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告白予約-3
恵の実家のアパートは小学校の真横にあった。
土曜日だというのに、校庭では青と赤のビブスを着た子どもたちがサッカーボールを追いかけて駆け回っている。
壁が薄くてごめんね、なんて恵は言うが、おしゃべりで快活な恵が育った場所という感じがして、多都希はここに来ることができて良かったと思った。
リビングと六畳の和室と洋室が一つずつ。物は少ないが、親子二人の歴史が詰まった温かい家。
恵の母であり唯一の家族である友梨は微笑みを浮かべながらも緊張した面持ちで出迎えてくれた。
グレーのスーツを身に纏う多都希は椅子に座る前に、恵と結婚を前提に番契約を結ばせてほしいと頭を下げた。
隣で顔を真っ赤にする恵はワイシャツの上から生成り色の上品なセーターを重ね、多都希と並んでも遜色ない格好をしている。
「またフライング告白した……」
「いじけるなよ」
「と、とりあえず座ろうよ……。うちはそんな厳格な家じゃないんだから」
腕を引っ張られてストンっと椅子に座らされると、ツンツンとテーブルの下で足を突かれてスリッパが片方脱げた。
「嬉しい、嬉しいよ……めぐが初めて好きになった人と結ばれたなんて……。多都希さん、どうか恵をよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます」
友梨は泣いて喜んでくれた。
赤みがかった茶髪のボブカットに、アーモンド形の大きな目。少女のような愛らしい顔は、成人した息子がいるとは思えない。
初めは母親ではなく姉なのではないかと疑ったほど。
友梨は恵と瓜二つだ。むしろ恵が友梨に似ていると言った方が正しい。
恵が歳を重ねたら、こんな風に美しくなるのだろうと容易く想像できる。その想像を藤江もしたのかと思うと苛立つが、今はそんな場合ではない。
友梨は瞳を潤ませたまま語る。
「こんなに可愛く生んだのに、めぐはずっと恋愛をする気がなさそうで、心配だったんです。一人親で色々苦労をさせたし、私がダメ男ばかり好きになるから恋愛に対して前向きになれないんだとばかり……。まさか多都希さんみたいな素敵な人を見つけて来るなんて……。実はお会いするまで、男運も私と一緒だったらどうしようって心配で、心配で……」
「か、母さん……っ!」
ハンカチを目に当てた友梨だが、半分笑っている。人をからかうのが好きな性格も恵と似ているらしい。
「私も恵さんに出会わなければ、生涯独身を貫くつもりでした。今、こうして私の隣にいてくれることが何よりの幸福です。番契約を結んだ際には、改めてご挨拶させていただきますので――」
「そっ、それはダメ!」
先ほどまでニコニコと目を細めていた友梨は、視線を落として首を横に振った。
「なんで? 息子のそういう報告が気恥ずかしいとか……? オレだって既に恥ずかしいけど、番申請の書類にサインしてほしいし、さすがに報告は必要だよ」
「違うのよ、恵……。今日は急な話だったし、多都希さんも一緒だったから招き入れちゃったけど、しばらくここに来るのは控えてほしいの」
「だからどうして!」
「恵、友梨さんの話を最後まで聞こう」
テーブルに手をついて身を乗り出す恵の肩を抱くと、恵は大人しく椅子に座り直した。
その様子に友梨は微笑んで眉を下げる。
「ママね、二ヶ月前に藤江さんとお別れしたの。あ、ごめんなさいね、多都希さん。藤江さんっていうのは私の元交際相手で、婚約をしていた方だったんだけど……」
「ええ、恵から話を聞いていますし、私も見かけたことがあります」
今度は友梨が身を乗り出してテーブルが揺れた。ティーカップに入った紅茶が波打つ。
「ど、どこで会ったの⁉ やっぱりめぐが目的で……」
「待ってよ! 別れてたってどういうこと?」
「めぐがこの家を出てから、藤江さんもぱったり来なくなったの。同じスーパーで働いていたけど、一ヶ月も経たない内に本社に戻っちゃって、今は色々な店舗のエリアマネージャーをしているみたい。それでこれは自然消滅を狙っているなと思ったから、私から別れて欲しいって連絡をして……」
「友梨さんは、藤江がこの家に来ていた目的が恵だったと思っているんですね」
多都希の疑問に友梨は迷いなく頷いた。
「家に来ないくせに、恵は実家に帰ってきたか、どこにいるんだって連絡がずっと来てたの……。最初は仕事先の寮に入ったことを言っちゃったんだけど、段々おかしいなって思うようになって、はぐらかすことしかできなかった。めぐとは渋谷で何度かランチをして顔を合わせていたから、言わなくても急に帰ってくることはないだろうなって安心しきってたのよね」
「あ……そういえば、シフトを代った同僚からビルディエの社員寮にオレ宛ての不審な電話があったって聞いたことがある……。今思えば、あれは藤江だったのかも……」
ぽつりと零した恵だったが重要なことだ。藤江に狙われているなんて思ってもなかった時期のため仕方のないことだが、もう少し危機感を持ってほしい。
「どこのビルで働いているかバレてないだろうな」
「電話があったのは、もう半年くらい前のことだし、社員の勤務地はコンプラの問題もあって外部には漏れないようになってるから大丈夫だよ!」
「でも藤江さんは私とも別れるつもりはない、絶対家族になろうって言っているから、まだめぐのことを諦めてないんだと思う。そんな状態でめぐと鉢合わせたらどうなるか……」
カタカタと震え出す恵の顔を覗き込むと、恵は般若のような表情で怒り狂っていた。
「あいつ……マジで許さん……。オレの母さんをこんな傷つけて……!」
「落ち着け恵! 友梨さん、私たちはあなたに傷ついてほしくない。ですがそこまで把握していらっしゃるならば、恵が家を出た理由を知っておいた方が良いかと思いますので、私たちが同居するに至った経緯からお話いたします。いいな、恵」
「……うん。事前にそういう打ち合わせもしてたから、ちゃんと全部話すよ」
これ以上母に傷ついて欲しくない気持ちは、繋いだ手からいたほど伝わってくる。
友梨も恵を必要以上に怖がらせないために黙秘を選んだのだろう。本当に似たもの親子だ。
真相を告げられる方の友梨は、落ち着いた様子で「大丈夫だよ」と囁いた。
多都希と恵が出会った経緯に藤江のセカンドハウスのこと。彼は妻帯者であり、不特定多数のオメガと身体の関係を持っていたこと。さらに第二性を偽っており、本当はベータではなくアルファであることを説明した。
知らなかったとはいえ、自分が不倫相手の一人だったことに衝撃を受けたようで、友梨は額に手を当てて俯いてしまった。
恵は友梨の隣に座って寄り添う。
「多都希さん、どうかめぐを、恵をよろしくお願いします」
「はい、私の命に代えても大切なご子息を必ず守り抜きます」
「母さん……塩谷さん……」
感激した様子の恵だが、友梨からぴしゃりと叱られる。
「それから恵! また私のために危ないことをして! もっと自分を大事にしてよ! ダメダメな母親なのは分かってるけど、めぐに何かあったら、ママ生きていけないよ……ッ!」
「母さんはダメなんかじゃない! ちょっと男を見る目がないだけで、恋人がいる時だって、いつもオレを一番に考えてくれた。どんなに忙しくても一生懸命弁当も作ってくれた。オレの第二性がオメガだって分かっても、大丈夫だって、ママはずっと味方だよって、言ってくれたじゃん! オレだって力になりたいんだよ!」
「めぐ……」
「でも心配かけていいわけなかった、ごめん、ごめんね……」
「私こそ。藤江さんに対する不信感をもっと早く共有すべきだった。逆にめぐを危険に晒していたなんて……。本当にごめんね……」
わんわんと泣きじゃくる菅原親子を見守る多都希は、この二人を大切にしなければならないと強く感じた。
母親を知らない多都希からすれば、これが母の愛なのかと感銘を受けた。
気が早いかもしれないが、恵との間に子を授かったら、こんな風に愛情を注いでやりたい。
涙にまみれた顔の恵と目が合う。
照れくさそうに歯を見せて笑う恵は、やはり隣の母に似ていた。
涙を拭った友梨は、目尻を赤くしてはにかむ。
「ごめんなさい、多都希さん。お会いしたばかりなのに、こんなお恥ずかしいところをお見せしちゃって……」
「いいえ。恵さんが思いやりのある素敵な人に育った理由が分かりました。素直で感情表現が豊かなところなんて友梨さんにそっくりです」
「きゃーっ! 多都希さんイケメンすぎ……やだもう、ママも惚れちゃいそう……」
「ちょっと! 塩谷さんだけは絶対絶対ぜーったいにダメだから! 塩谷さんも母さんを口説くな!」
「口説いてはないだろ」
「冗談だから、めぐも怒んないで! 私が惚れっぽいせいで今までめぐには散散迷惑をかけたし、今回も大変なことに巻き込んでしまったからね……。もう恋愛はいいかなと思ってる」
「そんなこと言わないで、母さんの人生は母さんのものだから、幸せになってほしいよ。それは無理に恋愛しろってことじゃなくて、自分の〝好き〟を諦めないでってこと。好きの対象が趣味だったり人だったり、様々だと思うけど、母さんはオレの自慢の母さんだから、いつかきっといい出会いが訪れるよ。そんな時は自分が納得できる道を選択してほしい」
「うん……」
「あと藤江の件は母さんのせいじゃないから。むしろ怒って良いくらいだ。オレが藤江に目をつけられたせいで……」
「恵のせいでも友梨さんのせいでもありません。藤江が異常なだけで、それは彼本来の性根と素行の悪さ由来だ」
ふんっと鼻で笑うと、菅原親子はまた同じ顔をして笑った。
多都希は友梨の身を案じて引越しや同居を提案したが、今は仕事があるし、新婚(予定)の息子夫夫の邪魔はしたくないと断られたため、今後は塩谷家御用達の会員制レストランで会うことになった。
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