事なら諦めもつくだろう、だが、指名されたと言うならばどうだろうか。
たとえ顎門騎士団からの指名だとしても…アブローラなら止める事ができたはずだ。

シロウドに判断を仰げない時期を最大限利用した事実が、アブローラに対する不信となるだろう。
寄子達は、アブローラに不審を抱くのは間違いないだろう、その不信は、レインに襲い掛かる事になる。

アブローラは、判断を誤ったのだ。
アブローラの配慮で止めておけば真逆の結果となったであろう…寄子達はその判断に敬意と恩を感じただろう。


シロウドと大公の確執。
レインの父親が誰であるか。
風見鶏の侯爵家。
魔導暴走の頻発化。
顎門騎士団の腐敗。

鬱積したものがプツプツとマグマのように蠢くのだ。

”我らは、クナイツァー家の家臣ではない!!”

後の世に語られる北部騒乱の引き金に繋がるのだ。

”裏切り者に貸す耳はない!!”

北部の正統なる後継者が現れた時、悲劇の幕を開けるのだ。




執務室のドアの向こうでは、廊下に響くアブローラの癇癪にケイトは息の飲む。

「…むむむ」

ケイトの凜とした表情も大きく歪み、手にした報告書を呪わずにはいられなかった。

ご機嫌斜めで、誰かを不慮の事故にしかねない状況にも関わらず…
流石に、自分は大丈夫だろうか…治癒ギルド行きにされた過去を思い出す。

えーい、ままよ。

ドンドンドン

ケイトは決死隊の覚悟で、執務室に飛び込んだ。


どーんと敵意剥き出しの魔力波動がケイトの全身を突き抜けた。
ぞぉーと毛穴が全て開き、嫌な汗を流し出す。
ケイトのアドレナリンが駆け巡る、目の前に恐怖の存在がある…愛している唯一の存在が。

ジロリ!とアブローラの波動に一瞬金縛りにあったが、大きく息を吸い声を上げる。

ドアを閉め、鍵を掛けた。
その行動にアブローラは…何か起こったのかと幾分かの冷静さが戻った。
仕事スイッチが何とか入ったのだ。

「大変です、これを!」

アブローラの魔力波動を受け、声が裏返りつつも一枚の電報を手渡した。

アブローラは、その文書を如何にも不機嫌に奪い取り一読する。

読了すると…アブローラは言葉を失っていた。
目を瞑り天を仰ぐ。

「これは、絶対ダメだ…私の…レインが」

予測される未来に、アブローラは嘆かずにいられなかった。

「…壊れてしまう」
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