同級生と余生を異世界で-お眠の美人エルフと一途な妖狐の便利屋旅-

笹川リュウ

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余生の始まり

4.箱で運ばれる箱入り息子

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 まどろみを抱えながら頭を上下に振ること三十分。馬車は緩やかに止まった。
「重盛、重盛、起きて。馬車が止まったよ」
 肩もそろそろ限界を迎えそうだったため、真紘は良いタイミングだと胸を撫で下ろした。
 寝足りないのか、言葉にならない呪文のような事を口にしながら重盛はゆっくりと顔を上げた。
「おはよう。ははっ……。やっぱ夢じゃなかったか」
「こっちが夢だったら良かったね」
「いや、そうでもないよ。……ちがっごめん! そんな顔させるつもりじゃなくて、俺の場合はってことだから!」
 急ごしらえの笑みを浮かべた重盛は慌てて訂正した。帰りたいと泣いたばかりの真紘にかける言葉ではなかったと思ったようだ。
「大丈夫、今はやれることを考えて行動するしかないからね。それに重盛が寝てる間に一人で色々考えることもできたよ。ありがとう」
「相変わらずだねぇ、俺はただ寝てただけだよ。当分こんな感じだと思うから、アリとキリギリスにならないようにちゃーんと俺のこと運んでね」
「誰がアリだよ。確かに君より背は低いけど平均以上はあるから。でもこんな大きなキリギリス無理だよ。僕が君を置いていくとか思わないの? ちょっとは警戒したら?」
「いやぁ、置いていかれたら自力で戻るから大丈夫。てか、アリはサイズじゃなくて真面目さの話なんだけど。この状況で真紘ちゃんは寝なさそうだし、なんか危険もなさそうだしで安心しちゃて、つい」
 特大の欠伸を零しながら重盛はもう一度目を閉じた。のらりくらりとした彼の様子に毒気を抜かれた真紘だが、マルクスを待たせていることを思い出し、慌てて重盛の肩を揺さぶった。
「つい、じゃないよ。まぁ、僕もちょっとウトウトしちゃったけど……。とにかく馬車降りよう、マルクスさんが外で待ってる」
「あいよっと」
 長らく座っていたせいか、年甲斐もなく人前で大泣きしたせいか、急に立ち上がった真紘は血の気が引いてよろけた。転ぶ寸前で重盛に支えられる。
 彼は引っ張っていってと言っていたが、それはこちらの台詞なのだ。スタートダッシュが下手な真紘を導いてくれるのは、ここに来て既に二度目。
 真紘は重盛が寝た後も家族を想い、再び一人で静かに泣き続けた。掴んだ腕を触ればわかったはずだ。それでも濡れた袖に気づかないふりをしながら彼は一つ年上の顔をしていた。本当は寝ていなかったのかもしれない。
 真紘はこの世界に召喚された役割を果たした後のことをずっと考えていた。
 時の神様に何を願うのかは勿論のこと、この世界に怯える自分に奮い立つ勇気をくれた彼の力になるにはどうすべきか。恩返しなんて大袈裟なものではなく、単にお礼がしたいのだ。如何せん、この世界の常識も、変わってしまった自分のことも良くわかない。気持ちだけが逸る。
 ランプが放つ橙色の淡い光を抜けて自然光の元へと降り立つと、やはり隣の黄金は眩しくて、真紘はまた立ち眩みがするような気がした。



 馬車を降りるとそこは小さな街だった。
 気持ちの良い風が丘の上から降りてくる。真紘は軽井沢の別荘地にある祖父母宅を思い出した。
 ログハウスが立ち並び、道はクリーム色や桜色の石畳。甲冑や馬車に続き、異国感溢れる風景だが、異国どころか異世界であることを思い出して真紘は苦笑いを浮かべた。
 辺りを見渡していると、マルクスが建物の前で手招きをしていた。
「こちらです、少し休憩をしましょう!」
 室内に入るとより一層、木材の良い香りがする。
 マルクスの後に続きながら二人は階段を上がった。
「この家もそうですが、とても素敵な建物が並んでいますね」
「はっはっは、そうでしょう! ここは誰でも休憩できるように開放している建物なんです」
「へぇ、アメリカ……とはちょっと違う、北欧っぽい建物だな」
 重盛はスンスンと鼻を鳴らしながら言った
 階段を上がると大きな窓から庭の大木が見えた。一色として同じ色は存在しない。まるで絵画のような美しさに真紘と重盛は息をのんだ。
「やば、綺麗だ……」
「うん……。どこか懐かしい感じもするよ」
 海外に旅行した経験は片手で数えるほどしかないが、懐かしさを覚えるのは何故だろうか。不思議な感覚に真紘は首を傾げた。ところが答えは意外と単純なものだった。
「それはおそらく、この街を作ったのが二百年前の救世主様だからだと思います。庭の木も地球と共通する木を探して植樹したそうですよ。いつかこの世界を旅する未来の救世主様方の安らぎになるようにと」
「なるほどねぇ、良い人だったんだな、その先輩救世主様。建物自体も地球産の建築技術が至る所に存在するから、懐かしかったわけね。勝手にみんな日本から召喚されてるのかと思ってたけど、ここは別の国の人間が作った街なんすか?」
「重盛殿の仰る通り、この街を作ったのはフィンランドという国からの救世主様です。タルハネイリッカの姓は二百年前の救世主様から引き継いでいます。爵位も初代が王から授かったものですね。まあ、子孫はリアース育ちなので純度の高い魔力は受け継がれていませんが、初代の“心”は承継してきたつもりです。歴代の救世主様が作った街も各地にありますので、一度訪れてみてはいかがでしょうか?」
 年期の入った木製のテーブルを撫でながらマルクスは慈愛の表情を浮かべていた。それはこの街を守る領主の顔だ。
 歴代の救世主は魔力を神木に注ぐだけでなく、リアースの発展にも大いに貢献してきたらしい。
 真紘は同じように異世界に来た地球人がどのように生きたのか、この星で生きた先人の軌跡を追ってみたいと思った。
「それいいっすね! 役割とやらが終わったら疑似ワールドツアー。陸続きでプチ海外旅行できるのはなんかおトクじゃね?」
「そうだね。地球人が作った街を巡る旅にでるのもいいかも。ところでご先祖様がこの街を作ったということは、マルクスさんのご自宅もこの近くにあるんですか?」
 真紘が問うとマルクスは頬をかいて困った様に笑った。
「ええ、街の高台の方にあります。本当はお招きしたいところなのですが、もうそろそろ子供が産まれるためバタついておりまして……。落ち着いたら改めて招待させてください」
 嬉しさの中に寂しさを含んだマルクスの言葉に重盛はわっと拍手した。
「マジで! もちろんっすよ、おめでとうございます! いや、まだか、でもでも超めでたいじゃん! さっさと王都に行って、マルクスさんの仕事終わらせよーぜ、絶対奥さんについてあげてた方がいいって!」
「おめでとうございます。マルクスさんのご家族に会えるのを楽しみにしてますね。早く王都に向かいましょう」
「お気遣いありがとうございます! 妻も救世主様方に会えるのを楽しみにしていたので、是非いらしてください! うちのシェフが作るロヒケイットは絶品ですよ!」
 本当は今すぐにでも帰って出産間近の妻に付き添いたいのだろう。二人の言葉にマルクスは目尻に皺を作って笑った。
 そして今にも階段を駆け下りようとする重盛の尻尾を捕まえて真紘は頬を染めた。
「あの、出発前にお手洗いにだけ行きたい、かな?」
「やば、確かに! 俺、この世界に来てからまだ一回も行ってないわ。出発前にみんなで連れションといきますか」
「もう、言い方……」
 忘れていたという重盛とは逆に、真紘はこの世界に来てから大半の時間をトイレで過ごしていた。魔法を試していたとはいえ、狭い空間に安心感を覚える日本人らしいといえばらしいのかもしれない。
 

 一階に戻ると立ち寄った人たちが持ちきれなくなった荷物を置いていく寄付ボックスのような箱を見つけた。
 出し入れ自由、使えるもののみと簡素な注意書きがある。明らかに使えなさそうな物は入っていないため、定期的に掃除されているようだ。
 真紘は箱の中を覗き込む。
 古本からはみ出ている栞のようなものが目についた。
 妙に存在感のある青い布を引き抜くと、それは栞ではなく、七十センチほどの長いリボンだった。
「この長さのリボンがどうやって収納されていたんだ……?」
 シルクのように滑らかなそれには細かい刺繍が施してあり、銀色の糸がチカチカと美しく瞬いている。
 状態も新品のように綺麗だ。
 こんな高価そうなリボンを古本に挟んで置いていくだろうか。
 もう一度寄付ボックスに視線を戻すといつの間にか古本は消えていた。
 手元には青いリボンだけが残った。
「本消えちゃった……。これ、どうしよう」
「貰っちゃえば?」
 後ろを振り向くと重盛がいた。
「真紘ちゃんの髪に似合うと思うよ、それ」
「うーん、確かにちょっと髪が邪魔なんだよね。でも学ランにこの髪でも変なのに、リボンまで着けてたら笑われない?」
 眉間に皺を寄せる真紘が気に入ったのか、重盛は悪戯っぽい顔をしてリボンを奪い、真紘の髪を一つにまとめた。
 人に髪を触られるのも、長い髪が自分のものである感覚にも慣れず、首元も心もむずがゆい。
 真紘は王都での役割を終えたら散髪に行こうと決めた。
「やっぱり変?」
「いいや、少なくともじーさんには見えなくなったと思うね」
「そう、それならいいか……」
 後ろ姿で白髪の老人に勘違いされるのではと危惧していた真紘は納得した。柔和な笑みを浮かべる重盛の顔は気掛かりであったが、マルクスが戻ってきたため馬車に戻ることになった。

 先に馬車に乗り込んだ重盛を追うように台に足を掛ける。すると、ははっとマルクスの笑い声がして振り返った。
「真紘殿、首元がさっぱりしましたな」
「ええ、勝手にすみません。寄付ボックスからいただきました。自分も何か一つ置いてきた方が良かったでしょうか……」
「いいえ、問題ありません。お似合いですぞ。まるで――」
 何か言いかけたマルクスは口を閉ざし、中に入るように促した。
 腑に落ちない態度に真紘は首を傾げたが、急ごうと決めたばかりの今さっき、無駄に時間を浪費するのは躊躇われたため、それ以上追及することなく重盛の隣に腰かけた。
 重盛は満足げにまた目を閉じていた。
 振り向く真紘の背後で、まだ言うなと重盛が口元に指を当てていたことも知らず、ポニーテールが可憐な深窓の令嬢もとい、箱入り息子を乗せた馬車は王都へと向かった。

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