彼女と彼女の内緒話

山口花

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彼女と彼女の内緒話

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「ねぇ、どこまで本気?」
「どこまでって…何が?」
 彼女が何を言っているのか分からなくて、私は首を傾げた。

「彼への拘束方法が、どんどん過激になってるでしょ? 本気で彼の処女を奪おうと思ってる?」
「その事。──そうね。半分…かしら」
「半分?」

「彼ね。動けないようにしてから触ってると、目が潤んで来るの。私に触りたいのに触れなくて、我慢して、耐えて耐えて…」

 私は彼の情けない表情を思い起こした。
 情けない顔が次第に赤らんで、色っぽくなっていく。吐息は熱くなり、漏れる声が色めいて…。
 思い出すと体が熱くなる。

「赤く染まる顔、身悶えする体。見ているとぞくぞくして来るの。すごく、ものすごく可愛いのよ」
 はふぅ、と息を吐けば、何故か彼女の顔が赤らんでいた。
「あんたのがよっぽど可愛いわ…。あーあ。その可愛い顔で彼を縛ってるんだもんねー」
「人の事言えるの? 私に色々と教えてくれたのは誰?」
「はーい! 私でーす」
「ふふっ」

 新しい世界を教えてくれた彼女には、とても感謝している。

 ベッドのパイプを両手で持たせるところから始まって、次は手錠。今では足枷も使っているけれど、まだ最後まで試していない。
 何をされるんだ、と怯える表情が好き。最後までしてしまえば、楽しめなくなるかもしれない。

 服を着たままの拘束から、全裸の拘束へ変えた。それはそれで楽しいけれど、暴れて服がはだけていく姿も良かった。次は脱がせやすい服を着せて拘束するのもいいかも知れない。きっと彼は悲鳴をあげて、私の助けを求めるだろう。

 考えると楽しくなって来た。

「やらしー。何考えてるのさ?」
 彼女に聞かれ、私は今考えていた事を話した。
「コアな趣味してるわねぇ。うーん、脱がせやすい服。──浴衣なんてどう?」
「浴衣。和服男子…いいかも」
「もちろん下着はなし!」
「ないの?」
「そう!」
「……いいかも」
「帯くるくるとかしてみたら? いやん! ネタが広がるわー」
「それもいいけど…。でも和服が次第にはだけていく姿を見るには、帯をしたまま拘束しなくっちゃ。拘束しとかないと、逃げられるんだもの」

 どちらを優先すべきか。いつ拘束するべきか。
 着物がはだけていく過程を妄想して、私達は楽しく意見を交わし合った。楽しい。早く試したい。


 ──今は年末だというのに、私は夏まで我慢できるのかしら?


「私だけじゃなくて、あなたの方も聞きたいな」
「うち? そんなに聞きたい?」
「聞きたいわ」
 うふふふ、と彼女は艶やかに笑った。
 どちらかと言うと可愛いと言われる私に対して、彼女は綺麗、美女、才媛と称される。うらやましく思ったりもするけれど、自分と違う価値観は新鮮で不思議と気が合う。

「うちのはねー。普段、結構俺様なのね。それでいて私には優しくて、原稿も手伝ってくれるの」
「うん」
「濡れ場シーンの原稿を見る目が嫌そうでね、そのくせ興味があるのを隠し切れていないの。あの複雑な表情! はぁ…たまらないわ」
「…歪んでる」
「あんたにだけは言われたくない」
「そう?」
「そうなの! 歪んでるのはお互い様!」

 言われてみればそうかもしれない、私は納得して甘いカクテルを飲んだ。炭酸が喉を流れて行く。

「それでね。ふふっ、この間あなたの真似をして、手錠を使ってみたのよ」
「あら」
「屈辱に歪むあの顔! それでいて微かに赤く染まった頬に目元! 色気があふれてゾクゾクしたわ」
「色気なら、うちも負けてないと思うけど…。あなたは先に進んだの?」
「まだ。つい色気に負けて、欲しくて堪らなくなって、拘束解いちゃったのよね。修行が足りないわぁ」
「私は反抗されるといらいらして、そこから進めないの。我慢しなくちゃ…ね」

 思い通りにならないと苛ついてしまうのだ。かといって、無抵抗なのもつまらない。彼の様子を思いだし、ふふっ、と笑みがこぼれる。

「何ー? また意味ありげに笑ってぇ」
「彼を拘束して、放置して部屋を出るとね。必死になって許しを請うの。……あの情けない声、ぞくぞくする。こっそり覗いてみると半泣きになってて…、くすくすっ」

『ねぇ、そこにいるんだよね? 反省したから戻って来てよ! 頑張って動かないようにするからさ! ……え? 返事がない? 気配も感じな…い? も、もしかしてどっかに出かけた? え? マジで? い、いるんだよね!? 聞いてるんでしょ!? 返事をしてよ!! ──嘘だよね? …お、俺…どうしたら……』
 半泣きになった情けない声と姿を思い出すと、下腹部が熱くなる。

「あんたの方がドSだわー」
「そう?」
「そうなの!」
 お互い様だと思うけれど、やはり彼女と話していると楽しい。彼女もそうなのだろう。

 ──私は彼女とにこやかに微笑み合い、乾杯した。



**************



「……今日はいつにも増して、笑顔が怖い気がするんだけど…」
 約束の時間の30分前に着いて待っていた。今日はまだ失敗はしていない…と思う。

「そう? いつもと同じだと思うわ」
 にっこりと微笑む彼女は可愛らしい。それはもう可愛らしいのだが、黒いモノがにじんでいる気がするのは、きっと俺の気のせいだろう。うん。きっとそうに違いない。

「招待状を貰ったの。一緒に行きましょう」

 そう言われて連れて行かれたのは、着物の展示会だった。
 華やかな振り袖が目を引く。訪問着のコーナーもある。彼女の着物を選ぶのだろうか、そう思った俺の手を引いた彼女は、広い会場のすみにある地味なコーナーに連れて行った。

「……あれ? 男物のコーナー?」
「初詣は一緒に着物で行きたいと思ったの。駄目?」
 彼女は成人式に仕立てた着物を持っているそうだ。俺の成人式はスーツにしたので、着物は持っていない。
「あなたの着物姿が見たいの」
 上目遣いの上、小首を傾げる彼女に俺が敵うわけがない。
 幾つか試着させて貰ったが、思っていたよりも着心地が良い。着替える度に彼女は、楽しそうに俺の写真を撮っていた。

 その日俺は、彼女に見立てて貰った着物一式を購入したのだった。



 初詣は1月3日に行く事になった。
 実家に戻って母親に着付けて貰ったが、男の子を着付けてもつまらないと愚痴られ、今度彼女を連れて来ると約束させられた。

 実家から待ち合わせ場所までは電車で移動だ。意外と男でも着物を着ている人もいて、思っていたほど目立たない。
 待ち合わせ場所では、振り袖姿の彼女が待っていた。
 裾の部分は緑。上に向かうにつれて、桃色になるグラデーションに桜が散りばめられている。最近流行りの派手な色合いの着物ではなく、古風な色合いで、楚々とした風情の彼女に似合っていた。周囲の男が彼女に熱い視線を送っている。
 俺は急ぎ足で近づいて、彼女に声をかけた。彼女はふんわりと微笑んでくれた。ほんっとうに可愛いすぎる。

 初詣で俺は、彼女と結婚出来ますように、と祈った。1年あれば、きっとプロポーズも出来るはず。去年も同じお願いをした気がするが、去年よりも仲は深まっているのだから問題ない、と思う。

 彼女は何をお願いしたのだろう。終始にこやかで楽しそうだ。

「帰りましょ」
 彼女は俺の手をきゅっと握った。そしてどこか艶のある笑みを浮かべて。耳打ちした。
「私、この着物自分で着付けたの」
「それってつまり──」
 脱がしても大丈夫って事だよね!?
 俺は彼女の手を握り返し、勇んでアパートへ向かった。


 ──そして。


 寝室に入り、するすると帯をほどいて襦袢姿になった彼女を、俺はほけっと眺めていた。帯くるくるしたかったな、なんて妄想に浸っていたら、すいっと俺に密着した彼女が羽織を脱がせてくれた。
 彼女は一見、Vネックのワンピース姿に見えた。下腹部の下辺りが黒く透けて見えるところからして、襦袢以外の下着はつけていないのだろうと想像がつく。

 ──まずい。

 今日は俺が主導権を握らないと、そう思うのに、彼女の色気に当てられて動きが鈍る。今日の彼女は、壮絶な色気を放っているのだ。とん、と押されてベッドに倒れ込んだ俺は、のし掛かられて口づけられる。

 たまにはこちらが押し倒したいと思っているのに、何故いつもこうなるのか。

 口内に入って来た温かな舌に翻弄されていると、いつの間にか腕が拘束されていた。ヤバい、と思ったものの、彼女の口付けに理性が溶ける。胸元に手を入れられ、鎖骨から乳首、あばらをなぞるように触れられる。もう少し下、もっと真ん中に触れて欲しい──。
 そんな俺を笑った彼女は、手を抜いて鎖骨に吸い付いた。熱い舌が肌を舐めている。強く吸い付かれ、所有印が付けられた。
そうしながら、彼女の手は胸から下りて行き、立ち上がりかけている俺自身を握った。

「…うっ」
 頭にモヤがかかったみたいだ。やわやわと触れられる手が、手と俺自身を隔てている布地がもどかしい。

 彼女が俺から離れてエアコンのスイッチを入れた時、俺は足も拘束された事に気づいた。

 ──悲しい事に、彼女は拘束に手慣れている。

「俺、今日は失敗してないよね? どうして縛られてるのかな?」
 俺の質問に対する答えはない。俺にまたがった彼女は、小悪魔的な笑顔で俺に触れる。俺は恐怖を覚えた。このままだと不味いが、こうなってはどうしようもない。俺の瞳には恐怖の色が浮かんでいるはずだ。

 彼女は俺の帯を緩め、胸元に入れた手を滑らせて、俺の肩をはだけさせた。彼女の瞳は熱をはらんでいる。彼女は、ちろり、と俺の唇を舐め、チュッと首筋に口づけた。

「…うっ…ん…」
 俺の背筋にぞくりと震えが走り、下半身の一部が固さを増す。

「赤くなって…可愛い…」

 そう言いながら彼女の手は俺の下半身へ下りて行く。着物を持ち上げているモノに触れ、艶然と笑む。

 早く触れて欲しい。いや、触れられるよりも触れたい。いや、駄目だって! このまま触れられていると、本当に不味い!!
 彼女の手が着物の裾を割って、素肌の太ももに触れた。そして──。



 バタン、と無情にもドアが閉まった。

「ごめん! 謝るから戻って来て! お願いだから!!」

 俺は怒って出て言った彼女に、戻って来てくれと懇願する。彼女の怒りの理由は明白だった。着物の下に下着を履いたら駄目だと、何度も言われていた。

「だ、だって、今は冬だよ!? お腹が冷えるだろ!? 着付けてくれたのは母だし! パンツなしで着付けして貰ったら、頭がおかしくなったって思われる! 君もそう思うでしょ!?」

 こっそりとパンツを脱ぐつもりだったのに、その暇がなかったのだ。脱ぐ前に雰囲気に流された自分が恨めしい。

 ごそごそと引き出しを開ける音がしてから、無表情の彼女が部屋に戻って来た。
 良かった。許してくれたんだ。そう思った俺は、彼女が手に持ったモノを見てひきつった。彼女が持っていたのは、ハサミだったのである。

 どこを切られるのか戦々恐々としたが、彼女はパンツにハサミを入れて取り去った。そんなに気に入らなかったのだろうか。これで許して貰えるのかと思いきや、彼女は緩めていた帯を緩めて外し、着物をはだけた。
 今の俺は、右半身だけは着物がかかっているが、俺自身は隠されていない。

 全裸よりも恥ずかしいのは何故だろう。

 少し離れた位置から俺を見る彼女の目は、観察する視線に変わっている。
 自分が脱いだ着物に使われていた赤い紐をおもむろに手に取った彼女は、俺の左腕の肘辺りと左足の膝とを繋いだ。気がつくと俺の左足は上がり、恥ずかしい場所が露出させられていた。
 左足の拘束が一度解かれたのに、どうして俺は抵抗しなかったのか。──いや、抵抗したら彼女の怒りが深くなるから、しなくて良かったのか? いやいや、そういう問題じゃない。

「嫌だよ、これ、ものすごく恥ずかしいよ!! お願いだから外して!」

 彼女は恥ずかしいと身悶えた俺を観察してから、追加で紐を腕や足に絡み付け、または結び付けると、満足げな顔をして俺を携帯のカメラで撮影した。
 そして、振り袖一式を抱え、部屋を出て行ってしまったのである。

「ごめんなさい! もう外してって言わないから!! ──そこにいるよね? どこかに行ってない…よね? お願いだから返事をしてー!!」

 着替えを持って行ったところに、不安を煽られる。真剣に戻らないつもりではなかろうか。

 俺は半泣きで、彼女を呼び続けたのだった。


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