転生先の環境が気に入らないから6回チェンジしたらヤクザが来たでござるの巻

月江堂

文字の大きさ
45 / 53
最終章 ヤクザが来たでござる

コギトエルゴスム

しおりを挟む
「笑えるぅ♡ ちょっと陛下と話しただけでメンタル崩壊しちゃうなんて♡」

「うう……俺はいったい……」

「メンタルよっわ~♡ ざこアイデンティティ♡」

「俺は……勇者のはず……俺は、いったい何者なんだ……?」

「ざぁこ♡ ざこ勇者♡♡♡ 我思う♡ 故に我あり♡♡♡」

 デカルト煽りしてくるメスガキに対して俺は反論する気力も起きない。そもそも女神の使徒で、世界を救う勇者という自己同一性自体が危うくなってきてるからだ。 

 思ったところで本当に『俺』は『俺』なのか……? エイヤレーレが統失だと思ってたが……本当に統失なのは俺の方だった……?

 もしそうだとしたら、女神ややっさんに異世界に送られて、世界を救うなんてのは、全て統失の見せた妄想? 俺は最初からこの世界でふらふらしてただけだった? で、でも、強力な魔法が使えるし……いや、その魔法も妄想だった……?

「うう……」

 自室のソファに横になっている俺は、ほろりと涙をこぼす。

「もぅ、しょうがないわねぇ♡ ケンジはペカがいないと何にも出来ないんだからぁ♡」

 そう言ってペカが俺を優しく抱きしめてくれた。

「ママぁ……」

 精神力が限りなくゼロに近くなった俺は彼女の薄い胸に顔をうずめる。ああ、なんて安心するんだ。エデンはここにあったんだ。

「よしよし♡ 大丈夫よ♡ ケンジは絶対に勇者なんだから♡ ペカと一緒に世界を救いましょ♡」

 いや……ダメだ。このままではいけない。情に流されるな。

 とりあえず俺の事は置いておいてだ。俺自身が自分を神が遣わした勇者だと認識してるんだからもうそれで進むしかない。俺がここでへこんだところで、仮に統失だったとしても症状が改善するわけじゃないからな。サーチの件もとりあえず棚上げだ。

 むしろ問題なのは……

 これホントに勇者の仕事か?

 ってことだ。

 あまりにもエイヤレーレが薄幸の美人オーラを醸し出しているから、つい流れで俺が面倒を見る! みたいな大見得を切ってしまったけど、そもそも勇者の仕事じゃないだろう、これ。

 なんで異世界まで来て勇者が統失患者の介護しなきゃならんのだ。

「どうしたのぉ? ケンジ……」

 気を持ち直した俺をペカが怪訝な顔つきで見つめている。

 一々煽らなきゃ何もしゃべれないようなメスガキ体質ではあるものの、しかしあの騎士が言ってた通り、いい子なんだよな、ペカも。

 助けたい気持ちはある。ペカだって不安な気持ちでいっぱいなのは昨日聞いた通りだ。でも言うことはきちんと言わないと。こういうのは勇者じゃなくて医者の仕事だ。というかぶっちゃけ俺にはこの問題を解決するあてがない。

「やっさん!」

 俺は上を向いてやっさんに語り掛ける。あのクソヤクザめ。今度こそガツンと言ってやる。

『なんやねんコルァ』

 怖いが、ここで退いたらダメだ。ここはチェンジして、この世界には勇者じゃなく医者を送り込むべきだ。

「チェンジで」

『あぁ!? チェンジやとゴルァ!!』

 ひぃ、やっぱり怖い。

『……まあええわ』

 お? 以外にもあっさりと……

 『ちょっと事務所で話聞くわ』

「え!? いや、ちょっ、事務所は……」

 俺は光に包まれた。


――――――――――――――――


「で? 何の話やったかな?」

 またもローテーブルを挟んでソファに座るやっさんと俺。まさかホリムランドを一旦保留にして事務所に帰ってくるなんてことができるとは。

 当然ながらやっさんは無茶苦茶機嫌が悪い。ベアリスが6回もチェンジされて、ケツモチとしてやっさんが出てきたのにまたチェンジなんてことになったら本末転倒、やっさんの顔に泥を塗る行為なのは分かってる。

 でも、だからと言ってあの世界で俺に出来ることなんてないんだ。ここはガツンと言ってやらないと。

「俺にはあの世界は救えません。チェ……」
「サブ!」
「うス」

 え? いきなり何? まだ何も、と思うが早いかやっさんの鉄拳がサブの顔面にめり込み、彼はもんどりうって吹っ飛んだ。

 しかしそれだけでは終わらない。やっさんは倒れてるサブのすぐ横に立って彼を見下ろして怒鳴りつける。

「お客さんがいてるのに茶が出てないやろがぁあああぁぁぁ!!」

 大声で叫びながらストンピングを雨あられのようにサブに連続で入れるやっさん。サブは丸くなって耐えるのみ。ヤクザこええ。

 恐怖のあまり語彙力の亡くなった俺だが、あまりにも攻撃に鬼気迫るものがあったので必死でやっさんを止めた。

「ま、待って! やっさん! それ以上いけない! べ、別にお茶とかいいですから!!」

「ふう、ふう……」

 こええ。暴走したエヴァンゲリオンみたい。やっさんは俺の肩にぽん、と手を置いて笑顔を見せた。

「こんなクズに気ぃつこてくれて、ケンジくんは優しいのぉ」

 笑顔がこええ。

「せやけどなぁ? 人にナメた真似するいちびりにはこうやって体で分からせたらなアカンねん。なあ? ケンジくん」

「あ、はい」

「ケンジくんはもちろん、そんな人をナメた真似はせぇへんよなぁ?」

「あ、はい」

 ってイカンイカンイカン! 飲まれてどうするんだ! ここで折れることは俺はもちろんペカやエイヤレーレ達のためにもならない。エイヤレーレをちゃんとした医者に診せて治してもらわないと。

 俺は毅然とした態度でやっさんに言い放った。

「いや~……あのですね? ど~も、あの世界はあっしの手には余るというか、ヘヘ……ちゃんとしたお医者さんに診せてあげた方があいつらのためにもなるかな? なんて思ったんでやんすが……つきましては、チェンジなんてのも選択肢の一つにはなりやしねぇかなぁ? なんて、ヘヘ……」

「…………」

 無言のやっさん。

「!!」

 スッ、とそのまま内ポケットに手を伸ばす。まさか、チャカ!? 俺は思わず固まったが、取り出したのはタバコだった。

 ああ、びっくりした。始末されるかと思った。

「え? もっかい言ってくれるか?」

 ぷらぷらとタバコを一本、左手の人差し指と中指で挟んでいる。隣ではサブがうめき声をあげながらゆっくり立ち上がろうとしている。

「いや、ですね? あの世界が必要としてるのは、勇者じゃなくて医者じゃないのかなぁ? なんて……」

 サブが立ち上がる。やっさんはタバコには火をつけずそのままぷらぷらと振っている。あ、コレ、まずい……

「医者、ねぇ……」

 というか先ずサブに医者を呼んであげて。いや、それより先に……

 サブ。

 火をつけて。

 やっさんのタバコに火をつけて。

 やっさんは何か言いながら資料をパラパラとめくっているが、俺はタバコが気になって全く頭に内容が入ってこない。

 サブ! 気付いて! アニキのタバコに火をつけて!

とうとうやっさんはタバコをポイっと捨てて、代わりに灰皿を掴んだ。昭和の時代にあったような直径20cmくらいある、ふちのところがやたらと分厚い、不必要にデカいガラスの灰皿だ。

 そのクソデカ灰皿を振り上げ……サブの頭の上に打ち下ろした。

「おいやああぁいいたばこにひぃつけいいやあおおおあああああありゃあぁぁ!!」

 もはや何を言っているのか全く伝わってこない。

 サブは頭から血を流したまま床に倒れ、ピクリとも動かない。死んでないだろうな、これ。

「で、なんやった?」

 ぎろりとやっさんがこちらを睨む。灰皿にはべっとりと血が付着している。

 俺は気を落ちつけるために深呼吸し、毅然とした態度でやっさんに答えた。

「あ、なんでもないッス」

 俺は光に包まれた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...