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新生活

28.タキシード

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 数週間後に控えたタルハネイリッカ領での記念式典に備え、二人は事前に依頼していたオーダーメイドスーツを受け取りに来た。
 黒と金で構成された洋館のショーウィンドーには見るからに上質なスーツが飾られている。
 採寸をするため初めて訪れた際は少し足が震えたものだ。真紘は特別洋服が好きというわけではないが、新しい物や普段着る機会がない洋服を纏えば人並みに気分も高揚する。
 髪が崩れないよう気を付けながら丁寧にタキシードを羽織る。鏡の中の自分は少し大人びて見えた。
 案外、自分は形から入るタイプなのかもしれないと真紘は思った。

 銀色の髪には魔力が通っており、散髪してもすぐに元に戻ってしまうため、未だにリボンで結わえている。
 そんな真紘の髪を結ぶのが重盛の日課になっているようで、今日は祭典用の練習なのか、顔の横に抜け感のある束を残し、後ろ髪は編み上げて団子に一つにまとめるといった、かなり凝った髪型になっていた。
 髪のリボンはタルハネイリッカ領のシンボルカラーと同じワインレッド。
 ショールカラーのタキシードは柔らかい印象を与え、真紘の雰囲気にもピッタリだった。
 店員のアドバイスもあったが、殆どが重盛の見立てだ。
 そんな重盛は手持ちのカマーバンドにピークドラペルのタキシード。
 首元のワインレッドの蝶ネクタイはスーツの堅苦しい印象を感じさせない、彼らしさがよく表れていた。
「やっぱり重盛は背丈があるからフォーマルな恰好も似合うね」
「真紘ちゃんも似合ってるよ。その姿で王子様だって言われたら信じるって、言われなくてもそう思っちゃうレディは沢山いそうだけど。平均より背丈もあるのに、なんでそんな自信ないのかねぇ」
 本当に分からないといった表情で重盛は眉間に皺を寄せた。
「全身黒い礼服の王子様なんているの? それに、体の厚みがないじゃないか。僕の理想はアクション俳優みたいな屈強な肢体なの」
「そりゃ鍛えるよりも、魔法の特訓して相手からそう見えるように幻術かけた方が早そうだな」
「それじゃ意味ないんだよ!」
 プリプリと怒る真紘に重盛はカメラを向けた。
 ここ最近、よく一人で出かけていたが、旅を記録する用のカメラを探していたらしい。この世界には写真屋が多く存在しており、フィルムを使い切ったら現像に出すのだという。
 会話の流れで値段を聞くと、彼はそんなにしないと口笛を吹いて誤魔化した。しかし、光沢のある望遠レンズのような筒が付いたカメラは、街中で見かけるものとは明らかにグレードが違っていた。
 彼自身の小遣い分で購入していたので口を出す権利はないのだが、悪戯がバレた子供のような顔に思わず疑惑の目を向けてしまった。
 それにこうも何枚も不意打ちで撮られては困る。絶対に変な顔をしている時だってあるだろう。顔の前で手をクロスさせて真紘は抵抗する。
「ふいに撮らないで」
「自然な美を撮りたいのであります」
「ははっ、何それ、また変なキャラ出てきたなぁ」
 中々出てこない二人を心配した店員が様子を見に来るまで、更衣室の撮影会は続いた。

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