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決着-3
倉田岳久は、性風俗の高級店に勤める男性オメガだった。
かなり若く見えたが年齢は多都希と同じ三十歳で、今ではキャストとしてではなく裏方として働いていることの方が多いらしい。
岳久と藤江の出会いは、新人キャストがプレイの途中で風呂場に立てこもりもう無理だと連絡してきたことがきっかけだった。新人を迎えに行き、代りのキャストを送り届けた際に声をかけられたのだ。
店の常連だった藤江は、岳久を一目見て気に入ったらしく、サービス料の定価の十倍の額を払うから相手をしてくれと強引に迫ってきた。
新人の不手際があった手前断ることもできず、そこまで言うならばと岳久が藤江の相手をすることになった。
その決断が大きな間違いであり、今回の騒動に発展するきっかけとなった――。
後々判明したことだが、藤江には加虐趣味があった。
持参した大きなサイズのパーカーをキャストに着せて首を絞めるのがいつものプレイ。もう嫌だと逃げ出そうとするキャストには、盗撮映像をチラつかせながら相手に大金を握らせ黙らせるといった卑怯な手段を用いていた。
そのせいで体を壊して働けなくなった者もいたし、精神的なトラウマを抱えて廃業せざるを得ない状況になった者もいた。被害者の中には、岳久が弟のように可愛がっていた子もいた。
同じく暴行を受けた岳久が店に報告したため藤江は出禁になったが、今度は直接店舗に岳久を求めて何度も押し掛けるようになった。
営業妨害だと何度か警察沙汰になったが、被害者が性風俗店に勤務しているというだけで、まともに取り合ってもらえなかった。
それならばいっそのこと、自分の手で復讐をする――。
岳久が決断するのにそう時間はかからなかった。
あなたのことが好きすぎて辛いからもうお店には来ないでほしい、これからはプライベートで会いたい。思ってもいない言葉は、案外藤江に響いたようだった。
まずは藤江の懐に入って情報を得て、彼の人生を根本から滅茶苦茶にしてやろうと企てた。
岳久の目論見通り、こちらが大人しく従えば藤江はぽつぽつと個人情報を漏らし始めた。
ナインパークという会社の一人娘と結婚していて、その婿養子となったこと。
菅原恵というオメガの嫁がいるが、その母親が自分に惚れているため嫉妬して中々会わせてもらえないこと。
妄想か現実か分からないことを語る藤江だったが、ナインパークのお飾り社長なのは真実であることが判明した。
藤江の二人目の番になるために早く恵を見つけたい、恵探しに協力させてほしいと申し出ると、藤江はスマートフォンに入っていた恵の写真を見せてくれた。
写真はどれも盗撮で、目線は一つもカメラを向いていなかった。
粟立つ腕をさすりながら、自分は少しだけ顔立ちが恵に似ているから、代用品として執着されているのだと確信した。
「スーパーでお兄さんと会った時に菅原恵が一緒にいて驚いたわ……。あの子は全然悪くないのに、自分は復讐のためとはいえ、妄言妄想クソオヤジに抱かれてる。恵は何も知らずにぬくぬくとイケメンに大事にされてるのねぇ……って、ちょっとジェラっちゃた」
笑みを浮かべてはいるが目の奥は酷く冷たい。
スーパーで多都希が感じた視線は、恵への羨望と藤江の怒りだったのだろう。
それよりも藤江と何も知らず交際していた友梨は平気だったのか視線を送ると、驚きを隠せないといった表情を浮かべていた。もしかしたら藤江が狂暴になるのは、男性が相手の場合だけなのかもしれない。だからといって許されることではないし、岳久の怒りも理解できる。
恵との同居を長引かせるために塩谷家の力を借りない選択をしたが、蓋を開けてみれば想像以上に被害者が沢山いた。自分がもっと早く塩谷の力に頼っていれば、岳久や安祐美を長い時間苦しませることがなかったかもしれない。
罪悪感で肺の中が冷たい空気で満たされたような感覚に陥る。
「……路上で藤江のラットを誘ったのは、決定的な写真を撮ってナインパークに送りつけるつもりだったのか?」
「正解。中々尻尾を出さなくて困っちゃったわ。カメラマンは私が雇った探偵。うちの店以外にもあちこちに浮気相手がいることもそこで知ったの。まあ、奥さんに罪はないと思いつつ、昨日、満を持して不貞の証拠を送りつけてやった。これで優秀なベータの威を借りる劣等アルファも終わり」
岳久は藤江を見下ろすと、満足そうに鼻で笑った。
「それでどうしてうちの母が誘拐されることになる」
「私が連れて来られた時には、こいつが泡拭いて床に転がっていたし、あの人が電話をかけるまで、このお姉さんが菅原恵の母親だって知らなかったもん。ずっとヒステリックに藤江を罵倒していて、私も何度か蹴られたし、元々精神的に参ってたところに私が浮気調査の資料を送って、トドメを刺しちゃったってところかしらね……」
「倉田さんの体は大丈夫なのか」
多都希の質問に驚いたのか、岳久はぶはっと吹き出した。
「大丈夫よ。蹴られるくらい、ひどく抱かれるよりも何倍もマシ」
「一年以上もよく根気強く証拠を集めていたな。去年まで俺と恵は向かいのマンションにいたんだが、決定的な写真が撮れたのは、あなたが仕掛けた一回だけだった」
「菅原恵と向かいのマンションに住んでたの⁉ はは……アッハッハ‼ 傑作! 運命だなんだ言いながら、こんな近くにいたのに気づかないとか、この男、バカすぎるでしょ!」
高笑いする岳久はやけにハイテンションだ。今までの鬱憤が晴れて清々しているのだろう。
藤江は目を丸くして鼻息を荒くしていた。多都希と恵の関係性を問い質したいようだ。
那由多から安祐美は精神的に病んでいると聞いたことがあったが、悩みの種は、夫の金遣いの荒さと浮気か――。
しかし誘拐はれっきとした犯罪だ。岳久はともかく、友梨は何も知らずに藤江の毒牙にかかった被害者なのだ。もっと冷静に話し合うことができれば、こんな監禁するようなことにはなっていなかったはずだ。
しかも恵までここに呼び出そうとしていたことは絶対に許せない。自分があの場にいなければ、今頃どうなっていたのだろうか。
多都希は眉間に皺を寄せると、テーブルの脚に顔をこすりつけて口元のガムテープを取ろうとしている藤江に冷ややかな視線を浴びせた。
かなり若く見えたが年齢は多都希と同じ三十歳で、今ではキャストとしてではなく裏方として働いていることの方が多いらしい。
岳久と藤江の出会いは、新人キャストがプレイの途中で風呂場に立てこもりもう無理だと連絡してきたことがきっかけだった。新人を迎えに行き、代りのキャストを送り届けた際に声をかけられたのだ。
店の常連だった藤江は、岳久を一目見て気に入ったらしく、サービス料の定価の十倍の額を払うから相手をしてくれと強引に迫ってきた。
新人の不手際があった手前断ることもできず、そこまで言うならばと岳久が藤江の相手をすることになった。
その決断が大きな間違いであり、今回の騒動に発展するきっかけとなった――。
後々判明したことだが、藤江には加虐趣味があった。
持参した大きなサイズのパーカーをキャストに着せて首を絞めるのがいつものプレイ。もう嫌だと逃げ出そうとするキャストには、盗撮映像をチラつかせながら相手に大金を握らせ黙らせるといった卑怯な手段を用いていた。
そのせいで体を壊して働けなくなった者もいたし、精神的なトラウマを抱えて廃業せざるを得ない状況になった者もいた。被害者の中には、岳久が弟のように可愛がっていた子もいた。
同じく暴行を受けた岳久が店に報告したため藤江は出禁になったが、今度は直接店舗に岳久を求めて何度も押し掛けるようになった。
営業妨害だと何度か警察沙汰になったが、被害者が性風俗店に勤務しているというだけで、まともに取り合ってもらえなかった。
それならばいっそのこと、自分の手で復讐をする――。
岳久が決断するのにそう時間はかからなかった。
あなたのことが好きすぎて辛いからもうお店には来ないでほしい、これからはプライベートで会いたい。思ってもいない言葉は、案外藤江に響いたようだった。
まずは藤江の懐に入って情報を得て、彼の人生を根本から滅茶苦茶にしてやろうと企てた。
岳久の目論見通り、こちらが大人しく従えば藤江はぽつぽつと個人情報を漏らし始めた。
ナインパークという会社の一人娘と結婚していて、その婿養子となったこと。
菅原恵というオメガの嫁がいるが、その母親が自分に惚れているため嫉妬して中々会わせてもらえないこと。
妄想か現実か分からないことを語る藤江だったが、ナインパークのお飾り社長なのは真実であることが判明した。
藤江の二人目の番になるために早く恵を見つけたい、恵探しに協力させてほしいと申し出ると、藤江はスマートフォンに入っていた恵の写真を見せてくれた。
写真はどれも盗撮で、目線は一つもカメラを向いていなかった。
粟立つ腕をさすりながら、自分は少しだけ顔立ちが恵に似ているから、代用品として執着されているのだと確信した。
「スーパーでお兄さんと会った時に菅原恵が一緒にいて驚いたわ……。あの子は全然悪くないのに、自分は復讐のためとはいえ、妄言妄想クソオヤジに抱かれてる。恵は何も知らずにぬくぬくとイケメンに大事にされてるのねぇ……って、ちょっとジェラっちゃた」
笑みを浮かべてはいるが目の奥は酷く冷たい。
スーパーで多都希が感じた視線は、恵への羨望と藤江の怒りだったのだろう。
それよりも藤江と何も知らず交際していた友梨は平気だったのか視線を送ると、驚きを隠せないといった表情を浮かべていた。もしかしたら藤江が狂暴になるのは、男性が相手の場合だけなのかもしれない。だからといって許されることではないし、岳久の怒りも理解できる。
恵との同居を長引かせるために塩谷家の力を借りない選択をしたが、蓋を開けてみれば想像以上に被害者が沢山いた。自分がもっと早く塩谷の力に頼っていれば、岳久や安祐美を長い時間苦しませることがなかったかもしれない。
罪悪感で肺の中が冷たい空気で満たされたような感覚に陥る。
「……路上で藤江のラットを誘ったのは、決定的な写真を撮ってナインパークに送りつけるつもりだったのか?」
「正解。中々尻尾を出さなくて困っちゃったわ。カメラマンは私が雇った探偵。うちの店以外にもあちこちに浮気相手がいることもそこで知ったの。まあ、奥さんに罪はないと思いつつ、昨日、満を持して不貞の証拠を送りつけてやった。これで優秀なベータの威を借りる劣等アルファも終わり」
岳久は藤江を見下ろすと、満足そうに鼻で笑った。
「それでどうしてうちの母が誘拐されることになる」
「私が連れて来られた時には、こいつが泡拭いて床に転がっていたし、あの人が電話をかけるまで、このお姉さんが菅原恵の母親だって知らなかったもん。ずっとヒステリックに藤江を罵倒していて、私も何度か蹴られたし、元々精神的に参ってたところに私が浮気調査の資料を送って、トドメを刺しちゃったってところかしらね……」
「倉田さんの体は大丈夫なのか」
多都希の質問に驚いたのか、岳久はぶはっと吹き出した。
「大丈夫よ。蹴られるくらい、ひどく抱かれるよりも何倍もマシ」
「一年以上もよく根気強く証拠を集めていたな。去年まで俺と恵は向かいのマンションにいたんだが、決定的な写真が撮れたのは、あなたが仕掛けた一回だけだった」
「菅原恵と向かいのマンションに住んでたの⁉ はは……アッハッハ‼ 傑作! 運命だなんだ言いながら、こんな近くにいたのに気づかないとか、この男、バカすぎるでしょ!」
高笑いする岳久はやけにハイテンションだ。今までの鬱憤が晴れて清々しているのだろう。
藤江は目を丸くして鼻息を荒くしていた。多都希と恵の関係性を問い質したいようだ。
那由多から安祐美は精神的に病んでいると聞いたことがあったが、悩みの種は、夫の金遣いの荒さと浮気か――。
しかし誘拐はれっきとした犯罪だ。岳久はともかく、友梨は何も知らずに藤江の毒牙にかかった被害者なのだ。もっと冷静に話し合うことができれば、こんな監禁するようなことにはなっていなかったはずだ。
しかも恵までここに呼び出そうとしていたことは絶対に許せない。自分があの場にいなければ、今頃どうなっていたのだろうか。
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★『小説家になろう』さんでも掲載しています。