リィングリーツの獣たちへ

月江堂

文字の大きさ
13 / 94

決闘

しおりを挟む
「だってイェレミアス殿下が頼りないのは事実じゃなぁい? 少し調子が良くなったからって王別の儀をパスできるのぉ?」
 
 キシュクシュが王子を侮蔑することに合理的な理由などない。ただムカつくからやっているだけである。
 
 外見はいいが事なかれ主義で優しいだけがとりえのつまらない男。それが公爵令嬢キシュクシュの、婚約者イェレミアスに持つ評価の全てである。
 
「王子は強くなります。王別の儀も、きっと……」
 
 今も必死に弁護してくれている女の陰に隠れて苦笑しているだけである。侮辱しながら余計に腹の立ってきたキシュクシュはこの際ここで大恥をかかせて今後の力関係をはっきりさせてやろうと思い始めた。
 
「そもそも女のあなたの評価なんて当てにならないじゃない。殿下が可愛い顔してるから贔屓目になってるんじゃないの?」
 
「なっ……」
 
 思わず顔を赤らめて言葉に詰まってしまう女騎士ギアンテ。図星である。それが全てではないが。
 
「実力の怪しい人の評価じゃねぇ……たとえば、あなた私の護衛のヒルシェンに勝てるのかしら?」
 
 キシュクシュが後ろにいる若い男を指差す。イェレミアスよりは少し年上だがまだ年若い男。ギアンテの様に鎧は着用していないものの、彼はオーガン家お抱えの騎士である。
 
 如何に女と言えども近衛騎士。率直な侮辱である。「お飾りの女騎士など物の数ではない。それを連れている王子の実力も知れたもの」と言っているのだ。
 連れている護衛同士を立ち会わせ、これを打ち負かされた、となれば王子の評価は地に落ちる。そこに性差があったなどという言い訳は成り立たず、噂だけが駆け巡る事だろう。
 
「近衛騎士を……舐めすぎですよ」
 
 まるでスイッチが入ったかのように、ギアンテの纏う空気に殺気が滲んだ。一瞬キシュクシュの顔が怯える。トラの尾を踏んだ。彼女はあまりにも、無遠慮に騎士の領域に踏み込み過ぎたのだ。
 
「やるのなら……受けて立ちます」
 
 一方護衛騎士ヒルシェンは如何に女と言えども、近衛騎士の実力というものを重く受け止めている。しかしそれでも自分の主人が「喧嘩を売った」のだ。力によって国を支配し、広げてきたグリムランドにおいて面子は命にも勝る。「舐められたらブチ殺す」が鉄の掟なのだ。
 
「まあまあ落ち着いてください皆さん」
 
 二人の間に淀む殺気を切り裂くように割って入ったのはこの空気に似つかわしくなく柔らかい穏やかな声。ヤルノ扮するイェレミアス王子である。
 
(やっぱり、あんたはそう動くと思ったわよ……つまらない男)
 
 自分からけしかけておいて、その上で一時は怯えた表情を見せながらも、キシュクシュは場を収めようとするヤルノに冷たい視線を浴びせた。
 
 ギアンテに喧嘩を吹っかけて恥をかかせてやろうという気持ちは勿論あった。しかしその上で、そんな剣呑な雰囲気になれば何とかしてイェレミアスが収めようとするだろうことも予想していた。
 
(喧嘩はよくない、ここはどうか僕の顔に免じて、拳を下ろしてくれませんか、とでも言う気でしょう。予想通り過ぎてあくびが出るわ)
 
 もはや予定調和すぎてこの場に興味を無くしたキシュクシュは、王子に視線を送る事すらせずに中庭のシクラメンに目を奪われていた。
 
「ギアンテ、訓練用の木剣を二本持ってきてください。私がヒルシェンさんと立ち会って、実力を見せて差し上げましょう」
 
「なっ!?」
 
 驚嘆の声を上げたのは全員であった。
 
「何を馬鹿なこと言ってるの!」
「殿下、一体何を!?」
 
 慌ててほぼ同じような内容の言葉をかけるキシュクシュとギアンテ。ヒルシェンはもはやかける言葉さえ失って狼狽しているだけである。
 
 それもそのはず。互いの護衛同士が決闘したというのならば先ほど書いたとおりの事態になる。しかし王子と護衛が決闘したなどと言えば話は別だ。槍働きで召し抱えられている騎士が勝つのは当然。王子は負けても恥にはならない。
 
 一方騎士の方は大変だ。手加減をして相手に勝たせれば自分の主人の不興を買うし、だからと言って王子に怪我でもさせれば一大事。
 
 全くの無傷でゆるゆると剣を合わせて「大変お上手でございます」と適当なところで剣を引くか、勝ちを譲るか。しかし、この傍若無人な主人がそれを許すかどうか。ヒルシェンはちらりと主人の顔を見る。
 
 美しい顔が怒りに歪み、顔は紅潮していた。最悪の事態である。騎士になったばかりの年若い青年の身に余る境遇。
 
「王子、正気ですか!?」
 
 もはや頼れるのはもう一方、女騎士ギアンテの方である。ヒルシェンは固唾をのんでイェレミアス王子とギアンテのやり取りに目をやった。
 
「なぜです? キシュクシュは僕の実力を心配しているのだから、手合わせをするのなら僕の方でしょう。ヒルシェンさんとギアンテが手合わせをする方が意味が解りませんよ」
 
 道理であるが、道理でない。主君たる王子がいったい一騎士に過ぎない男と手を合わせて何を得るというのか。互いに失うものはあっても得るものはないのだ。
 
 ヤルノはギアンテの肩にぽんと肩を乗せ、穏やかに語り掛ける。
 
「僕とその護衛を馬鹿にされたから僕が怒っているだけです。ギアンテは何も心配することはありません」
 
 心配が無いはずがない。この一ヶ月、ヤルノはひたすらイェレミアスの人間関係の把握とこの国の歴史、地理、重要人物の情報などを叩きこまれてきた。
 
 最終的には剣などの武術も鍛錬を積む予定だがまだそこまで至っていないのだ。
 
 そしてキシュクシュは確かに今日会った時「逞しくなった」と言ったが所詮は社交辞令。瘦せ型のヤルノの体形はイェレミアスとほとんど違いがない。これはヤルノの「本物と明らかに体形が違っては替え玉になれない」という意見から、鍛錬をあまりしていない事にも由来する。
 
 要は、戦闘技術の修練を何も積んでいないのだ。その状態で騎士と決闘をしようというのである。
 
 一方キシュクシュの方もこのヤルノの申し出には怒り心頭である。
 
 それもそのはず。彼女から見れば「どうせ王族に刃は向けられまい」と高をくくって舐めた挑発をしているように感じたのだ。この申し出によって「今の話はすべてなかったことに」と矛を収めるか、もしくはやったとしても軽く剣先を合わせてなあなあで終わらせることになる、と予測して場を支配しようとしているように見える。
 
 下に見ていたイェレミアスがそんな態度を取れば自尊心の強いキシュクシュはこれに怒るのも当然。果たしてヤルノは初めて出会うこの少女の性質を読み誤ったのか。
 
 「ヒルシェン」
 
 少し離れたところでキシュクシュが狼狽し続けているヒルシェンをちょいちょいと指を曲げて呼んだ。
 
 ヒルシェンはこれに少し安堵した。
 
 今回の件、まだ年若い騎士が自分の判断で事に当たるのは難しい局面。丁重に謝って決闘を断るのか、わざと負けるのか、数回剣先を合わせてお茶を濁すのか。
 
 おそらくその指示をキシュクシュがくれるのだろう。すぐにヒルシェンは彼女の方に寄っていって耳を傾ける。キシュクシュは小鳥のさえずりのような可愛らしい声で彼に耳打ちした。
 
「殺せ」
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...