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新生活

27.就職活

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 真紘と重盛は王城に呼び出された。
 先日受けた冒険者ギルドの試験の合否を何故かアテナから告げられるという。
「これで俺達も脱ニートってわけね」
「まだ採用されたかわからないよ」
「試験受ける前から歓迎ムードだったじゃん。いけるって」
「そうかなぁ。受付の人はそうだったけど、試験官の人は少し困ってたように見えたような……」
 真紘の不安は的中し、アテナから告げられた結果は不採用。
 スキルや力不足ではない。
 二人の能力は既にSクラス以上で、経験不足を加味してもそれを補う圧倒的な力がある。試験の基準点は大幅に超えていた。
 不採用の理由は別にある。
 救世主という存在はリアース全体に知れ渡っているが、ほとんどが人間族で、魔力も召喚された五人で十万を超えるといったところだ。この世界の人々とは比べようのない力ではあるが、あくまで人の範疇に納まっていたのだ。
 ところが、真紘と重盛は希少種族な上に、世界一の魔力と世界一の武力が手を組んでいるような状態だ。
 そんな幻のような人物をいきなりSクラスとして採用してしまえば、ギルドに混乱を招くのではないかと、王都のギルドマスターは危惧した。
 王都では救世主の存在を知らぬ者はほとんどいないが、地方にいけば有名な物語に登場する人物くらいの認知度である。人として見ているか、存在として認識しているかでは、受け取り方にも天と地ほどの差が生じるものだ。
 上級クラスほど他人の力を認め、自身のモチベーションに繋げるものだが、中級クラスで燻っている者達からすれば、自分達の努力を蔑ろにされたように感じ、暴動が起きたり冒険者を辞めるものが続出したりと、ギルドの平均的な力が低下してしまう可能性もある。
 なにも上級クラスだけが残れば良いといいものではない。
 会社に社長、部長、係長、新入社員がいて、各々に割り振られた仕事をしているから、会社は成り立っているのだ。社長には社長にしかできない仕事が多いが、係長と新入社員が仕事を放りだせば、社長や部長にしわ寄せがきて、いずれは会社が成り立たなくなる。様々な者が集まるギルドも謂わば一つの組織、同じことなのである。

 他の冒険者と同じく、Fクラスからスタートさせれば良いという話でもない。
 ギルドマスターは王直属の人間のため、救世主にそんな無礼はできないと頭を抱えた。
 さらに、二人の容姿は否が応でも目をひく。
 魔法で見た目を変えることができれば良いのだが、真紘は背が伸びてから極力自分の姿を見ることを避けてきた上に、顔以外はまだどこか他人のもののような気がしてならず、具体的にイメージすることができない以上、見た目を変えるのは困難であった。
 一方、重盛は擬獣できるが、完全な妖狐の姿になるため、人前に出るわけにはいかない。
 既に王城からハイエルフの真紘と、獣人の重盛の活躍で魔力補填が成功したと発表もあったため、内密にギルドに在籍させても、他の冒険者に彼らが救世主だと露見するのも時間の問題だった。

 困り果てたギルドマスターは宰相のレヴィに助言を求めた。
 そしてレヴィは王直属の騎士団に入隊してもらってはどうだろうかと提案し、ギルドマスターもそれならばギルドに在籍するよりも余程待遇も良いと納得して帰っていた。
 己の知らぬところで、進路変更をされていたのだが、他の者の生活に影響が出ると言われれば仕方ない。
 人生、何事も自分の思い通りにいくわけではないのだ。今だって自由すぎるほど好きにさせてもらっている。真紘は不満をぐっと飲み込み、了承した。

 アテナはレヴィが作成した用紙を見ながら順を追って説明していく。
「王直属の騎士団と言っても、王城で生活してほしいというわけじゃなくて、基本的に自由に過ごしてもらって良いわ。ただ、旅に出る時に、立ち寄った街や村の教会の神木の枝に魔力を補充してほしいの」
「神木の枝?」
 重盛は首を捻る。
「僕たちが召喚された教会にあった枝じゃない? ステンドグラスの前に飾ってあった気がするよ。重盛の方にはなかった?」
「滞在時間三十秒の教会だぜ? 覚えてねぇ~」
「うふっ、置いてあったのよ! 教会はあの枝のおかげで魔獣や、悪意のある者から守られているの。通常は二つの小隊が数日間かけて魔力を補充するのだけど、貴方たちならもっと早く終わりそうよね? その分の人力は街の整備や、奉仕活動に充てられる。貴方たちは働き口が見つかる、私たちは手が回らなかったところに手が届く、良いことしかないわね? どうかしら、お給料も受け取ってくれなかった国費から出るのよ」
 ニタリと笑うアテナに真紘は曖昧な笑みを返した。彼女も冗談半分で言っているのは分かるが、国費の件を引き合いに出されるとノーとは言えない。
 重盛はどうかと隣を見ると、肩に手を置かれた。
「俺は賛成、てか、ありがたいっすよ。この調子だと商業ギルドも同じ理由で不採用になりそうだし、神官を目指すにも俺には属性がなくて向いてない。いきなり自分達で一から店を開いたり農地を開拓したりする技量は流石の俺にもないのよねぇ」
「そうですね、これ以上お世話になるのは申し訳ないと思い城を出ましたが、結果的に色んな人に混乱を与え、迷惑をかけてしまいました。アテナ様、どうか宜しくお願い致します」
 深々と頭を下げると、アテナは王座からヒョイと飛び出し、二人の目の前に降り立った。
「こちらこそ、願ってもないことだわ。歴代の救世主と同じように自由にさせてあげられなくてごめんなさいね。旅の途中でギルドの依頼を受けて路銀を稼ぐつもりだったのでしょうけど、魔力補充だけで我慢してちょうだいね。それから渡すものがあるの、レヴィ」
 アテナは、うつらうつらと舟を漕いでいたレヴィに声をかけた。
「殿下が全て説明してしまったので出番がなくなるかと思いましたわい。真紘殿、重盛殿、こちらをどうぞ。この懐中時計は王直属の証でございます。わしもこのように腰に結わいつけておりますぞ。つまり、所属の証明書のようなものですな、これがあればありとあらゆる場所に出入りが許可されます」
 銀色に光る手のひらサイズの懐中時計には王城のエンブレムが入っていた。王城の専属技師が施した細工はとても繊細がつ優美で、一つの芸術品のようだった。
 重盛は懐中時計を鷲掴み、真紘の方にずいっと突き出した。
「静まれィ、静まれィ! この紋所が目に入らぬか~」
「殿下の御前であるー頭が高い、控えおろう……って、本人の前でやることじゃないでしょ。それにこっちの世界じゃ水戸黄門は通じないんじゃない?」
「流石ッ、真紘ちゃん、水戸黄門もバッチリ見てたってわけね。でもこの時計ってそういうことっしょ?」
「間違ってはないけど、君の言うそれって悪人を退治する時に使うものでしょ? 僕達は旅をして教会に立ち寄るだけだし、使っても検問所くらいじゃないかなぁ」 
 いざという時にはありがたく使わせてもらおう。真紘は持っていたハンカチで時計を包み、懐にしまった。
 旅に出る場所は事前に報告すること、必ずお土産話をアテナに持ち帰ることを約束し、二人は今日も王都の美味しい店を開拓すべく、寄り道しながら帰路についた。

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