リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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ソフトBL

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 グリムランド。

 元々は北の大森林地帯に暮らしていたグリム人が平原に進出して打ち立てた王国制の国家である。

 進出の理由は単純に新たな狩場を求めて、生活の場を切り開いただけであるが、寒さの厳しい黒き森リィングリーツで鍛えられた彼らはしたたかで強く、周辺の国を屈服させてこの地域の一大勢力となった。

 要は、国の成り立ちからして『強い戦士』であることが求められる国なのだ。

 何よりも胆力を重んじ、『賢王』と呼ばれるような人物でも事実かどうかは置いておいてその豪胆さを示す逸話は少なくない。

 地方をそれぞれの領主が治め、その上に国王が君臨する。中央集権国家的な性質は低く、特に公爵などと呼ばれる有力諸侯は国王にも匹敵する力を持つ。微妙な力のバランスの上に成り立つ危うい国家なのだ。

 そんな政治状況で、胆力を求められる国王は下々に『分かりやすい力』を示さねばならない。その最たるものが王位継承者となるための資格試験『王別の儀』だ。

 儀式は王宮を一人で発ち、リィングリーツの森へ行って先住民であるコルピクラーニ達の作ったといわれる夜の森の守護神であるチェルノ神の石碑に自らの名を彫り込むというもの。

 元は同じ民族であるグリム人とコルピクラーニであるが、神聖な場所への毀損を彼らは決して許さず、おおよそ1週間ほどかかる旅程の中、独力で生きて帰ってこなければならないという儀式。

 王妃インシュラは息子がこれを突破することは不可能と感じて一計を案じ、息子にそっくりな姿形を持つ少年、ヤルノを替え玉とすることを計画した。

 また、非公式にこの儀式の裏でグリムランド国家騎士団が動き、王として不適格な人間を始末してきたとノーモル公は宣う。

「本当に、申し訳ありません、ヤルノ」

「心遣いは無用ですよ、イェレミアス」

 王別の儀は他の王国の催事のように国を挙げて大々的に行われるわけではない。ひっそりと行われ、ひっそりと終わる。それはやはりその場で『不適格者』を始末することがあるためだろうか。

 リィングリーツ宮のイェレミアス王子の私室では、まるで睦み合うかのように美しい二人の少年が語り合っていた。鼻同士が触れ合いそうなほどに近い距離で話す二人と、なんとも言えない表情で直立不動にてそれを見守る女騎士。

「僕は元々そのために村からここへ来たんですから」

「でも……」

 反論しようとするイェレミアスの唇の上に人差し指を置いて言葉を止め、ヤルノはいたずらっぽく笑う。

「小さな寒村の鍛冶屋の息子としてその生涯を終えるはずだった僕が、このリィングリーツ宮に来て色々と楽しい事を経験できました。王子には感謝してるくらいです」

 そこまで言ってヤルノはちらりとギアンテの方に視線を送った。

 ひと月ほど前に王別の儀の開催が予告されてから、明日に予定日を控えた今日までの間、ギアンテとヤルノは人知れず肌を重ねてきた。彼女の胸中は如何ばかりか、それを知る者は誰もいない。

 ただ、彼女の心の中に王子とは別にヤルノの存在が大きくなってきているのだけは間違いない。

「いいですか、イェレミアスが王となれば人を気遣うどころか、時には『死んでこい』と命令しなければならない立場になります。お気遣いは無用ですよ」

 それでも王子は浮かない顔である。ヤルノは苦笑い。ギアンテは浮かない表情を見せる。

「そう甘い事を言っていられるのも今日まで。次に僕がイェレミアスと会う時はそんな考えは捨ててください。王となる者なんですから」

「そうですね……」

 王子は一つ、大きく深呼吸をする。

「そうだ。これが終わればヤルノもこの仕事から解放され、村に帰れるんですね。寂しくなるなあ」

 王子の言葉を聞いてヤルノはふふっと小さく笑った。

 無邪気な笑みではない。嘲笑ったのだ。

 この阿呆な王子は、まだこの陰謀の全容を掴んでいないのか、と。ヤルノが替え玉の仕事を終えれば、本当に解放されて村に帰れるのだなどと思っているのかと笑ったのである。

 ヤルノが帰る村などとうの昔に無くなっているというのに。

 ヤルノを生かしておいて王妃インシュラと騎士ギアンテに利することなど何一つありはしないというのに、本気で生かしておくとでも思っているのか。

 まさか全て知っていてヤルノを油断させるためにそんな事を言っているのか。いや、おそらくは無邪気に人の善性を信じているのであろう。そんな顔をしている。

「まだお別れは先ですけど、この四か月ほど、本当に楽しかったです。気を付けてくださいね、ヤルノ。王別の儀の成功よりは、自分の命を優先してくださいね」

 そう言ってイェレミアスは愛おしそうに右手でヤルノの頬に手を当てた。

「ええ。イェレミアスの方こそ、ご自分の身体をご自愛なさってください」

 そう応えてヤルノも、右手でイェレミアスの頬を撫でた。丁度点対称に二人が同じ仕草をした形だ。

 ギアンテの脳が混乱する。

 一方は彼女が敬愛する高貴な血の持ち主。何者も侵し難く、誰よりも優しい心を持った愛の人。

 一方はどこの馬の骨とも分からぬ寒村のガキ。ただ、不思議な魔力で人を虜にし、人の心を見透かし、操る妖しき精。彼女は少年を嫌悪していたはずであるが、いつの間にかその魅力にはまり、幾度も肌を重ねた相手。

 自分が愛していたのはどちらの少年だったのか。どちらがどちらなのか分からなくなる。

「死がふたりを分かつ『その時』まで、僕とあなたは二つで一つ。一心同体の友なのですから」

 そう言って二人は軽く口を付けた。

 どちらからその行為に及んだのかも分からない。その言葉をどちらが発したのかも分からない。

 あまりにも非現実的なその光景に、ただ、ギアンテの鼓動が早まるばかり。
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