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狂想曲
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「国を……壊す?」
「ええ。ボロボロに、ね」
発言の意図を計りかねるギアンテ。イェレミアスは笑顔で以て応えた。
「当初予定していた形とは随分と違ってしまいましたがね」
イェレミアスは再びバルコニーの方を向いてギアンテに背を見せた。
「最初は王党派を中心とするアシュベル王子と、民主派を中心とするガッツォ王子を上手く操作して武力衝突させるつもりでした」
イェレミアス王子は、ようやく自らの描いた絵図を語り始めた。ギアンテとインシュラが心神喪失状態になり、ずっと棚上げされていたイェレミアス王子の王位へと至る道。
「そこへ僕が仲裁に入り、国の危機を救う、という形です。背後にお母様の実家であるロクスハム王家の姿をチラつかせながらね」
その計画はどこで狂ったのか。もしくは心変わりがあって計画を変更したのか。
「ですが、やはり性急すぎましたか。いろいろとボロが出てきましたね。決定的だったのはつい先日のアシュベル王子の死です」
「死」などという、まるで他人事のような表現を使ってはいるが、アシュベルを殺害したのは、間違いなくイェレミアスなのだ。それはギアンテもよく知っている。彼の死体をお粗末ながらも処理したのは二人なのだから。
「今は国全体が狂乱状態に陥っていますが、やがて時がたって冷静に調査をすれば、僕が殺害したこともバレるかもしれませんね。だからこそ、敢えて雑に処理することで『考えなしに動く愚か者』の犯行であることを演出したんですが」
「ボロが出る」と自嘲しているものの、ここまでは上手くいっているように見える。イェレミアスはさらに言葉を続けた。
「予定通り陛下も死に、本格的な跡目争いが始まります。構図はやはり王党派と民主派の戦いになりますが……」
元々ガッツォとイェレミアスは同じ派閥だったはず。ならば戦いにはならないのではないか。
「ロクスハム王国は結局説得することができず、王党派につくようです。民主化の流れが自国に波及することを恐れたみたいで」
ならばイェレミアスが王党派のトップに立つという事か。
「王党派のトップにはお母様に立ってもらいます。流れとしても自然でしょう。実家ですし」
「!! ……妃殿下は、今は……ッ!!」
ここ最近のインシュラ王妃は、とてもではないが政争のトップに立って陣頭指揮をとれるような状況ではない。
正確に言えばイェレミアスが『真実』を伝えてから。もっと言うと彼女にとって人生そのものであったイェレミアス王子を自分の手で殺してしまったと知り、イェレミアスに犯されたあの晩からだ。
日がな一日椅子に座って窓の外を眺め、焦点の合わない目で空中を見つめて何やらぶつぶつと呻き声をあげている。
「『神輿は軽い方がいい』といいますが、あれほど軽い神輿はないでしょう。ちょうどいい」
言ってみれば廃人である。
「ガッツォ殿下は争いを好まれないのでは?」
「あの人はあの人でいい神輿になりますからね。本人の意思など、もう関係なく担ぎ上げられますよ。軽い神輿同士、せいぜい派手に衝突してもらいましょう」
しかし解せない。ガッツォに相対するのがアシュベルになるはずだったのは分かるが、その代わりに据えるのが何故インシュラなのか。では、やはり当初の予定通りイェレミアスが調停役を買って出るという事なのか。
「まさか」
イェレミアスは問いかけるとこちらを向いてバルコニーの手すりに寄っかかりながら笑って答えた。では、この両者をぶつけてイェレミアスは何をするつもりなのか。
「何もしませんよ」
ギアンテには、その言葉の真意が全くつかめなかった。
「言ったでしょう。もう何もかも、面倒になったって。外患をもって内憂に当たるというのは最悪の下策。王党派が勝てば、グリムランドはロクスハムの強い影響下に置かれることになります。民主派が勝ったらもっと地獄だ。獣にも等しいこの国の民衆は、まだ民主主義を遂行できるには程遠い。より悲惨な状況になるでしょうね」
「……それが分かっていながら、なぜ」
なぜ「何もしない」などという選択肢が上がってくるのか。仮に本当に何もしないのだとしたら、何のためにここまでして衝突のおぜん立てをし、役者を揃えたというのか。
「さっき言ったでしょう」
ギアンテは記憶を遡るが、しかし出てこない。そんな理由を話していただろうか。用意周到にして細工は流々。しかしイェレミアスの行動については何がその原理になって動いているのかが全く分からなかった。
「うらやましいんですよ」
確かに言っていた。
この町に生きる全ての者達が、愛し、愛されることがうらやましいと。
「うらやましくて、妬ましくて、全部ぶっ壊してやりたくなる。
……でもね、思うんですよ。そんな『愛』なんてものが、本当にあるのかな、って。だから僕は直接彼らに手を下したりはしない。その代わりにこの国に大きな混乱をもたらして、本当にそんなものがあるのか、試してみようかな、と、この間思いついたんですよ」
「イェレミアス王子……あなたの事は、私が……」
みなまで言わず、ギアンテは彼の体を抱きしめた。しかし当然ながら彼は分かっている。ギアンテの見ているのは彼ではない。イェレミアスの幻影なのだという事を。
「王が死んで、明日は朝から本格的に国が動き出しますよ。ギアンテにはこの狂想曲を特等席で見せてあげましょう」
「ええ。ボロボロに、ね」
発言の意図を計りかねるギアンテ。イェレミアスは笑顔で以て応えた。
「当初予定していた形とは随分と違ってしまいましたがね」
イェレミアスは再びバルコニーの方を向いてギアンテに背を見せた。
「最初は王党派を中心とするアシュベル王子と、民主派を中心とするガッツォ王子を上手く操作して武力衝突させるつもりでした」
イェレミアス王子は、ようやく自らの描いた絵図を語り始めた。ギアンテとインシュラが心神喪失状態になり、ずっと棚上げされていたイェレミアス王子の王位へと至る道。
「そこへ僕が仲裁に入り、国の危機を救う、という形です。背後にお母様の実家であるロクスハム王家の姿をチラつかせながらね」
その計画はどこで狂ったのか。もしくは心変わりがあって計画を変更したのか。
「ですが、やはり性急すぎましたか。いろいろとボロが出てきましたね。決定的だったのはつい先日のアシュベル王子の死です」
「死」などという、まるで他人事のような表現を使ってはいるが、アシュベルを殺害したのは、間違いなくイェレミアスなのだ。それはギアンテもよく知っている。彼の死体をお粗末ながらも処理したのは二人なのだから。
「今は国全体が狂乱状態に陥っていますが、やがて時がたって冷静に調査をすれば、僕が殺害したこともバレるかもしれませんね。だからこそ、敢えて雑に処理することで『考えなしに動く愚か者』の犯行であることを演出したんですが」
「ボロが出る」と自嘲しているものの、ここまでは上手くいっているように見える。イェレミアスはさらに言葉を続けた。
「予定通り陛下も死に、本格的な跡目争いが始まります。構図はやはり王党派と民主派の戦いになりますが……」
元々ガッツォとイェレミアスは同じ派閥だったはず。ならば戦いにはならないのではないか。
「ロクスハム王国は結局説得することができず、王党派につくようです。民主化の流れが自国に波及することを恐れたみたいで」
ならばイェレミアスが王党派のトップに立つという事か。
「王党派のトップにはお母様に立ってもらいます。流れとしても自然でしょう。実家ですし」
「!! ……妃殿下は、今は……ッ!!」
ここ最近のインシュラ王妃は、とてもではないが政争のトップに立って陣頭指揮をとれるような状況ではない。
正確に言えばイェレミアスが『真実』を伝えてから。もっと言うと彼女にとって人生そのものであったイェレミアス王子を自分の手で殺してしまったと知り、イェレミアスに犯されたあの晩からだ。
日がな一日椅子に座って窓の外を眺め、焦点の合わない目で空中を見つめて何やらぶつぶつと呻き声をあげている。
「『神輿は軽い方がいい』といいますが、あれほど軽い神輿はないでしょう。ちょうどいい」
言ってみれば廃人である。
「ガッツォ殿下は争いを好まれないのでは?」
「あの人はあの人でいい神輿になりますからね。本人の意思など、もう関係なく担ぎ上げられますよ。軽い神輿同士、せいぜい派手に衝突してもらいましょう」
しかし解せない。ガッツォに相対するのがアシュベルになるはずだったのは分かるが、その代わりに据えるのが何故インシュラなのか。では、やはり当初の予定通りイェレミアスが調停役を買って出るという事なのか。
「まさか」
イェレミアスは問いかけるとこちらを向いてバルコニーの手すりに寄っかかりながら笑って答えた。では、この両者をぶつけてイェレミアスは何をするつもりなのか。
「何もしませんよ」
ギアンテには、その言葉の真意が全くつかめなかった。
「言ったでしょう。もう何もかも、面倒になったって。外患をもって内憂に当たるというのは最悪の下策。王党派が勝てば、グリムランドはロクスハムの強い影響下に置かれることになります。民主派が勝ったらもっと地獄だ。獣にも等しいこの国の民衆は、まだ民主主義を遂行できるには程遠い。より悲惨な状況になるでしょうね」
「……それが分かっていながら、なぜ」
なぜ「何もしない」などという選択肢が上がってくるのか。仮に本当に何もしないのだとしたら、何のためにここまでして衝突のおぜん立てをし、役者を揃えたというのか。
「さっき言ったでしょう」
ギアンテは記憶を遡るが、しかし出てこない。そんな理由を話していただろうか。用意周到にして細工は流々。しかしイェレミアスの行動については何がその原理になって動いているのかが全く分からなかった。
「うらやましいんですよ」
確かに言っていた。
この町に生きる全ての者達が、愛し、愛されることがうらやましいと。
「うらやましくて、妬ましくて、全部ぶっ壊してやりたくなる。
……でもね、思うんですよ。そんな『愛』なんてものが、本当にあるのかな、って。だから僕は直接彼らに手を下したりはしない。その代わりにこの国に大きな混乱をもたらして、本当にそんなものがあるのか、試してみようかな、と、この間思いついたんですよ」
「イェレミアス王子……あなたの事は、私が……」
みなまで言わず、ギアンテは彼の体を抱きしめた。しかし当然ながら彼は分かっている。ギアンテの見ているのは彼ではない。イェレミアスの幻影なのだという事を。
「王が死んで、明日は朝から本格的に国が動き出しますよ。ギアンテにはこの狂想曲を特等席で見せてあげましょう」
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