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告白予約-1
二度目のヒートが終わり、日常が戻って来た。
夢半ばでふわふわしていた恵が告白未遂を覚えているとは思えなかったが、どうやら朧気な記憶はあるらしく、目が合う度に顔をぽっと赤く染めてピトっと多都希にくっつく。なんとも嬉しい誤算だった。
それに最近は告白する前の見え透いた駆け引きが勃発している。
今日の弁当はハート形に切った海苔と、これまた大きなハートに象られた桜でんぶが白米の上に乗っていた。ハート型のハンバーグの上にはハート型のチーズ、ミニトマトに刺さっていたのは先端にハートの飾りがついたピックだった。
ここまでハート尽くしとなると、いたずら確定である。
今思えば、今日の弁当はとびきり美味しいよと恵は予告していた。
弁当の蓋を持ったまま固まる多都希は天を仰ぐ。
多都希の弁当を見た森と朔はニヤニヤしているが何も言わない。
「……お前ら、うるせぇぞ」
「ええ~⁉ オレたち何も言ってないのにねぇ? もっちー?」
「そうだよ、森も俺も一言も発していないのに」
「視線がうるせぇんだよ!」
キャーっと両手を合わせて盛り上がる森と朔は完全に多都希をからかって楽しんでいる。
「いやぁ、こんなに愛されているのにまだ付き合ってないとか、逆にエロイな……」
「確かに不健全ではあるかもね……」
森に同意する朔は至って真剣な顔をしているが、有平とお前も昔はそんなもんだっただろうとツッコむ気力はない。
「タイミングっつーもんがあんだよ。おとなしく見守っとけ」
こんないかにもな愛妻弁当、以前の多都希ならば他人に見せられないと隠れて食べていた。今回も恵のいたずら心でしかない弁当だが、この弁当を見た多都希の反応を想像しながら作ったのだろう。ずっとこちらのことを考えていたと思うと気分はいい。
多都希は愛情たっぷりの弁当を米粒一つ残さずぺろっと平らげた。
帰宅後、空になった弁当箱を手渡して感謝を告げると、恵は目を細めて後退った。
「お、怒ってないの?」
「何がだ?」
「ごめん、お弁当やりすぎたかも……。同僚の人に何か言われた?」
「ああ、そのことか。何も謝る必要はないだろ。お前の言う通り、今日の弁当はとびきり美味かったぞ……」
そう多都希が甘やかしたのがいけなかったのだろうか――。
風呂を上がった今も、あからさまに恵から誘惑されている。
建前だけの言葉のやり取りがどれだけ楽しいものなのか、多都希は初めて知る感情の波に溺れそうだった。
「恵! 何月だと思ってんだ! 買ってやった長袖はどこにやった!」
夕食後、尻が見えそうな夏用のショートパンツを履いてソファーに寝そべる恵を叱ると、恵は上体を起こすと悪びれもなく足を組んで、ふふんっと鼻を鳴らした。
細いがハリのある太ももは垂涎ものだ。内側のやわらかな肉に舌を這わせ、歯を突き立てて、所有印をつけたい。そんな衝動に駆られる。
夏場は両想いだと思っていなかったため、視界に入れないようにただただ必死だった。すれ違いざまに肌に触れようものならば、過剰なほど距離を取っていたくらいだ。
「長ズボンは全部洗っちゃったもーん。もしかしたらその洗濯物の中にあるかもね~」
ふりふりと太ももを揺らした恵は、足の先で洗濯物の山を指す。
「行儀が悪い!」
多都希は悪態をつきながら、乾燥機から取り込んだばかりの洗濯物の山に手を伸ばす。バスタオルの端から紐らしきものがはみ出ていたので、長ズボンの腰紐だと思った多都希はそれを引き抜いた。
ズボンの腰紐にしては軽い、手品のように細長い糸のようなものがズルズルと釣れる。
「あ? は、はあぁアあ~~⁉ なんだこれはァッ!」
「ふふふっ、ハ・ズ・レっ」
多都希が手に取ったのは、小さな三角形の布がついた紫色の紐だった。俗に言う紐パンというやつである。
もう洗濯物を別にする必要がないと判断したのか、恵はわざと多都希に下着を見せつけてきたのだ。
制御できなかったフェロモンが漏れる。
目を三日月にした恵は後ろ手を組みながら近づいて来た。
「こっち来んな!」
「ぷふふっ、全然興味ないのかと思ってたのに、ちゃんと今までのアピールも効いてたんだ。塩谷さんのむっつりスケベ」
今までこんな面積の狭い下着を纏っていたのかという興奮と、やはりショートパンツから下着がはみ出ないように工夫していたのだなという感心が入り交じる。
さらにこれまで幾度となく服の中を覗き見てしまっていたが、それも偶然ではなく、恵によって仕組まれたのだと気づかされた。
こちらは罪悪感を抱えながら燻ぶっていたというのに、なんと非道な――。
「おま、お前! こんなことして許されると思ってんのか!」
「何のこと? 塩谷さんが勝手にオレのパンツを掴んでムラムラしてたんじゃん。というか、いつまでそれ握ってるつもり? えっちぃ」
体を擦り付けて去っていく猫のように、恵はすりっと多都希に体を押し付けると、踵を翻して再びソファーに飛び込んだ。さらにこの小悪魔は、わざわざ多都希のクッションを抱きしめてラッコのように仰向けになる。
今もショートパンツを履いているということは、下着もこの紐同然の――。
多都希がこめかみに青筋を立てて恵を睨むと、わざとらしい悲鳴が返ってきた。
告白するまで待っていてくれと言った手前、多都希が襲うことはない。恵もそれを分かって大胆な行動に出ている。同居当初は、頬を撫でられただけで赤面していたというのに、あの初心な青年は一体どこへ行ったというのだ。
それに多都希とて、やられっぱなしは癪に障る。多都希は、恵の両足を持ち上げてぱっかりと割ると、体重をかけて覆いかぶさった。
流石にやり過ぎたと焦ったのか、恵は狼狽しながら謝罪を口にした。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 冗談だから、あぁ、は……ぅんっ」
「なんか言ったか?」
すべすべの太ももを撫でると、恵の腰は大袈裟に跳ねた。
沈み込んだ指先は諸刃の剣だ。実際、ピクピクと反応する恵はクッションを抱きしめたまま、嫌というわりに本気で抵抗しない。
「はうぅっ、こ、ここでするの……⁉」
潤んだ瞳がこちらを見上げている。
ちょっと嬉しそうな顔をするのも止めて欲しい。
多都希は恵からクッションを取り上げると、床にポイっと投げた。
「俺は自分のクッションを取り戻しに来ただけだ。何を想像してんだ、このスケベ野郎」
「は……はあああ⁉ 違うし!」
「つーか、腕も足も冷てぇ……。風邪引いたらどうすんだよ。もう冬になんだぞ。今こそパーカーに長ズボンの出番だろうが」
「やだよ、パーカーだって好きで着てたわけじゃないし、こっちのが大人っぽいじゃん……。てか、そんな心配なら、塩谷さんがお世話してくれたら?」
「世話?」
「自分がプレゼントしたこの薄いパジャマをひん剥いて、オレを長袖パジャマに着替えさせるとか」
「ッ~~この減らず口が! 自分で着替えるんだよ!」
がしっと腰を掴むと恵は慌てた。
パーカーを着ていた時に比べて厚みが半分になっているような気がする。それくらい華奢で薄い身体だ。
「うぎゃあ! 暴力反対~っ!」
「あーはいはい、めぐ様はソフトタッチをご希望で?」
「そんなこと言ってな――っひゃひぃ⁉ ふぁ、きゃははははっ!」
わき腹をくすぐると、恵は涙を目に溜めて上半身を左右に揺らす。少し太い眉がハの字に垂れ下がって、愛犬と戯れて遊んでいた時のことを思い出した。
「やめっ……はひっ、あは……っ、わはは!」
「明日からちゃんと長袖着るか?」
「きう、着るからぁ! あはっ、ふふふっ」
そして身を捩って横を向いた瞬間、多都希の親指が周りの肌よりも柔らかいふにっとした場所を押し込んだ。
「あぁんっ」
大声で笑っていたため、恵の声は部屋に響き渡った。
明らかに甘さの混ざった声に二人の動きはピタリと停止した。心臓を拳で殴られているのかと思うほどドク、ドク、と脈打っているのが分る。
親指をそっと離すと、ぷくっと浮いた乳首があとを追いかけて来た。その尖った場所を隠すように恵はそっと胸に手を置くと、顔を真っ赤にして背けた。
明らかにやりすぎだ。
辱める意図はなかったが、結果として触れてしまったことには変わりない。このままでは、いつか本当に事故が起きる。その前にけじめをつけなくては――。
多都希は恵の上半身を起こすと、恵を膝の上に乗せた。
「あー、なんだ。その、今週末の予定は?」
「え? 三連休のこと? いつも通り塩谷さんと出かけようかなって思ってたよ。場所はまだ決めてないけど、どこか行きたいところでもあるの?」
「ある。この前行った遊園地近くのホテルを予約している。土日はそこで過ごさないか?」
「海の見えるあのホテルでご飯……? オレ、お給料日前なんだけど大丈夫かな……?」
「俺を誰だと思っている。高給取りのエリートアルファだぞ」
「あはっ、自分で言うの? そうだったね、スーパースーパーエリートの塩谷さんだもんね」
「事実だろ。それに飯じゃなくて泊まりだ。お前からはそれ以上……いいや、金に換えられないほど大事なものを貰おうと企んでるんだ。宿泊代を払ったって全然足りないだろ」
「泊まり……」
「寝て起きて飯食って終わりじゃないぞ。駄目か……?」
早く頷いてくれとカラー越しにうなじをなぞる。恵はようやく真意を理解したのか、耳まで赤くして何度も頷いた。
「いいよ」
「そんな簡単に頷いていいのか? 何のことか覚えていないとか、まだ心の準備ができていないとかであれば、遠慮なく――」
「行くよ! 絶対絶対ぜぇーったいに行くから!」
恵は食い気味に答える。
「本当に分かってんのか? これ無しで俺と向き合ってくれるのか?」
隙間なく首をガードしているカラーをトントンと指で叩く。
「……ちゃ、ちゃんと分かってるもん。あの時だって言ったでしょ、ヒート終わりかけてたんだから、覚えてる。カラーの鍵もちゃんと持って行くよ……」
ヒート中のような香りが部屋全体に広がった。疑似ベータ薬を飲んでおけば良かった。それくらい抗えない香りがする。
「あと少し、待ってるな?」
「うん、待てる……」
「悪いようにはしない。約束する」
「……最高の日にしてやるぐらい言え」
「ははっ、手厳しいな」
頬に手を添えると、恵は安心しきった顔で瞳を閉じた。
夢半ばでふわふわしていた恵が告白未遂を覚えているとは思えなかったが、どうやら朧気な記憶はあるらしく、目が合う度に顔をぽっと赤く染めてピトっと多都希にくっつく。なんとも嬉しい誤算だった。
それに最近は告白する前の見え透いた駆け引きが勃発している。
今日の弁当はハート形に切った海苔と、これまた大きなハートに象られた桜でんぶが白米の上に乗っていた。ハート型のハンバーグの上にはハート型のチーズ、ミニトマトに刺さっていたのは先端にハートの飾りがついたピックだった。
ここまでハート尽くしとなると、いたずら確定である。
今思えば、今日の弁当はとびきり美味しいよと恵は予告していた。
弁当の蓋を持ったまま固まる多都希は天を仰ぐ。
多都希の弁当を見た森と朔はニヤニヤしているが何も言わない。
「……お前ら、うるせぇぞ」
「ええ~⁉ オレたち何も言ってないのにねぇ? もっちー?」
「そうだよ、森も俺も一言も発していないのに」
「視線がうるせぇんだよ!」
キャーっと両手を合わせて盛り上がる森と朔は完全に多都希をからかって楽しんでいる。
「いやぁ、こんなに愛されているのにまだ付き合ってないとか、逆にエロイな……」
「確かに不健全ではあるかもね……」
森に同意する朔は至って真剣な顔をしているが、有平とお前も昔はそんなもんだっただろうとツッコむ気力はない。
「タイミングっつーもんがあんだよ。おとなしく見守っとけ」
こんないかにもな愛妻弁当、以前の多都希ならば他人に見せられないと隠れて食べていた。今回も恵のいたずら心でしかない弁当だが、この弁当を見た多都希の反応を想像しながら作ったのだろう。ずっとこちらのことを考えていたと思うと気分はいい。
多都希は愛情たっぷりの弁当を米粒一つ残さずぺろっと平らげた。
帰宅後、空になった弁当箱を手渡して感謝を告げると、恵は目を細めて後退った。
「お、怒ってないの?」
「何がだ?」
「ごめん、お弁当やりすぎたかも……。同僚の人に何か言われた?」
「ああ、そのことか。何も謝る必要はないだろ。お前の言う通り、今日の弁当はとびきり美味かったぞ……」
そう多都希が甘やかしたのがいけなかったのだろうか――。
風呂を上がった今も、あからさまに恵から誘惑されている。
建前だけの言葉のやり取りがどれだけ楽しいものなのか、多都希は初めて知る感情の波に溺れそうだった。
「恵! 何月だと思ってんだ! 買ってやった長袖はどこにやった!」
夕食後、尻が見えそうな夏用のショートパンツを履いてソファーに寝そべる恵を叱ると、恵は上体を起こすと悪びれもなく足を組んで、ふふんっと鼻を鳴らした。
細いがハリのある太ももは垂涎ものだ。内側のやわらかな肉に舌を這わせ、歯を突き立てて、所有印をつけたい。そんな衝動に駆られる。
夏場は両想いだと思っていなかったため、視界に入れないようにただただ必死だった。すれ違いざまに肌に触れようものならば、過剰なほど距離を取っていたくらいだ。
「長ズボンは全部洗っちゃったもーん。もしかしたらその洗濯物の中にあるかもね~」
ふりふりと太ももを揺らした恵は、足の先で洗濯物の山を指す。
「行儀が悪い!」
多都希は悪態をつきながら、乾燥機から取り込んだばかりの洗濯物の山に手を伸ばす。バスタオルの端から紐らしきものがはみ出ていたので、長ズボンの腰紐だと思った多都希はそれを引き抜いた。
ズボンの腰紐にしては軽い、手品のように細長い糸のようなものがズルズルと釣れる。
「あ? は、はあぁアあ~~⁉ なんだこれはァッ!」
「ふふふっ、ハ・ズ・レっ」
多都希が手に取ったのは、小さな三角形の布がついた紫色の紐だった。俗に言う紐パンというやつである。
もう洗濯物を別にする必要がないと判断したのか、恵はわざと多都希に下着を見せつけてきたのだ。
制御できなかったフェロモンが漏れる。
目を三日月にした恵は後ろ手を組みながら近づいて来た。
「こっち来んな!」
「ぷふふっ、全然興味ないのかと思ってたのに、ちゃんと今までのアピールも効いてたんだ。塩谷さんのむっつりスケベ」
今までこんな面積の狭い下着を纏っていたのかという興奮と、やはりショートパンツから下着がはみ出ないように工夫していたのだなという感心が入り交じる。
さらにこれまで幾度となく服の中を覗き見てしまっていたが、それも偶然ではなく、恵によって仕組まれたのだと気づかされた。
こちらは罪悪感を抱えながら燻ぶっていたというのに、なんと非道な――。
「おま、お前! こんなことして許されると思ってんのか!」
「何のこと? 塩谷さんが勝手にオレのパンツを掴んでムラムラしてたんじゃん。というか、いつまでそれ握ってるつもり? えっちぃ」
体を擦り付けて去っていく猫のように、恵はすりっと多都希に体を押し付けると、踵を翻して再びソファーに飛び込んだ。さらにこの小悪魔は、わざわざ多都希のクッションを抱きしめてラッコのように仰向けになる。
今もショートパンツを履いているということは、下着もこの紐同然の――。
多都希がこめかみに青筋を立てて恵を睨むと、わざとらしい悲鳴が返ってきた。
告白するまで待っていてくれと言った手前、多都希が襲うことはない。恵もそれを分かって大胆な行動に出ている。同居当初は、頬を撫でられただけで赤面していたというのに、あの初心な青年は一体どこへ行ったというのだ。
それに多都希とて、やられっぱなしは癪に障る。多都希は、恵の両足を持ち上げてぱっかりと割ると、体重をかけて覆いかぶさった。
流石にやり過ぎたと焦ったのか、恵は狼狽しながら謝罪を口にした。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 冗談だから、あぁ、は……ぅんっ」
「なんか言ったか?」
すべすべの太ももを撫でると、恵の腰は大袈裟に跳ねた。
沈み込んだ指先は諸刃の剣だ。実際、ピクピクと反応する恵はクッションを抱きしめたまま、嫌というわりに本気で抵抗しない。
「はうぅっ、こ、ここでするの……⁉」
潤んだ瞳がこちらを見上げている。
ちょっと嬉しそうな顔をするのも止めて欲しい。
多都希は恵からクッションを取り上げると、床にポイっと投げた。
「俺は自分のクッションを取り戻しに来ただけだ。何を想像してんだ、このスケベ野郎」
「は……はあああ⁉ 違うし!」
「つーか、腕も足も冷てぇ……。風邪引いたらどうすんだよ。もう冬になんだぞ。今こそパーカーに長ズボンの出番だろうが」
「やだよ、パーカーだって好きで着てたわけじゃないし、こっちのが大人っぽいじゃん……。てか、そんな心配なら、塩谷さんがお世話してくれたら?」
「世話?」
「自分がプレゼントしたこの薄いパジャマをひん剥いて、オレを長袖パジャマに着替えさせるとか」
「ッ~~この減らず口が! 自分で着替えるんだよ!」
がしっと腰を掴むと恵は慌てた。
パーカーを着ていた時に比べて厚みが半分になっているような気がする。それくらい華奢で薄い身体だ。
「うぎゃあ! 暴力反対~っ!」
「あーはいはい、めぐ様はソフトタッチをご希望で?」
「そんなこと言ってな――っひゃひぃ⁉ ふぁ、きゃははははっ!」
わき腹をくすぐると、恵は涙を目に溜めて上半身を左右に揺らす。少し太い眉がハの字に垂れ下がって、愛犬と戯れて遊んでいた時のことを思い出した。
「やめっ……はひっ、あは……っ、わはは!」
「明日からちゃんと長袖着るか?」
「きう、着るからぁ! あはっ、ふふふっ」
そして身を捩って横を向いた瞬間、多都希の親指が周りの肌よりも柔らかいふにっとした場所を押し込んだ。
「あぁんっ」
大声で笑っていたため、恵の声は部屋に響き渡った。
明らかに甘さの混ざった声に二人の動きはピタリと停止した。心臓を拳で殴られているのかと思うほどドク、ドク、と脈打っているのが分る。
親指をそっと離すと、ぷくっと浮いた乳首があとを追いかけて来た。その尖った場所を隠すように恵はそっと胸に手を置くと、顔を真っ赤にして背けた。
明らかにやりすぎだ。
辱める意図はなかったが、結果として触れてしまったことには変わりない。このままでは、いつか本当に事故が起きる。その前にけじめをつけなくては――。
多都希は恵の上半身を起こすと、恵を膝の上に乗せた。
「あー、なんだ。その、今週末の予定は?」
「え? 三連休のこと? いつも通り塩谷さんと出かけようかなって思ってたよ。場所はまだ決めてないけど、どこか行きたいところでもあるの?」
「ある。この前行った遊園地近くのホテルを予約している。土日はそこで過ごさないか?」
「海の見えるあのホテルでご飯……? オレ、お給料日前なんだけど大丈夫かな……?」
「俺を誰だと思っている。高給取りのエリートアルファだぞ」
「あはっ、自分で言うの? そうだったね、スーパースーパーエリートの塩谷さんだもんね」
「事実だろ。それに飯じゃなくて泊まりだ。お前からはそれ以上……いいや、金に換えられないほど大事なものを貰おうと企んでるんだ。宿泊代を払ったって全然足りないだろ」
「泊まり……」
「寝て起きて飯食って終わりじゃないぞ。駄目か……?」
早く頷いてくれとカラー越しにうなじをなぞる。恵はようやく真意を理解したのか、耳まで赤くして何度も頷いた。
「いいよ」
「そんな簡単に頷いていいのか? 何のことか覚えていないとか、まだ心の準備ができていないとかであれば、遠慮なく――」
「行くよ! 絶対絶対ぜぇーったいに行くから!」
恵は食い気味に答える。
「本当に分かってんのか? これ無しで俺と向き合ってくれるのか?」
隙間なく首をガードしているカラーをトントンと指で叩く。
「……ちゃ、ちゃんと分かってるもん。あの時だって言ったでしょ、ヒート終わりかけてたんだから、覚えてる。カラーの鍵もちゃんと持って行くよ……」
ヒート中のような香りが部屋全体に広がった。疑似ベータ薬を飲んでおけば良かった。それくらい抗えない香りがする。
「あと少し、待ってるな?」
「うん、待てる……」
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「ははっ、手厳しいな」
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★『小説家になろう』さんでも掲載しています。