リィングリーツの獣たちへ

月江堂

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森の妖精

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「分かりやすすぎるくらいに分かりやすい足跡だ。まるで消そうともしてない」

 老騎士ヴァルフシュの右腕とも言われている男、ロークは苦笑いを浮かべた。

「仕方ないスよ。イェレミアスはコルピクラーニは警戒してても俺達が命を狙ってるとは知らないスからね」

 軽薄な笑いを浮かべながら彼の部下が答える。ロークは現在二人の部下を従えて、イェレミアスが事前にナイフを隠した木のうろのうち最も森の入り口に近い場所を目指していた。

 ナイフは王別の儀が始まる前に回収済みである。所持品を衣服と少量の飲食物以外すべて奪われてしまうことを知っていたイェレミアスは事前に森の中に武器を隠していた。

 しかしこの企ては騎士団には見抜かれており、隠したナイフ四本すべてが拐取されてしまったのだ。

 ではなぜ騎士団の男、ロークは既に回収済みのナイフの隠し場所に訪れたのか。

 答えは簡単。ナイフを回収しに現れるであろうイェレミアスを待ち伏せて始末するためである。

 足跡を見れば、どうやらイェレミアスの方が先に現場に行っているようであるが、ナイフとなめし皮の鎧で武装した騎士三人に対してイェレミアスは一人な上に、武器を一切持たない状態。

 予想される武装はせいぜいが投石といったところである。仮に衣服を破いて簡易的な投石紐を作ったところで、その程度の武装ならば今度は革鎧のアドバンテージが効いてくる。負ける手筋のないゲームなのだ。『鉄』の力は圧倒的である。

「やっぱり足跡は一直線に『木の洞』に続いてますね……今頃ナイフが無い事に慌ててるところか」

「無駄口はそこまでだ。ここからは気配を殺していくぞ。逃げられたら面倒だからな」

 何より一番大きなアドバンテージは騎士団がイェレミアスの命を狙っていると知られていないことであろう。

 それを最大限利用して初日にして計画を達成しようと狙っているわけである。

 気配を殺し、音を立てず、全員の呼吸を一つに合わせ、森に一体化したかのように進む。聞こえるのは虫の鳴き声と鳥の羽音だけ。森には不慣れな集団であるが、殺し合いにおける隠密任務には慣れている。何より一国の王子よりはよほど森には詳しいつもりである。

 ありとあらゆる要素が、彼らの敗北などあり得ないという事実を指し示していた。

 彼らにとっての『敗北』とは、全工程として予測されるおよそ7日間の内に王子を始末できないこと。そのはずであった。

 だからこその油断があったのかもしれない。

 ナイフを見つけた木にたどり着いて、ロークは首をひねった。

 王子の姿が見えない。

 足跡は一直線に木に向かって、そのまま消えてしまっている。いったいイェレミアスはどこに消えてしまったのか。本当なら木の周りを熱心に探し続けるイェレミアスに鉢合わせするはずであった。

 ナイフがないことに気付いてすぐに諦め、次のナイフを探しに行ったのか。しかし周囲に他に足跡はない。ならば真っ直ぐ木に向かって歩き、そのまま木に登ってこちらを待ち伏せているのか。だとすれば袋のネズミなのだが。

 首を上げて木の上を睨むが、人の気配はない。枝葉で隠れて全てが見えるわけではないが。まさか妖精のように羽が生えてどこかに飛び去ってしまった、という事はあるまい。ファンタジーやメルヘンではないのだから。

「チッ、面倒だな……」

 緊張の糸が切れたのか、最早沈黙は意味が無いと悟ったのか、ロークは大きく息を吐き出してから独りちた。途端に他の二人も緊張感が緩和する。どう言えばいいのか、「空気が弛緩した」ような感じである。張りつめていたベルトを緩めたような、そんな雰囲気。

「おお~い、イェレミアス王子! いるのか?」

 そう言いながらロークは木の上を睨んだままその周辺を歩く。その瞬間、妙な違和感を覚えた。何かを踏んだ。木の枝か、そう固いものでも、重いものでもない。

 そう思うよりも早く、視界の端で何かが勢いよく跳ね上がる。

「ぬああッ!?」

 次の瞬間にはロークは空中に逆さ吊りにされていた。いや、勢いをつけて思い切り逆さに空中に跳ね上げられたといった方が正しいか。

「スネアトラップ!?」

 括り罠とも呼ばれるものである。木の枝、もしくは幹をしならせた状態で軽くつっかえ棒などで固定し、それを蹴飛ばすなり踏むなりすると勢いよく跳ね上げて、主に足などを吊るしてしまい、身動きを取れなくする。

「ロークさ……むぐッ!?」

 残された二人の視線がロークに注がれるが、内の一人は声を失った。見れば体の中央から棒のようなものが突き出ており、その先端には黒いガラスのようなものが括りつけられている。

「こ……黒曜石?」

 自らの身体を貫くその槍に驚愕の視線を送り、男は膝をついた。心の臓を破られたのか、もはや彼が再び立ち上がることは無かった。

「イェレミアス、てめえ!!」

 残った一人が吠える。

「簡単すぎて期待外れもいいとこですね」

 その視線の先にはつまらなそうに次の槍を用意する少年。右手には投石紐のようなものを持っている。おそらくは簡易的な布製の投槍器である。槍の先にはやはり先ほどと同じように黒曜石の穂先が取り付けられている。

 黒曜石は流紋岩に伴う火山ガラスであり、何処でも取れるわけではないものの、衝撃を与えると簡単にうろこ状に剥離し、鋭い刃先を形成する。これで作成した矢じりは、上手くすれば鉄製の物よりも高い貫通力を誇ることもある代物である。

「させるかよ!!」

 次の槍を番えようとする前に男は素早く腰のナイフを抜いて突進する。ギリギリの間合い。しかし一瞬自分の方が早いはず。そう目算したのだが、何かに足を取られて大きくバランスを崩した。

 そして両手を地面についたところに、王子の黒曜石が彼の喉を、そしてその先にある心臓を貫いた。

「刃の長い草を選んで先を結び、アーチ状の引っ掛けをいくつも作っといたんですよ。こんなに見事に引っかかるとは思いませんでしたけどね」

 王子はそう呟いて、彼の持っていたナイフを取りあげた。

「さて、騎士団の方ですよね? どうもお疲れ様です」
「イェレミアス……てめえ」

 残る一人、逆さづりにされたロークに余裕の笑みで以て話しかけるイェレミアス王子、いやヤルノ少年だ。

 一瞬にして騎士団の歴戦の勇士三人が無力化されてしまったのだ。ロークはあまりにも問いただしたい内容が多すぎて、逆に声が出ない。

 足跡を辿ったのに、何故後ろから来たのか。こんな罠を大量に用意する暇など無かったはずなのに。ましてや黒曜石を見つけ、それを武器に加工する時間などなかったはず。ナイフを奪われて、動揺は無かったのか。そもそもなぜ襲撃されることを知っていたのか。疑問は尽きないが、自分に残された時間はそう長そうではない。

 それは全くの無表情で目の前でナイフを構えているヤルノを見ればわかる。

「ナイフを回収したところまでは良かったと思いますが、逆にその時の自分達の痕跡を隠す所までは頭が回らなかったみたいですね。あなた達のおおよその動きが掴めれば、この手の自然物を利用したトラップや武器はいくらでも隠せますからね」

 甘すぎた。森での戦いにおいて、騎士達よりもはるかにこの目の前の少年の方が上手だったのだ。
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